まちづくりを担う人材をいかに発掘し育成するか~牧之原市で芽生えた「まちづくり人財増殖チェーン」
政治山 / 2016年9月29日 17時30分
地域のまちづくりを担う人材をいかに発掘するか
全国の自治体を巡っていると、「まちづくりに参加してくれる市民がいない」「若い人がまちづくりに参加してくれない」といった言葉をよく耳にします。また、まちづくりの人材を育成するため、ファシリテーションなどの様々な市民向け研修メニューを用意したものの、「参加者を集めるのが大変だ」といった自治体職員の嘆きもよく聞きます。本当に地域にはまちづくりを担ってくれる人材、興味を持ってくれる若者はいないのでしょうか。
このコラムでは、静岡県牧之原市が西原茂樹市長を中心に実践している「対話による協働のまちづくり」について何度も紹介してきました(コラム第38回)。牧之原市の取り組みのベースになっているのは、「男女協働サロン(以下サロン)」と呼ばれる市民の「対話の場」です。「対話(ダイアローグ)」とは、互いの立脚点を明らかにし、相手を論破するような話し合いである「討論(ディベート)」とは違い、お互いの違いに耳を傾け、意見の多様性を知り、新しい知見を得るような話し合いのスタイルです。
市民グラフィッカーによるグラフィック研修
牧之原市ではこれまで、津波防災まちづくりサロン(コラム:マニフェスト学校「マニフェストを起点とした市民参加と協働のまちづくり」)、地域の絆づくりサロン(コラム第44回)、総合計画策定に向けたサロン、公共施設マネジメントサロン(コラム第42回)、地域リーダー育成プロジェクトサロン(コラム第41回)など、多くの対話の場が設けられてきました。その対話の場の運営を担うのが、研修を受けてファシリテーションのスキルを身に着けた「市民ファシリテーター(コラム第43回)」の皆さんです。
今回は、牧之原市の「対話による協働のまちづくり」を現場で担ってきた市民ファシリテーターが中心となって「対話の場」「学びの場(研修会)」「実践の場」を有機的につなぐことにより、まちづくりを担う人財の掘り起こしと育成を目指す取り組み、「まちづくり人財増殖チェーン」を紹介します。
「保健師×ファシリテーター」の澤島さん
「対話の場」「学びの場」「実践の場」をチェーンでつなぐ
自治体の総合計画を見ると、「市民参加」「協働」といった言葉をよく目にします。また、この2つは、首長、議員の選挙の際のマニフェストの中にも、頻繁に出てくるキーワードでもあります。
市民参加は、政策形成過程である行政の計画、実施、評価のすべてのプロセスに市民に参加してもらい、行政に深く関わってもらうこと、協働は、市民と行政が一緒に行うことを指しますが、言うは簡単、実行するのはなかなか難しいものです。行政にとっても仕事のやり方が大きく変わりますし、市民にとっても責任が問われます。それぞれ負担は増し、お互いにそれ相応の覚悟も必要です。
行政が行う具体的な事業としては、市民参加や協働を考えるシンポジウムやワークショップを開催する、まちづくりの人材を育成するための研修会などを行っているところが多いです。ここで問題なのは、そうしたワークショップや研修が単発でつながっていないということです。ワークショップをやってはやりっぱなし。ファシリテーションの研修などを実施しても、実践する場が用意されていない。また、ワークショップも、スキルの乏しい職員が付け焼刃で行っているものが多く、質が低く、参加した市民ががっかりするケースや、ワークショップ後のアクションがイメージされていないため市民にとっては物足りなく、「ワークショップアレルギー」が発生してしまっている地域も多くあります。
ワークショップの目的は、良いアイデアを出すためだけではなく、出てきたアイデアを実行しようと参加者が立ち上がることです。外部から専門のファシリテーターを招いて行うワークショップも、プログラムの内容は良くなるかもしれませんが、それだけでは地域に根付くことはなかなかありません。大事なのは、良質な「対話の場」、楽しい「学びの場(研修会)」、学びを試す「実践の場」の有機的なつながりを行政が意図的に作ることです。対話の場に参加して面白いと思った市民が、ファシリテーションの研修会に参加する。研修で学んだことをすぐに実践できる対話の場でファシリテーターとして活かす。また、このチェーンのスタートは、学びの場ではなく、対話の場であることも、牧之原市の実践から分かってきたことです。
牧之原市でもこれまで市民向けのファシリテーション研修会の集客に苦労してきました。自治会の会長経由で強制的に参加者を集めたこともありました。当たり前ですが、人は自分が興味、関心のあることでしか動きません。牧之原市内で数多く開催されている対話の場にまず来てもらう。この部分ではお願いになりますが、研修会への参加に比べると格段にハードルは低いと思います。良質な対話の場で、話し合いの楽しさを知り、興味を持ってもらい、その結果としてファシリテーションの研修会に参加する。その流れを作ることが重要です。
