経産省次官・若手プロジェクト~「不安な個人、立ちすくむ国家」が問いかけたもの
政治山 / 2017年11月10日 12時50分
2017年5月、経産省の次官・若手プロジェクトチームが、経産相の諮問機関である「産業構造審議会」に提出したペーパー、『「不安な個人、立ちすくむ国家」~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~』がネット上で反響を呼び、経産省ホームページからのダウンロード数が100万を超えるという現象が起きてから半年が経ちました。
このペーパーは社会にどのように受け止められ、プロジェクトメンバーにどのような変化をもたらしたのでしょうか。商務・サービスグループ博覧会推進室 高橋久美子室長補佐と商務情報政策局コンテンツ産業課 今村啓太総括係長にお話をうかがいました。
(聞き手:政治山 市ノ澤充、文中の敬称略)
商務・サービスグループ博覧会推進室 高橋久美子室長補佐(左)と商務情報政策局コンテンツ産業課 今村啓太総括係長
経産省若手30人が3チームに分かれて議論
――まず、このプロジェクトがどういう目的で発足して、どのような経緯でメンバーが集まったのかということについて、教えていただけますか。
【今村】 このプロジェクトが始まったのは昨年の8月ごろでした。事務次官(当時)である菅原(編集部注:菅原郁郎 現内閣官房参与)は、「我々が若手と言われていたころは、日夜この国家の将来をどうしていくのかという議論をしていた。ところが今の若手はそうした問題意識が低い。また、そうした議論をする場や雰囲気が省内で薄れている」といった課題認識を持っていました。それを発端として、「経済や産業の分野に限定することなく、日本の中長期的な問題を議論しよう」という呼びかけが、省内の若手に対してなされました。
その呼びかけに自ら手を挙げて立候補した者が30人おり、その30人を3つのチームに分けて議論を重ね、5月の産業構造審議会の場で議論の結果を発表しました。省内の若手が半年間議論してきて、今の世の中、日本国民に問いかけたいことを発表したペーパーが、この『不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~』だった訳です。
――メンバーは、皆さんご自身が手を挙げられたということですか。
【高橋】 そうですね。上司に勧められてという人もいましたけど、ぜひやりたいという人がほとんどでした。
――その方々が政策分野ごとに3つのチームに分かれたということですが、概要を教えてください。
【今村】 1つ目は、社会保障などの問題を議論するセーフティネットチーム。2つ目が、世界情勢が動いている中で日本国は世界との関係をどのようにしていくべきなのかといった問題を議論していく国際秩序・安全保障チーム。3つ目が、富と創造の分配というチームで、時代が大きく変わって行く中で、富はどのように産み出されていくのか。あるいは、産み出された富を国家の中でどのように分配し、回していくのかといったことを議論しました。この3つのチームに10人ずつが分かれて議論をしていきました。
――その議論は、省内での立場や職級を越えて行われたのでしょうか。
【今村】 私は、その時点で入省3年目だったのですが、普段の仕事では上司にあたる年次が十数年上のメンバーとも、同じように発言し議論しました。かなり自由にフラットに、私はこう思う、ああ思うという議論が、どのチームでも活発になされたと思います。次官との関係においても、普段の業務において説明する際とは全く違う雰囲気で議論をすることができました。
【高橋】 そうですね。みんな自分で手を挙げて参加していたので、1人1人がフォロワーではなく、主体的に議論に参加していたというのが、1つの特徴だったかなと思います。
ペーパー発表を通じて見えてきた課題
