「生活している市民の目線で」―習志野市の公共施設再生に見る地方自治のあり方
政治山 / 2016年10月13日 11時50分
公共施設の老朽化に関する課題は、あらゆる地域課題の玉手箱となっています。「うちは大丈夫だ」と力強く語る自治体職員も、玉手箱を開けると噴出する課題に口をつぐんでしまうでしょう。そうであるとしても住民自治の根幹に触れることなく、対策を講じることは考えられません。そこを避けた形式的な取り組みは、問題を先送りしているだけです。
取り組みは多面的に進める必要があり、施設の利用者だけでなく、あらゆるステークホルダーとコミュニケーションを図って理解を求め、将来への負担を残さないために、まだ生まれてきていない将来世代や子どもたちのことを考え、「大きな声」だけでなく、サイレント・マジョリティの声なき声に耳を傾けることが必要です。
習志野市の旧庁舎。新庁舎は建設中
先送りした問題が噴出する「第3フェーズ」
2014(平成26)年4月に総務大臣から自治体に対して公共施設等総合管理計画の策定要請があり、現在、この問題に取り組んでいない自治体はほとんどないと言えます。取り組みを3つのフェーズに分けるならば、第1フェーズは実態把握、第2フェーズは計画策定と課題の抽出、そして第3フェーズは実行段階と言えるでしょう。
すなわち、第3フェーズはまちづくりの本質に踏み込むことであり、地道な取り組みの成果が花開くときであると同時に、先送りされ続けてきた問題が噴出する時でもあります。
取り組みを進める自治体の中では、第2フェーズで足踏みとなったり第3フェーズで頓挫してしまうことがあるという話を時々耳にします。もちろんこれらの計画や事業が全て冒頭に述べた形式だけの取り組みではありません。早くから危機感を持って、休日返上の説明会で市民の方から厳しい批判を受け、前例踏襲主義の庁内にあって後ろ指を指されながらも踏ん張ってきた担当職員を、私はたくさん知っています。
習志野市公共施設再生の取り組みを後押しした市民の声
公共施設再生計画の策定における計画内容の視点は、財政問題と行政改革が中心でした。具体的には、施設老朽化によるランニングコストや修繕費の増加、建て替え費用の試算予測に基づく将来的な財政負担の増加、少子高齢化による市歳入の減少等です。習志野市の取り組みがフェーズ3に進められたのは、説明会に参加した市民の声がきっかけでした。その市民の声とは次のようなものでした。
「施設が老朽し建て替えが必要なことは分かった。老朽化した建物を全て建て替えることは、財政面から無理だということも分かった。しかし公共施設再生の取り組みが、私の生活にどのように影響してくるのか、生活している市民の目線で語ってくれないか」
こうした意見に基づき公共施設再生計画の策定を6カ月延期し、これまでの行政改革的な視点に加えて、市民の目線から計画の主旨を見直しました。するとこれまで見えてこなかったロジックが見えてきて、なお一層この取り組みの必要性・重要性が明確になりました。
市民一人ひとりの生活にどのような影響を与えるか。施設からのアウトプットと、それらが周辺エリアに与えるアウトカムを考慮し、まちづくりと連携すること。施設の「量」から「質」へと発想を転換し、物的豊かさよりも質的幸福感を希求する社会への転換のきっかけとなることといった視点を盛り込みました。
「量」から「質」へ価値観の転換
将来のまちづくりを見据えた「大久保地区公共施設再生事業」
多くの自治体が公共施設老朽化に対する取り組みの実行段階に直面しています。このことはまちづくりの本質に踏み込むことであり、これまで地域に対して行ってきた地道な取り組みの成果が花開く一方、先送りされ続けてきた問題が噴出する玉手箱でもあると述べました。
大久保地区公共施設再生事業は、公共施設再生のモデル事業として、京成大久保駅前にある公民館とホール、図書館、勤労会館を更新し、建物に囲まれるように存在している中央公園と一体的な再生を図る計画です。将来世代に過度な負担をかけることなく、時代の変化に対応した公共サービスを継続的に提供し、多世代交流や地域コミュニティの活性化、市民協働・官民連携で賑わいの場を創出することを目指します。
運営面での特徴は、公民館・図書館として運営するだけでなく、対話の場「フューチャーセンター」を開催します。市民、行政、大学、民間事業者など様々な立場のステークホルダーが対話により距離を縮め、地域の課題を共有し、解決に向けてアクションを起こすまちづくりイノベーションの起点とするものです。ファシリテーター・コーディネーターを配置し、対話や市民の活動意欲をサポートします。
建築面における特徴は、柱や梁など使える躯体は有効活用するリノベーションを採用します。また、敷地の一部に定期借地権を設定し、まさに官民一体のパートナーシップによってまちづくりに取り組みます。
試行錯誤の説明会、「大きな声」に惑わされることも
市民とのコミュニケーションについては、試行錯誤の連続でした。当初は資料による説明会・意見交換会を可能な限り各地域の公民館やコミュニティセンターに出向き実施していました。平日の昼間や夜間、土日祝日の午前、午後、夜間等、多くの人に参加してもらおうと開催しましたが、参加者はとても少なく、参加人数が1人だけの回もありました。
しかし参加した人が、自らのサークルや団体で話をして広まる口コミや、マスコミへのアプローチなどにより徐々に広がっていきました。これまでの計画策定そのものへの注力に加え、いかに市民に伝えるかということにも注力しました。
公共施設再生計画の策定前の説明会は、「素案」すなわち決定前の仮案で市民の意見に耳を傾けるというシンプルなコミュニケーション手法でした。しかし従来の行政スタイルは、他部署との調整に次ぐ調整を重ね、さらに念入りに“てにをは”を検討した原稿により説明するというものが多数でした。市民はそうしたスタイルに慣れていたため、参加者の中には「こんな重要なことを勝手に決めたのはけしからん」と激高する市民もいました。
