トランプ大統領のアメリカ~保守統一政府がもたらすさらなる社会の分断
政治山 / 2016年11月11日 12時10分
かつてないほどに分断された米国社会
米国政治史上最大の番狂わせとなった今回の大統領選挙、事前の世論調査でも、そして実はCNNによれば、当日の出口調査でもクリントン氏勝利が予測されていた。メディアや政治学者、そして既存の政治家は何を読み誤ったのか、これから詳細な分析が始まるが、その最大の理由は、米国社会とそこに住む人たちの間にある価値観上の分断が予想以上に大きかったことに尽きると筆者は考えている。
筆者は今回の大統領選挙が行われている間、1年間にわたって首都ワシントンDCに滞在し、議会の共和党議員の事務所に出入りし、共和党の友人と交流し、メディアを通じては見られない実際の米国社会を理解しようとした。そこでは、共和党と民主党の間の違いは小さく見え、トランプ氏に対する嫌悪を共有しているように見えた。しかし、今回のトランプ氏の勝利によって、都市部とそれ以外の地域で、米国社会が大きく分断されていることが、かつてないほどに明らかになった。
都市部と田舎で大きく異なる米国社会
都市部を見るだけでは、米国を理解したことにはならない。都市部には世界中から人が集まり、多様な価値観がある。高等教育を受けた人たちは都市部で働き、都市部で育つ子どもたちもそういった人たちに影響されながら、恵まれた環境で自然と多様性を尊重する人間性を身に付ける。しかし、それ以外の田舎町で育った人たちにとって、外国人も、人種的マイノリティも、キリスト教徒以外の人も、LGBTの人も、そしてそのような人たちが持つキリスト教白人層とは異なる価値観も、異質な「自分たちのアメリカを壊す攻撃者」として映っているのだろう。人間対人間の関係で異質なものと交流する機会が無いのだから、それを理解しろというのも無理な話だ。
真っ赤に染まる米国地図
本稿執筆時点では、票の集計は完全には終わっていないが、得票総数ではヒラリー氏のほうが勝っている。それどころか、トランプ氏の得票数は、2008年大統領選挙でオバマ大統領に大敗したマケイン候補の得票数より少ない。得票数ではなく、どれだけ多くの選挙人を押さえるかで決まる米大統領選挙の特性を、トランプ氏は上手く生かした形になる。
そして、選挙結果を州単位よりさらに細かい郡単位でみると、地図はトランプ氏が勝利したことを示す赤色に染まり、クリントン氏が勝利したことを示す青色は、都市部だけでしか見られない。従来から保守的な州だけでなく、民主党が伝統的に強い州でも同様の状況だ。トランプ氏対ヒラリー氏の選挙は、米国人の持つ価値観やアイデンティティーが、都市部とそれ以外の地域で大きく分断されていることを明確に示し、今回の選挙のキーワードが「格差」や「分断」であったことが分かる。
激戦州のひとつ、オハイオ州における郡ごとの結果。クリントン氏(青色)はクリーブランド、トレド、コロンバスなどの都市部を押さえたのみで、州内のほとんどの地域でトランプ氏(赤)が勝利した(参考:CNN)。
トランプ大統領誕生で何が起きるか
いずれにせよ、雌雄は決した。米国はトランプ大統領に統治され、そして世界はトランプの米国と付き合っていかなければならない。トランプ大統領の下で一体何が起こるのだろうか。米議会の友人に質問すると、願望が入っていることを認めながらも「トランプ大統領は象徴的な立場となり、実質的な政権運営は、上下両院で多数派を占める議会共和党が主体となる」といった回答が返ってきた。
大統領選挙と同時に実施された議会の選挙において、共和党は上下両院で過半数を維持しており、議会共和党とトランプ大統領がどのような関係性を築くのかが、今後の米国政治、外交を占ううえで極めて重要な要素となる。大統領と、上下両院の多数党が同一政党になることは2009年~2011年以来のことであり、大統領府と議会の利害が一致する分野では、スムーズな政権運営が予想される。当然、課題の設定と、解決方法は共和党の保守的価値観に基づくものになる。
今回の選挙を経た、上院および下院の議席数。両院とも結果が判明していない議席が数席あるが、いずれも共和党が過半数の議席を確保している(参考:CNN)。
オバマケアなどリベラルな政策の縮小・廃止