――日々の業務がある上に時間のやり繰りをして、このプロジェクトに半年間も参加された訳ですが、皆さんが脱落しなかった理由や業務に支障が無かったのかという点。さらに、取り組み始めた時と終わった後では意識の変化があったと思うのですが、そのあたりについてお聞かせください。
【今村】 全員が顔をそろえて議論するだけではなくて、メールベースで意見交換をすることもあったので、多忙を極めるメンバーでも議論に参加することができ、脱落ということはありませんでした。
意識の変化については、国民や企業の方々への説明の仕方や資料の作り方について学ぶ所が多かったです。役所の作る資料がどれだけ分かりづらかったのかということが、今回のような従来とは違ったデザインの資料を作ることや発表後の反応を通して痛感させられました。
【高橋】 私のチームでは、リーダーの素晴らしいマネジメントにより、「今回来られなくても、次回はこういうのがありますよ」といったことを、こまめにメールでフォローアップしてくれて、常にインクルーシブな形で進められたので、脱落しにくかった気がします。
意識の変化については、今回予想外の大きな反響をいただいて、いろいろなワークショップの場で企業や団体の方々とお話しする機会が増えました。そこで、こんなにも多くの方が「社会」や「公」のことを考えていらっしゃるのだということに気づかされたんです。そういう意味では、皆さんの「市民」としての顔が見えて、もっとこうした方々と連携していければ、いろいろなことができていくのではないかという可能性をすごく感じました。
――それは貴重な体験ですね。これまで必ずしも明確に見えてなかった、一市民という立場の方々と直接触れ合うようになって、皆さんの意識も変わられたということですよね。
【高橋】 そうした場で感動したのは、「こうしてほしい」ではなくて「こうしたい」と。本当に主体的な意識をもって関わっている方々が多かったことでした。
【今村】 全国の自治体、特に基礎自治体の方々は、直接住民の皆さんの顔が見えやすい環境にいらっしゃると思います。逆に我々は直接国民の方々の顔が見えにくい部分がある。そうした所が今回のプロジェクトを通して、少しは克服できたのではないかと思っています。
――なるほど。自治体職員の皆さんの場合は、逆に目の前に住民の方々がいらっしゃって、毎日の仕事に追われている中で、行政全体を考えるとか、もう1つ上のレイヤーから物事を見るといった機会が少ないかもしれません。そうした方々にとっては逆の気付きが、今回のペーパーの中にあったのだとしたら、とても有意義なことですよね。
【高橋】 本当にそう思います。
出版やイベントを通じて、より多くの人に届けたい
――それでは続いて、このペーパーについて、事前に想定していた狙いと成果、そして反響等についてお聞かせください。
【今村】 我々が普段お会いすることができているのは、基本的に都会型の人や政治・行政に関心の高い人が多いと思うのです。そうではない方々、具体的に言うと、未成年者や都市部ではない地域の人々など。こうした方々に、私たちは日本の将来がどうなって行くかをこう見ていて、こういうふうにしていくべきじゃないかという思いを持っているということを、お伝えしたいと思っていました。
その結果として、少しはターゲットにリーチできた部分もあったと思います。ただ、実際にペーパーをご覧になっていただいたのは、SNSなどを通してご覧いただいた方が多かったので、自分たちの思っていたターゲットに十分に届いたとは言えない面があると思います。
――いつも関係のある人たちの周りに、SNSなどを通して届いたという印象ですか?
【今村】 そう思います。SNSやネットへのアクセシビリティのある方が対象ではないかと。そうではない方々の所にどう届けて行くかという課題があって、今後、出版やイベントなどを通じて少しずつ届けていければと考えております。
――このペーパーの公表からほぼ半年経っています。例えば、今回は参加できなかったけど、次回は関わりたいという職員の方々が出てきたといった、具体的なリアクションはありましたか?