説明会・意見交換会では、反対意見が私たちの印象には強く残ります。しかし後でアンケートを見直すと、最も反対の声が多いと印象に残っていた統廃合について、「賛成」42%、「反対」16%、そのほかは「どちらでもない・その他」でした。同じ時期に無作為抽出での郵送で実施したアンケートでは統廃合・多機能化について、「積極的に実施すべき・どちらかといえば実施すべき」が77%、「どちらかといえば実施すべきではない・実施すべきではない」が23%という結果でした。
課題を共有することから始まる、市民がつながるまちづくり
このことから、積極的ではない市民が、誰でも意見を言うことができるにはどのような機会を作るべきか、建設的な議論をするために様々な市民に興味を持ってもらえるにはどうしたらよいかということをさらに優先して考えるようになりました。手話通訳の実施、ベビーシッターの依頼、説明会のインターネット配信、民間タウン情報事業者の協力による情報発信等も行うようになりました。
計画策定後の事業実施段階には、まちづくりの方向性についても議論が必要になり、市民の間でも様々な考え方があるため、ワークショップの手段を採用しました。第3者の公平な立場から話し合いをサポートするファシリテーターの参加により、議論は対話という形でさらにしなやかになり、市内に立地する大学の学生、子育て真っ最中のママ、働き盛りの世代も話し合いに加わりました。話し合いに参加した市民の間では、まちづくりや日常生活の向上に対する関心が高まり活動し始めた人もいます。そうした人々がつながり、開かれた公園や公共施設の活用に興味を持ち、さらに多くの市民とつながることを目的とした活動も始まりました。
ワークショップの様子
行政から市民に対して「説明する」→「ときには説得する」→「行政主体で実行する」というこれまでのやり方では、公共施設老朽化の課題は乗り越えられません。早い段階から課題を市民と共有し、協働して取り組みを進める必要があります。特にサイレント・マジョリティにまで情報が届くようにするには、これまでのやり方に加え、情報の受け手となる様々な市民を想定して、あらゆる手法を検討する必要があります。その上で「いかに関心を持ってもらえるか」「課題を認識してもらえるか」「本質を理解してもらえるか」「一緒に考えてもらえるか」「それぞれの立場で主体的に活動してもらえるか」といった流れを作っていく必要があります。
これはすなわち市民主体の地方自治の流れそのものではないでしょうか。公共施設老朽化に対する取り組みは植物に例えると花や茎、葉に該当しますが、「市民主体のまちづくり」という根の部分がないと成立し得ません。
週末学校で学んだこと
週末学校で学んだことと公共施設再生は、一見すると直接的には関連がありません。しかし、週末学校での学びがなければ、今の私はなかったといえます。それらの要素は大きく2つに分けることができます。
1つめは「何を学んだか」ということ。「公(パブリック)」とはなにか、公の担い手は誰かという視点は、大久保地区公共施設再生事業における市民との協働、民間事業者との連携に、住民自治、行政の役割とはなにかという視点は、対話の場「フューチャーセンター」につながっています。計画・事業と週末学校での学びは一つずつ結びつけることができます。
2つめは「誰と学んだか」ということ。毎年、週末学校の雰囲気は参加者によって異なります。私たちの年度を形容するならば「切磋琢磨が盛んであった年」と言えるでしょう。講師への質問にもこだわり、休み時間にも議論をして、それでも終わらず懇親会でも議論をしていたように思います。そうした真剣勝負の中で、最終的に研修生間で導き出した結論は次のようなものでした。
「週末学校が終わり、職場に帰って手にする仕事は、週末学校が始まる前と何も変わらないかもしれないが、仕事をする私たちの意識は大きく変わった。首長などとは違って小さなリーダーシップかもしれないが、少しずつ影響力を発揮しよう」
公民館屋上から公園を見る
現在の私は、当時とは立場も職務内容も変わっていますが、根の部分は変わっていません。公共施設再生の取り組みは、統廃合など市民の皆さんにはお伝えしにくいこともあります。ただ危機感を煽るだけでなく、解決に向けて何ができるのか、その中で行政としてどのような役割を果たせるのかといったことを“穴が開くほど”考え、市民が希望を持って参加してくれるために“惹きつける”にはどうしたらよいかを考えます。
まちづくりを演劇に例えるならば、スポットライトを浴びるキャストは市民です。私たち行政は大道具や照明、音声等を担当するスタッフです。スタッフは辛い裏方作業ばかりで、キャストは楽できらびやかな立場なのでしょうか。私はそう感じません。裏方のスタッフ全員が、演劇が大好きでたまらない、素晴らしい演劇とはそのようなキャストとスタッフとの一体感から生まれるのではないでしょうか。習志野市公共施設再生という作品は、スタッフがそれぞれ役割を果たしており、私は舞台の裏からスタンディングオベーションを浴びるキャストを見て、日々感動しています。
◇
「住民を主体とする地方自治の実現と、地域の潜在力を活かした多様性あるまちづくりのために、自らの頭で考え、行動を起こすことができる人材を育成すること」を目的とした、地方自治体職員対象の人材育成プログラム「東京財団週末学校」の受講生によるコラムです。
<習志野市 政策経営部資産管理室資産管理課 主幹 岡田直晃>
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