「茶農家×ファシリテーター」の池ヶ谷さん
市民ファシリテーターが企画運営する「学びの場(研修会)」
2011年10月から施行されている牧之原市の「自治基本条例」の第14条には、「自由な立場でまちづくりについて意見交換できる対話の場の設置」と「協働のまちづくりを進めるための人材の育成」が規定されています。サロンと市民ファシリテーターは、この条文に基づくものです。
2016年度から、この人材育成、学びの場の運営を市民ファシリテーター、市民グラフィッカー(コラム第50回)が担い始めています。牧之原市ではこれまでは、会議ファシリテーター普及協会の釘山健一さんや小野寺郷子さんに講師になってもらい、研修会を開催していました。今回は、外部委託、丸投げするのではなく、地域で内製化し自立していこうという試みです。8月に「ファシリテーター養成研修会」を2回(参加者は合計32人、別途7月に釘山さん小野寺さんの基礎研修を開催)、「グラフィッカー養成研修会」を2回(参加者は合計34人)開催しました。集客は、これまで地域のサロンに参加した市民への声掛け、facebookなどのSNSを活用しました。講師の市民ファシリテーターは、独自に作成した「市民ファシリテーター育成ガイドブック」を活用して、サロンの進め方を実践と解説をセットで分かりやすく伝えました。参加者と同じ目線の市民が講師を務めているので、親しみが持てると好評だったようです。
市民ファシリテーターによるファシリテーション研修
講師を務めた市民ファシリテーターの1人浜崎一輝さんは、「研修会というと、外部から有名な講師の方を招いて行うというイメージが強いですが、いつも何気なく接している人(我々)が講師を務めることで参加者に親近感が沸き、市民ファシリテーターというものを身近に感じてもらうことができたのではないかと思います」と話しています。
牧之原市の場合、研修を受けた市民ファシリテーターは、すぐに実践の現場である対話の場、サロンに出ることになります。いきなりメインファシリテーターは難しいかもしれませんが、司会、緊張をほぐすアイスブレイク担当、テーブルファシリテーター、グラフィッカーのアシスタントなど、できる役割から任されていきます。学びを実践に連動させなければ、せっかく学んだ道具もさびてしまいます。
また、レベルに合わせた様々な「学びの場」を提供することも必要です。サロンを重ねるうちに、市民ファシリテーターの中には、質の高い話し合いの場を作りたい、そのためには、様々なファシリテーションのスキルを身に付けたいという気持ちが芽生えてきました。そうしたベテランのファシリテーターにとっては、津屋崎ブランチの山口覚さんや、フューチャーセッションズの野村恭彦さんなど一流のファシリテーターが作る対話の場に参加することが、学びとなり、次の対話の場の運営に役立っています。
「子育てママ×グラフィッカー」の絹村さん(左)と武田さん(右)
静岡県が主催する行政経営研究会の公民連携協働部会では、2015年度静岡大学の日詰一幸教授をアドバイザーに迎え、牧之原市の協働の取り組みを県内外に広めるための「協働先進事例マニュアル」を作成しています。牧之原でのサロンの進行のプログラム、サロンを回す仕組みなど、ぜひ参考にしてください。
地域に人財は必ずいる
牧之原市の実践を見ていて感じることは、地域にはまちづくりを担える隠れた人財がたくさんいるということです。多くの自治体の問題は、それを行政が発掘、良い刺激を与えて育てきれていないということです。牧之原市には、「茶農家×ファシリテーター」「保健師×ファシリテーター」「司法書士×ファシリテーター」「ファイナンシャルプランナー×ファシリテーター」「消防士×ファシリテーター」「子育てママ×グラフィッカー」など様々な「兼業ファシリテーター・グラフィッカー」が続々と誕生しています。牧之原で生まれ始めた、「対話の場」「学びの場」「実践の場」を有機的につなぎ、まちづくりを担う人財の掘り起こしと育成を行う「まちづくり人財増殖チェーン」が、全国の自治体に広がってほしいと思います。
「ファイナンシャルプランナー×ファシリテーター」の浜崎さん
◇
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第53回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
<青森中央学院大学 経営法学部 准教授、早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員 佐藤 淳>
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