近年の米国の政治は、民主党はよりリベラルに、共和党はより保守化する傾向があり、共和党の議員は年を追うごとに保守色を強めている。小さな政府(減税と歳出削減)、軍事予算の増額、反中絶、銃を持つ権利の保持、最高裁への保守的な判事の指名、そして不法移民への厳しい対応などで共和党議員はほぼ一致した意見を持っており、こういった点ではトランプ氏の行ってきた主張との親和性が高いので、議会共和党はトランプ大統領と連携し、選挙区の保守的な支持者にアピールできる実績を作っていくとみられる。
つまり内政面では、オバマ政権が進めた医療保険制度改革(オバマケア)といったリベラルな諸政策は、トランプ大統領と共和党の支配する議会の下で廃止されることになる。オバマ大統領は表向き、トランプ次期大統領の勝利を祝福し、円滑な政権交代を行うことを約束しているが、自らの8年間の政治的遺産の多くが無に帰ることとなったいま、その心中は穏やかではないだろう。
絶望的となったTPP法案成立
一方外交分野は、内政に比べてより不確実性が高くなる。米国の大統領制は、ほかの国の大統領制と比べて大統領の権限が弱く、予算に関する権限を握る議会と協働しなければ、政権運営の自由度は極めて制限される。そんな中で、外交は大統領の裁量が大きい分野だ。もちろん、例えば在日米軍基地の閉鎖などのドラスティックな政策変更は多額の予算がかかるので、議会の同意がなければ実現不可能だが、オバマ政権が議会の反対を受けながらもイランとの核交渉をまとめたり、キューバとの外交関係を復活させたりできたように、トランプ大統領の意向で、米国の外交政策に大きな変化が起きる可能性もある。この点でも、トランプ大統領と議会共和党の関係が上手く構築され、議会共和党主導で外交政策の方向性が決まることを望むばかりだ。
外交安全保障分野、特に日米同盟のあるアジア太平洋地域の外交方針に関しては、伝統的に民主共和両党間の違いが極めて小さく、議会が主導権を握る限りにおいては、トランプ大統領誕生による日本の外交安全保障政策への影響は小さいと考えられる。
一方で、TPPを現在の姿で米国が批准することは、トランプ大統領の誕生によって絶望的になったと考えるべきだ。共和党議員は伝統的に自由貿易に賛成の立場をとるが、今回のトランプ氏の選挙戦を経て、自由貿易はトランプ現象の原動力である白人労働者層の苦境をもたらした元凶として扱われ、オバマ政権が交渉したTPPはその象徴として激しい攻撃を受けた。従来はTPP賛成の立場をとっていた共和党議員にとっても、自由貿易を推進するような発言はタブーとなってしまった感がある。
トランプ氏が勝利するまでは、TPP法案は、11月の選挙と次期議会が招集される来年1月の間の「レームダック(死に体)」期間に審議される可能性があるといわれていた。だが、このシナリオの実現性も限りなく低くなっている。先述のように、議会共和党にとって、トランプ大統領との良好な関係を構築し、議会主導での政権運営を実現することが極めて重要だ。このような状況下で、議会共和党の執行部が、トランプ次期大統領との関係性を破壊し、そして地元選挙民にも不人気なTPP法案を審議しようとするとは、とても考えられない。
これからの米国政治
これまで述べてきたことを勘案すれば、今後日本にとっては、日米関係に占める対議会関係の重要性が注目されることになるだろう。日本政府としてはこれまでにも増して、議会、そして議員への働きかけを強化することが重要になる。議会共和党とトランプ大統領が良好な関係を築き、議会共和党主導でアジェンダ設定、遂行が進むようになれば、別の形でTPPのような極めて重要な協定を交渉、締結することも十分に可能ではないだろうか。
今回の大統領選挙と議会選挙の結果、米国は極めて保守的な大統領府と議会という統治体制になった。これまで少しずつリベラルな政策を取り入れてきた米国政治の方向性が大きく変化、逆行することになる。ただ、繰り返しになるが、得票総数ではヒラリー氏がトランプ氏を上回っており、またリベラル派の象徴的な存在にもなっているオバマ大統領の支持率は依然50%を超えるなど、政治全般への不信感が高まっている米国においては、その人気の高さは特異ともいえる。このように、決して人口の過半数が強硬な保守政策を求めているとは言えない状況で、トランプ大統領と議会共和党が保守政策を推進することで、米国政治と社会の分断はますます深まる可能性がある。トランプ氏は選挙の勝利演説で党派の違いを越えて団結することの重要性を訴えた。しかしどう考えても、トランプ大統領の米国では、社会の分断はますます進行するとしか思えない。
<松下政経塾34期生 斎藤勇士アレックス>
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