渋谷区×異才発掘プロジェクトROCKET―すべての子どもに学びの場を
政治山 / 2018年1月5日 11時50分
渋谷区と東大先端研の連携プログラムが始動
日本財団と東京大学先端科学技術研究センター(以下、東大先端研)によって2014年から展開されてきた「異才発掘プロジェクトROCKET」(以下、ROCKET)。ROCKETとは、“Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents”の頭文字をとったもの。志あるユニークな才能を持った子どもたちが、そのユニークさゆえに現在の教育環境に馴染めないでいる。そのような子どもたちが、自分らしさを発揮できるような新しい学びの空間を、子どもたちと一緒に創造していこうとするプロジェクトが、このROCKETです。
プログラムの概要を説明する中邑賢龍東大先端研教授
渋谷区は、「特別な才能に着目した新たな教育システムの構築」事業を今年度9月よりスタートしており、取り組みの一つとして、東京大学先端科学技術研究センターと連携し、ROCKETをモデルとした「渋谷区教育プログラム」を実施しています。その第6回目のプログラムが、平成29年12月19日に東大先端研で行われ、「世界のロボットオリンピック(WRO)への挑戦」と題するプログラムなど複数のプログラムが行われました。
World Robot Olympiad(以下、WRO)は、自律型ロボットによる国際的なロボットコンテスト。自律型ロボットとは、ロボット自身が状況を判断して、作業を進めるロボットの事です。世界中の子どもたちが製作したロボットを事前にプログラミング。そして、自動制御によってそのロボットを実際に動かす技術を、子どもたちが競い合うコンテストがWROなのです。そのWROに、ROCKET2期生の17歳の2人の少年が挑戦しました。その2人が、高牟禮匠さんと鳥山樹さん。プログラミングが得意な高牟禮さんと、ロボットの造形が得意な鳥山さんがコンビを組んで、「チームROCKET」として昨年のWRO全国大会に出場したのです。その二人の若者を講師として、プログラムは進められました。
勉強できる人は常識にとらわれてしまう
はじめに、高牟禮さんが映像を使ってWROへの取り組みを説明。次に鳥山さんが、自分で制作したカエル型ロボットを手に取って説明を行ないました。ロボットを見るために最前列に集まった子どもたちは、ロボットが本物のカエルのように動く度に驚きの声をあげました。そして質問の時間となるや、多くの子どもが「ハイ!ハイ!」と手を挙げて積極的に質問。
「将来何になりたいんですか?」―「魔法使いです」
「学校に行かないで、親に文句を言われないんですか?」―「親からは塾に行けとか言われましたが、そのお金はロボットを作るために使わせてくれとお願いしました」
「新しいアイディアはどうやって出すんですか?」―「勉強していないから、新しいアイディアが出る。勉強できる人は常識にとらわれてしまうから。ヘンタイにならなきゃ、スゴイアイディアは出てこない」
「天才なんじゃないですか?」―「天才じゃなくて、ヘンタイです!」
といった、ユニークで楽しい質疑応答が繰り広げられました。
ロボットの説明をする鳥山さんと興味津々の子どもたち
続いて、ROCKETを主宰する中邑賢龍(なかむら けんりゅう)東大先端研教授が、お菓子のあられの袋を子どもたちに手渡して、「この袋はロボットが作りました。袋を丁寧に開いて観察した上で、ロボットがどのようにこの袋を包装したのかを考えて、当ててみて下さい」と問いかけをしました。
おのおの袋を開いて、ジッと眺めながらアレコレ考える子どもたち。それから一人ずつ中邑教授の所に行って、自分が考えた答えを説明します。「正解!」と中邑教授に言われた子どもは、思わずガッツポーズ!で喜びを表現していました。全員の答えを聞いた後、中邑教授が実際の作り方を説明します。
そして、「ロボットのことばかり考えるんじゃなくて、ロボットが作る物について考えなきゃいけない。ロボットが作ったあられの袋はどうなっているのか。ロボットクリエイターになるには、そうした所を具体的にしっかり見て、考えていかなきゃいけないんだよ」と子どもたちに伝えていました。
破壊ではなく解体、触れて知るモノの仕組み
並行して行われたプログラムでは、パソコンやスピーカー、掃除機など身近な家電製品の解体に挑戦しました。子どもたちはそれぞれ好きな家電製品を選び、何十種類もの道具も駆使して、思い思いに解体していきました。
ポイントは、破壊ではなく解体であること。つまりバラバラにした後、元に戻せるようにすることが求められました。子どもたちはじっくり観察し、どの部品がどのような役割を果たしているのかを考えながら慎重に解体を進め、普段できない挑戦に悪戦苦闘しながらも集中して授業に取り組んでいました。
