民間と行政の「伴走」―教育魅力化を島根県から全国へ
政治山 / 2019年1月16日 10時0分
人口減少で存続が危ぶまれた町、島根県隠岐諸島の「中ノ島」にある海士町は、教育を皮切りに大きな変革を遂げています。今回はその仕掛け人である一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム(以下、魅力化プラットフォーム)の岩本悠共同代表と島根県側の立場から教育の魅力化を推進してきた県教育庁教育指導課連携推進室スタッフ調整監の江角学さんにお話を伺いました。
(前編)廃校寸前だった高校になぜ人が集まるのか―海士町が島根県に与えたインパクトとは
![島根県教育庁教育指導課連携推進室スタッフ調整監の江角学さん(左)と一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームの岩本悠共同代表(右)](https://seijiyama.jp/wp-content/uploads/2019/01/si20190115-5-1.jpg)
島根県教育庁教育指導課連携推進室スタッフ調整監の江角学さん(左)と一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームの岩本悠共同代表(右)
――魅力化プラットフォームというのは、どのようなプロジェクトかをお聞かせください。
【岩本】 僕たちの取り組みは、未来を創る「意志ある若者」に溢れる持続可能な地域・社会をつくることを目的としています。
目標とする18歳の若者像があるとすると、具体的な打ち手の一つが、高校生が地域社会の課題解決に取り組む「プロジェクト学習」、もう一つは「地域みらい留学」を通した多様性がある教育環境づくりです。この2つは、高校、地域、企業、NPOなどが協働しないと実現できません。そのためには、地域や機関、人を繋ぐコーディネーターが重要となります。
そして、これらが機能していくためには絶え間ないPDCAを繰り返す必要があり、それを評価する指標が必要になります。こうした基盤をつくり、全国に学校魅力化が広がっていくための方法論が、共学共創プラットフォームです。
【江角】 県と共学共創プラットフォームの価値観はかなり重なっています。島根県教育委員会では、「教育の魅力化」の取り組みを進めています。
島根の子どもたちに身につけてほしい力として、学校教育法に位置づけられている(1)基礎的・基本的な「知識・技能」、(2)課題を解決するために必要な「思考力・判断力・表現力」、(3)学びに向かう「意欲・態度」ですが、現在でも知識・技能の測定が重視されており、(2)や(3)についての測定方法は確立されていません。
しかし、国も新たな学力観に基づいた資質・能力の測定方法に向けて精力的に進めているわけで、島根県としても、正しい学力観にもとづいた子どもたちの本物の「生きる力」を育もうとしています。
そこで、県の主な打ち手として、岩本さんの魅力化プラットフォームとの連携が進んでいるのですね。
【岩本】 そこでは教育の現場に出向いて、県に寄り添い「伴走」して、現場の教師や地域と関係を作って、一緒に課題解決をしていくという考え方で進めています。
課題は運用資金、山を登りきるまでが勝負――今プロジェクトを進めていく上での課題はどのようなことですか。
【岩本】 率直に一番の課題は運用資金です。日本財団ソーシャルイノベーター支援制度による助成金は3年までです。今は2年目の活動中ですが、3年目をどうするかというところで調整をしています。社会の流れが変わり始めていて、国も動き出そうとしている中で、ここでやめるわけにはいきません。取り組みの資金をどう確保しながら、進めていくか悩んでいます。
【江角】 国や県がよくやるのは、モデル事業ですが、全国の公立高校3500校の内10校だけモデルを導入しても全国的には広がりません。
広がりをつくるためには、岩本さんの共学共創の考え方や、国と都道府県の取り組みのコーディネーション機能を生かすことが必要だと考えています。
しかし、こういうプラットフォーム的な機能は世の中の価値が認められにくいので資金も集まり難いのです。
【岩本】 そうした意味でも日本財団が全国展開するための費用を出してくれるという考えは革命的な支援だと思っています。
このプラットフォーム事業を持続できる仕組みにするのがこれからの課題です。ただ、どこまで維持されるべきかは考える必要もあります。2022年度から実施される新学習指導要領には、「社会に開かれた教育課程」という、僕らのやってきた理念が入っていて、ある点まで取り組みを進めていけば、転がるように全国に広がると思います。
今、僕たちは山の頂上に向けて登っている途中なので、止まってしまったら転げ落ちて一からやり直しになってしまいます。僕らが頂上に登るには少なくともあと3年はかかります。山を登りきるためにこの先の少なくとも2、3年をどうするか、課題です。
――国や県からの支援が入れば、活動を続けることはできますか。
【岩本】 行政がプラットフォームを作ることに価値があると認めて、支援するようになったらできるかもしれない。文科省や地方創生に関わる一部の方は理解してくれていますが、そこに具体的に資金がつくかどうかは別の話です。
![海士町](https://seijiyama.jp/wp-content/uploads/2019/01/si20190115-1.jpg)
海士町
――資金についてどうお考えですか。
【江角】 残念ながら教育は税金で行うべきという固定観念があり、寄付も根付いていません。王道は社会的価値を世に問うて寄付を募ることかもしれませんが、プラットフォーム事業のような取り組みは寄付を集めにくいテーマでもあります。
【岩本】 私たちが取り組む地域や教育の課題は、支援の仕方が見えにくくて分かりにくい。実際、直接誰に何を起こしているかということを具現化しにくいコーディネーション機能は、一般的に理解されにくいものです。
また、日本の教育システムの構造が分かっていないとプラットフォームの必要性も分かりにくく、そこに寄付を募るというのも、またハードルが高いことです。だからこそ僕たちは分かりやすく伝え続けていきたいと思います。
――島根県行政の内部の課題はありますか。
【江角】 一番の課題は、職員の意識改革であり、古い学力観からの脱却です。魅力化プラットフォームがいくら頑張ったとしても、その土台となる県職員や教職員の意識を改革していかないと、その価値を発揮できないと思います。
島根の誇りやアイデンティティを持ち、地域に還元できる仕組み――今後の取り組みで考えていることはありますか。
【江角】 今の「教育の魅力化」は高校までの構想ですが、高校から先の県内大学、県外大学、企業をつなぎ学び続けるシステムを作らないといけないと思います。高校で学んだことが大学、企業においてさらに深まっていく仕組みを作っていく必要があります。教育委員会がこれまで以上に大学や企業を意識しなければならないと思います。
【岩本】 これまでとは違う点は、個別の事業として行っていたものを、行政の縦割りを越えて、小中学校、高校、大学、企業、地域との連携を大切にして、横断的に価値創出をしていくということです。これまでは、18歳まで地元で教育を受けて、県を出て行った後、自分の地元や島根にかかわりたい、貢献したいという気持ちはあっても、どういうふうにかかわっていけばいいか分からず、地元との関係が疎遠になってしまうという課題がありました。
思いはあるが、かかわる機会がないという課題に対して、外に出たからこそできる、地域プロジェクトへの携わり方や学びの仕組みを作りたいと思っています。海外に出て行っても地域にかかわり続けることができ、地域への誇りやアイデンティティを持ちながら、地域に貢献もできる仕組みです。
【江角】 教育軸と地域軸を両立させていくためのプラットフォーム事業なのかなと思っています。教育は教育委員会だけが回していく話ではなくて、次代の担い手の育成は島根県全体の話なので、知事をリーダーとして、県庁内で意識共有が図れ、政策企画局、総務部、地域振興部、商工労働部、教育委員会といった各セクションが連携して取り組んでいくことが大切であると考えます。
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