鳴子の米プロジェクト―地域をあきらめない哲学の実践
政治山 / 2016年11月9日 11時50分
地元キーマンとの出会い、住民主導・行政サポートでの鳴子ツーリズム
縁あって旧鳴子町に移って役所に入り、公民館の管理運営を4年担当しました。公民館には国際交流、観光関連、農家など様々な分野のキーマンが出入りしていて、彼らとのつながりでいろいろな分野から鳴子町のことを考えることができました。その後は、農業行政を16年連続で担当していますが、農家とともにじっくりと地域の課題に取り組めたことに感謝しています。
異動当初は、国からの「消費が減少して売れないから、米は作らず、転作しろ」という一律の指示のもと、米余りに伴う生産調整を進めました。しかし、農家のやる気が年々なくなる様子を目の当たりにして、国の方向性は山間地の鳴子には合わないのではないかと考えるようになりました。
中山間地で温泉観光地という鳴子の特性を発揮するような、鳴子ならではの農政をしたいと考えを改め、市場で勝負するのではなく、山間地のやわらかい空間の中で人と話し、交流しながら、鳴子の農産物を食し感じてもらおうと、グリーン・ツーリズムの考え方を取り入れました。
公民館時代からの付き合いとなる地域のキーマンとのディスカッションを重ね、住民主導の鳴子ツーリズム研究会の設立、住民と行政協働体制での第2回全国グリーン・ツーリズムネットワークみやぎ鳴子大会の開催、鳴子温泉郷ツーリズム特区による3種の規制緩和と県内初どぶろくの飲める農家レストランのオープン、田んぼと温泉湯治を融合した田んぼ湯治の実施など、住民主導・行政サポートというスタイルで実践を行ってきました。
結城登美雄先生との出会いから「鳴子の米プロジェクト」へ発展
ゆきむすびのおむすび
ツーリズムの実践を行う中では、地域内と地域外から応援してくれる方々との交流を積み重ねました。その中でも、鳴子と30年以上も付き合いのあった民俗研究家、結城登美雄先生との出会いは衝撃的です。大学教授やコンサルタントがトレンドを追い求める中、結城先生は一貫して本質を求める考え方で、今だけよければいいのではなく、地域が持続していくことを第一に考える。この考え方は、私たちの活動のベースとなっています。ツーリズムを実践してもまだまだ農家に元気がない中で、持続可能な地域づくりのために地域全体で農業を支えるべく、山間地の「米」に特化して始めたのが「鳴子の米プロジェクト」です。
プロジェクト開始から今年で11年目を迎えますが、開始当時は「米は(儲からないから)作るな」と言われた時代で、農業関係者や行政内部からもばかにされたことを思い出します。JAからの農家手渡し価格が60キロ12,000円の時代に、農家に18,000円を支払い、24,000円で販売するという内容に、誰からも信用されない中でのスタートだったことを覚えています。
農家が元気を取り戻し、鳴子の風景や暮らしを守るために、これまで実践してきた地域づくりの力を米に向ける。必ずできるという自信と、失敗してもやるという決意、地域のキーマンとの助け合いや信頼があってこそだと思います。
作り手と食べ手の信頼を取り戻し、地域で支える農業へ
「鳴子の米プロジェクト」は、スタート段階は行政、実践段階で住民・行政との協働というかたちをとりました。現在は民主導で設立されたNPO法人が実施主体として、地域で支える農業の実現のために活動を行っています。
まず、「山(間地)で美味しい米は作れない」と言われ悔しい思いをしてきた秋田県との県境の鬼首地区で、埋もれていた山間地向けの米「東北181号」という米の試験栽培を行い、後に「ゆきむすび」と命名した新品種が誕生しました。生産にあたっては、鬼首の農村文化として農家の皆さんが続けている「くい掛け」という手間のかかる自然乾燥を行い、鳴子の風景も守っています。