【高橋】 まさにご指摘の通り、このペーパー作りに関わっていなかった省内の若手が、新たに加わってくれたりもしています。割と省内でも「何してるんだろう?」と遠くから見ている人も多い中で、そうやって関心を持ってもらえることは、大変ありがたいと思っています。
【今村】 他の省庁でも、こうしたプロジェクトがいくつか立ち上がっていると聞いています。また、各地の自治体や大学生が学習会を開いたり、民間企業での朝活のテーマとして取りあげられているとも聞いていて、そのような場を通じて議論がひろがっていくのはとても嬉しく思っています。
【高橋】 そうしたいろいろな反応が起きていることを、肌で感じています。その意味では、このペーパーの「問い」としての役割が、いろいろな所でご活用いただけているのかなと思っています。今後もこの「問い」を投げかけることができればと、思っています。
立場や組織を越えた「問い」から新たな気づきへ
――全国各地でそうしたリアクションが起きているというのは、本当に嬉しいことですよね。それでは、こうした体験を経た上で、今後の省庁や官僚はどうあるべきか。また、ご自身としてのこの仕事にどのように向き合っていきたいと思っておられるのか、お聞かせください。
【今村】 このペーパーの内容は、経産省の所掌(管轄)を越えた話ばかりですし、日本の現状はこうなっていて、今後こういった方向性が考えられますよと述べているだけで、具体的な解決策は示していません。ですから、「解決策を示さないなんて無責任だ」という意見をいただくことがあります。これまでの役所というのは、自らの担当の政策以外には口を出さず、担当部署に任すというやり方できて、今もそうしていますから、その意見はおっしゃる通りという部分もあるかと思います。
ただ、自分の部署の問題をその部署の限られた人間だけで、(有識者を招いて意見を聞いたとしても)そこだけで考えていくべきなのかと思うのです。このペーパーがSNSで広がったように、役所が考えていることを世の中に問いかけて、広く意見を集めることが容易にできる時代になっている訳ですね。ですからある意味無責任に、他の人や他の部署が担当している問題にもみんなが意見を言っていくことが必要なのではないか。そうした意味で自分自身も、いろいろなことにアンテナを張って、他の部署や他の省庁、あるいは民間企業がやっていることに対しても、意見を言う機会が少しでもあれば、積極的に言っていこうと考えています。
【高橋】 私がこのプロジェクトに参加したのは、経済産業省という、経済のパイの拡大をミッションにしている組織に入った中で、果たしてこの国に必要なのはパイを増やすことだけなのか、という思いからでした。そのモヤモヤした思いを、目の前の仕事に追われているからという言い訳を自分で作って、考えられていなかったんですが、こうした場の中で議論することで、本当にたくさんの発見がありました。
こうしたモヤモヤを抱えている若手は他の組織にも少なからずいると思っているので、いろんな組織で世の中へ問う機会が出てくると良いなと思います。初心に戻ることで、仕事をもっと能動的に取り組めるようになりますし、世の中に問えば、今までにない繋がりができたり、公務員が「常識」だと思っていたことが違うことに気づけることで、公共政策の分野でもイノベーションが生まれるのではないかと思っています。
自分がどうありたいかという意味では、挑戦する人間でありたいです。私は怠惰な人間なので、歩みは遅いのですが、人の役に立ちたいという欲求を原動力に、本業でも本業以外でも行動していきたいです。
――それでは最後に、冒頭でもご紹介のあった菅原次官(当時)も登壇されるという、日本財団ソーシャルイノベーションフォーラム※でのプログラム~「公」をどのように担っていくか~について、一言づつお願いします。
【高橋】 一見硬めのテーマになってしまっているのですが、そんなに硬くないですよと(笑)。参加された皆さんと一緒になっていろんなアイディアを議論できたら嬉しいなと思っています!
【今村】 このペーパーに収まらなかった部分もありますので、そうしたお話もその場でできたらと思っています。ペーパーのタイトルにあるように『不安な個人、立ちすくむ国家』という中で、いろいろなモヤモヤを抱えられている方がたくさんいらっしゃると思います。そうした方と議論をすることを通して、モヤモヤが解消するかもしれませんし、モヤモヤが深まるかもしれませんけど(笑)、そうした場になれば嬉しいと思っています。
――双方向での議論がおおいに盛り上がることを期待したいと思います。本日はありがとうございました。
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