尾道市2カ所目の「第三の居場所」、子どもたちの10年後を支える拠点に―平谷祐宏市長らに聞く
政治山 / 2019年8月9日 10時0分
地域の子どもたちが集う、家でも学校でもない第三の居場所。この第三の居場所を作る事業が、日本財団の支援(当初3年間)を受けて全国各地で始まっています。広島県の尾道市では、西日本で初めてこの事業に取り組み、今年2月に市内2カ所目の拠点をオープンさせました。今回は、この事業に取り組んできた平谷祐宏 尾道市長、加納彰 尾道市社会福祉協議会会長、そして拠点マネージャーである山田克芳 社会福祉協議会主事の3人にお話をうかがいました。
――まず、尾道市における子どもの貧困の現状と、それに対する取り組みについて教えていただけますか。
【平谷市長】 尾道市では、庁内の若手職員で様々なテーマについてプロジェクトチームを作って議論し、政策提案をするようにしています。その中の一つに、子どもの貧困対策をテーマにしたチームがあったのですが、そこでまず市内の子どもの生活実態調査を行いました。
そうすると、貧困世帯割合は13.7%で、その中で「入浴をしない日がある」という子どもが7.8%、「必要な食事が買えなかったことがある」が13.1%もいた。一方、「学校での勉強が『よくわかる』」子どもは12.3%しかいないという実態が明らかになりました。
この結果から貧困対策プロジェクトチームは、「生まれ育った環境に左右されることなく、すべての子どもが将来に夢と希望を持てる」ことを目指して、子どもと保護者への生活支援や教育学習支援を充実させていくべきという提言書をまとめました。
――そこで、日本財団の「第三の居場所づくり事業」との出会いがあったのですか?
【平谷市長】 はい。実態調査を行って、施策の方向性も定まってきた中で、「第三の居場所づくり事業」と出会いました。そして、2年前に西日本で初めて第三の居場所の拠点を、今年になって二つ目の拠点を設けました。それまで妊娠期から就学期に至るまでの子育て支援については、市内7カ所に「子育て世代包括支援センター・ぽかぽか」を置いて、助産師や保育士、保健師が、専門的に切れ目なく支援していくという形でとっていました。そこで、その後の就学期を迎えた、貧困を抱えた子どもたちへの幅広い多様な支援を行っていく場として、第三の居場所の拠点を設けることになったわけです。
――具体的には社会福祉協議会が拠点の運営団体となったわけですね?
【加納会長】 市の推薦を受けた社会福祉協議会(以下、社協)が、日本財団との間に助成契約を結んで実施団体となりました。子どもを預けようとする際に、保護者の側には不安感があります。それが社協ならば、安心して預けることができたというわけです。
【平谷市長】 昔はおじいちゃん、おばあちゃんがいて、親が忙しくても子どもの面倒を見てくれた。親戚や近所の人との付き合いもあった。今はそうしたつながりがなくなって、孤立して子育てしなければいけない親が増えた。その孤独感から虐待などにつながる場合もあります。
――社会の中でのつながりが、昔と比べて薄くなったということですね。
【平谷市長】 だからそういう親は、頼れる人がいない。相談できる場所もない。しかし、行政にはそうした孤立した親がどこにいるのかは分からない。そうした孤立した人たちとの接点を作るのは、行政には難しいのです。そこで、社協が持っているネットワークを使えば、そうした親との接点を持つことも可能になるというわけです。
【加納会長】 子どもの貧困対策を、行政だけでやろうとすると難しさがあります。地域の中でネットワークを作って、子どもだけでなく保護者をもふくめて総合的に対応していかなければならない。その点、社協には地域の中でのネットワークがあるし、各分野で総合的に対応していくこともできます。
――子どもだけでなく、その親、その家庭をも見て、対応していかなければならないと。
【山田主事】 この第三の居場所事業の実施団体が社協となっているのは、全国でも尾道市だけです。他所は学習支援や引きこもり対策事業をやっているNPO団体などが多い。ただ子どもの貧困対策は、子どもだけを見ていてもうまくできない。その家庭全体を見ていかなければいけないのです。そこで社協ならば、保護者の側の支援など、他の事業とのブリッジング、橋渡しを行うこともできる。そこに、社協がこの事業を担う意義があると思います。
【平谷市長】 この事業は、地域の子どもたちを丁寧に息長くバックアップしていく、そうした地域に根差した事業にしていかなければならない。そうでないと難しいですよ。そのためには、社協という地域に根差した信頼感のある組織が、運営団体となる意味があるわけです。
――この事業を通じて、子どもたちは変化しましたか?