収穫した米は、お母さん方が100種類ものおむすびを、温泉街のお菓子屋さんが米粉菓子を、桶や漆の職人がおむすび用の器をそれぞれ開発し、鳴子ならではの食にしています。また、農家が安心できるよう、販売価格を24,000円に設定し、事前予約制を採っています。食べ手が買い支えることで、作り手に1俵18,000円が入る仕組みにし、差額の6,000円はこの活動を継続するための経費として、活動報告「米通信」の発行や若者の受け入れ支援などを行っています。
また、作り手と食べ手の信頼関係を築くための田植えや稲刈り交流会を毎年開催しています。近年は地域の農や食、暮らしを考える「にっぽん・食の哲学塾」も開催して、関係者全員で考え、交流する場を設けています。
稲刈り交流会 田んぼに感謝して
この10年は多くの課題を抱え、何度も挫折しそうになりましたが、地域の仲間とのディスカッションで解決策を模索し、地域外からの応援者の協力なども得て課題に向き合い続けました。このベースとなる考え方は結城登美雄先生の著作、『地域の再生シリーズ第1巻 地元学からの出発』(農文協)を参照いただき、「鳴子の米プロジェクト」をモデルに作成されたNHK仙台放送局80周年記念ドラマ「お米のなみだ」(あべ美佳さん原作)や、あべ美佳さん著『雪まんま』(NHK出版)をご覧いただければと思います。
多くの学生が鳴子で卒業論文を作成、そして、新たな動きに発展
これまで全国からの視察(多い時は年間3,000人、ほとんど鳴子に宿泊)や、多くの大学生や高校生の受け入れ、また小・中学校での講演などもできる限り引き受け、「鳴子の米プロジェクト」の意味を伝えています。
特に、鳴子で卒業論文を作成した大学生は、その後社会学の分野でCSA(Community Supported Agriculture:地域で支える農業)の研究者となり、今では大学で学生を指導しています。また、東京のおむすび屋さん「おむすび権米衛」に就職した学生もいます。彼女との縁がきっかけで、「鳴子の米プロジェクト」から誕生した米「ゆきむすび」だけを扱う、おむすび権米衛神田神保町駅東店が昨年オープンしました。若い力が地域との縁をつなぎ発展させており、本当にうれしく思います。
現在は、東日本大震災で施設が壊れ、営業を中断していた「鳴子の米プロジェクト」直営のおむすび屋「むすびや」の再開を望む声が全国から寄せられ、学生も含めた多くの人の支援の輪が広がり、クラウドファンディングによる「むすびや」の復活にチャレンジしています(https://readyfor.jp/projects/musubiya)。
持続できる地域を目指して
東京財団週末学校には平成24年に参加し、全国の仲間と共に、地域での対話、現場で物事を考えることが第一であることを再認識しました。特に、地元のおじいちゃんおばあちゃんたちの一代記の作成(聞き書き)は初めての取り組みで、方言も含め記録することで、言葉だけでなくその人の雰囲気まで残すことができ、「人」の魅力を再発見できました。また、米国オレゴン州ポートランド市での調査では、住民がまちづくりの実践を重ねる中で自信をつけ、そのことが行政をも変化させていることが分かり、住民の意志を反映させるための行政の在り方を考えさせられました。また、住民と行政がサポートし合うことでより良い成果がでることは、自分の地域も同じであり、今後も自信を持って地域のことに取り組んでいきたいと、思いを新たにしました。
課題は多くありますが、住民と行政が共に汗をかき、心の垣根を取り払い、地域をよりよくする行動を行い、持続できる地域を目指したいと思います。
宮城県大崎市産業経済部農林振興課 課長補佐 安部祐輝(NPO法人鳴子の米プロジェクト 理事)
◇
「住民を主体とする地方自治の実現と、地域の潜在力を活かした多様性あるまちづくりのために、自らの頭で考え、行動を起こすことができる人材を育成すること」を目的とした、地方自治体職員対象の人材育成プログラム「東京財団週末学校」の受講生によるコラムです。
<宮城県大崎市 産業経済部農林振興課 課長補佐 安部祐輝>
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