解体する生徒と解体後の掃除機
すべてのプログラムが終了した後、ロボットのプログラムに参加した子どもに感想を聞いてみた所、「全部面白かった。ロボットの動きや形がスゴイと思った!」と興奮気味に語っていました。
またその子のお母さんは、「(鳥山さんと高牟禮さんは)テレビで見て憧れの人たちだったので、息子は昨日からずっと興奮していましたね。毎回刺激的で楽しみにしているみたいです。やりたい事を真っ直ぐに、トコトンやらせてくれるのがありがたいですね」と話していました。
学校教育だけでは限界、親の意識も変わらないと
そして中邑教授は、「すべてを学校教育にゆだねるのは限界がある。また、親の子育て自体にも、つまずきがあるものだから、親の意識をも変えていける場所になれたらと思っている。そもそも日本では大学受験を目標とした教育をやり過ぎている。そうした教育を受けてきた子どもたちは、グローバル化とAI時代の中では負けてしまう。ただ知識を信じているうちに発見はないし、発明はない。だから、ROCKETの教育ではリアリティーを追求するようにしている。例えば、『百貨店は百科事典』と称して百貨店を探求させる。そして、『陶器と磁器の違い』『切干し大根とかんぴょうの違い』といった、インターネットで調べれば1分で分かることも、時間をかけて自分の足を使って動いて調べて行く。百貨店の店員さんから直接教えてもらったりもする。そのようにして、知識だけでなくリアルに実感していけるようにしている」と語っていました。
また、渋谷区教育委員会の担当者は、「渋谷区としては、どの子もかけがえのない存在であるという意識を強くもち、公教育として、より多くの子どもたちに個に応じた多様な教育の機会を確保することを目指し、事業に取り組んでいる。ROCKETをモデルとした『渋谷区教育プログラム』には、当初、区が想定していた倍以上の数の申し込みがあり、人数に応じてプログラムの実施形態を工夫しながら、今に至っている。東京大学先端科学技術研究センターのこれまでの実績や知見を得ることにより多様な『学びの場』や『学び方』を提供できていると捉えている。プログラムに参加している子どもの保護者からも『強みをポジティブに受け止めてもらい、救われている』『学校では静かなのだが、ここでは子どもが自分を出している』等の感想を受けている。プログラムに参加し活動することを通して、子どもが自分のよさに気付いたり、自信をもって取り組めることが増えたりすることで、保護者の意識にもプラスの変容がみられることも考えられる。渋谷区が東京大学先端科学技術研究センターと連携して進めている取り組みには、『渋谷区教育プログラム』の他、『読み』『書き』『計算』に困難さがあることにより本来の持てる力を発揮し難い子どもの実態把握やニーズのある子どもに対する学び方の提案・フォローアップもある。初年度の取り組みを踏まえた上で、今後の展開を図っていきたい」と説明しました。
日本財団で本プロジェクトを担当している吉田もも氏は「今回の渋谷区と東大先端研の取り組みにより、ROCKETのプログラムが公教育の中で実践されることによって、より多くの子どもたちに学びの機会を提供できることを嬉しく感じている。今回の取り組みをモデルとして、他の自治体へ拡がっていくことを期待している」と語りました。
また、日本財団は10月末に渋谷区と「ソーシャルイノベーションに関する包括連携協定」を結び、社会課題の解決を図る先駆的な取り組みを実践していくことを決定しました。ROCKETもその1つで、担当者は「これまで東大先端研と進めてきたROCKETでの実践を、渋谷区との連携によってさらに活かしていけると考えている」と述べました。
左から東大先端研 福本理恵特任研究員/ROCKETプロジェクトリーダー、視察に訪れたペアレントサークルBridge亀山美穂代表、清家あい港区議、中邑教授、渋谷区教育委員会学務課 齋藤仁美指導主事、同課 熊澤雄一郎課長
中邑教授らは今後、渋谷区での取り組みをさらに加速させていくとともに、他の自治体やNPO、民間企業などとの連携といった形を通して、全国各地への展開も視野に入れているとのこと。志あるユニークな才能を持った子どもたちが自分らしさを発揮できるような新しい学びの空間が、全国のあちこちで色々なスタイルで数多く創られていく。そのようなソーシャルイノベーションが、近い将来の日本において実現されていく事を予感させる、ROCKETをモデルとした第6回目の「渋谷区教育プログラム」でした。
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