【山田主事】 まずは子どもが落ち着くようになったと、保護者の方々からは評価してもらえますね。1週間くらいかければ、ちゃんと宿題もやるようになります。一朝一夕で信頼関係は作れないのですが、毎日一緒に遊んで丁寧に関わっていくことで、子どもたちも精神的に落ち着いてきますね。
【加納会長】 尾道では囲碁が「市技」とされるくらい盛んです。市内の因島(いんのしま)が、碁聖と呼ばれた天才棋士・本因坊秀策の出身地ですから。それで私も囲碁をやるので、子どもたちに囲碁を教えたりします。そうすると仲良くなれますし、子どもたちも明るくなりますよね。
――なるほど。それでは、この第三の居場所事業を今後も運営していく上での課題については、どのように感じられていますか。
【平谷市長】 財源確保ですね。3年経って財団の支援が終わった後に、事業を継続していくための財源をどうするのか。そこは、市の側が覚悟を持たなきゃいけない。一人でも多くの子どもを地域で支援していくのだ、という覚悟を持たなければなりません。
【加納会長】 それがなかったら、社協としても事業を受けるわけにはいきませんでした。財団の助成が終了した後は、市が全面支援することを前提に、社協としても事業を実施しています。
【山田主事】 そうした事業ですから、社協としてもこの事業の効果をきちんとデータとして出せるようにしていきます。ただ、宿題をやるようになったといった短期的な効果だけではなく、5年後、10年後、20年後にどうつながっていくのかという長期的な効果について、見ていかなければならないと思っています。
【平谷市長】 これだけの大人が関わっているのですから、多少の効果があるのは当たり前です。問題は、10年後、20年後に子どもたちがどういう大人になっているかですよ。自分で仕事して収入を得て、自立して生活できる大人になっているかどうか。そのためには、少なくとも10年は継続しないといけない。
例えば、しまなみ海道(尾道市から愛媛県今治市を結ぶ道)でのサイクリングを盛んにしようというアイディアは、職員からの提案で生まれたのですが、10年以上やってきて、今ではサイクリングの聖地になりました。
そして、こうした取り組みは行政だけではできません。地域のいろんな人の協力を得て、10年以上続けていけば、必ず地域の大きなパワーになります。ですからこの事業も10年以上続けて、地域の子どもたちが立派な大人に成長するようにしていかなければならないのです。
【加納会長】 日本財団では、この事業の効果のデータなどを検証した上で、国に政策提言を行っていくということですよね。そうして国の施策が変わっていくことによって、地域の事業が継続しやすい状況が生まれていくことを期待しています。
――ところで市長は中学校の教員を長く続けられて、教育長も務められた教育畑の方ですが、そうした経験に基づく教育への強い意志が、この事業を実現させたということなのですか?
【平谷市長】 そう、こんな所にいるはずじゃなかった(笑)。まあ、そういうことじゃなくて、子育て世代の職員たちが頑張って議論し、調査を行い、具体的な施策を提言した。そして、ここにいるような現場の有能なスタッフが、一生懸命頑張ってきたということですよ。
【加納会長】 市の職員も現場の社協の人間も、自分たちの力で頑張ろうと思わせる雰囲気を、市長が作っているのは事実ですよね。この事業に限らず、いろんな分野でそうした頑張りの結果が、現実のものとなっている。だから、さらにやる気を出すことができる。下からのボトムアップと、上からのフォローがあって、社協という組織を通じて活動を横に広げていくことができている、ということだと思います。
【山田主事】 そして、社協を地域のプラットフォームとすることによって、人と人が助け合う互助の仕組みを、この地域の中でさらに作っていきたいと思っています。
【平谷市長】 そのためには、市長を上手に使えということですよ。職員が一生懸命考えたことを実現するために、その障害を取り除くのが私の仕事。日本財団や社協との最終的な交渉も私の仕事です。そうして、社協を通じた幅広い活動を市がバックアップしていく。そのような地域の中での互助の仕組みを作っていくことによって、子どもの貧困のような問題にも取り組んでいきたいと考えています。
――なるほど、よく分かりました。本日はありがとうございました。
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