首長部局と県立高校が連携して地域のリーダーを育成する2~静岡県牧之原市のファシリテーション研修
政治山 / 2017年4月27日 17時30分
牧之原市の「地域リーダー育成プロジェクト」
このコラムで何度も取り上げている静岡県牧之原市では、西原茂樹市長のもと、「対話による協働のまちづくり」を積極的に実践しています。また、2015年度から、地方創生と主権者教育を合わせた取り組みとして、首長部局と市内にある2つの県立高校(榛原高校、相良高校)が縦割りを越えて連携、将来の地域を担う人材を育成する「地域リーダー育成プロジェクト」を行っています。
研修を受ける高校生
牧之原市の「地域リーダー育成プロジェクト」とは、高校と地域が連携し、地域を理解して愛着を深め、より地域に誇りを持つ人材を育成するとともに、行政や大学など、地域とのつながりを密にし、将来、地域を担う人材や地域の課題解決に貢献する人材を育成する取り組みです。大人が高校生に何かを教えるのではなく、大人との対話の場を通して高校生に何か新しい気付きを感じてもらう、そんな場です。
筆者はこの事業に関わってきて、二つの問題意識を感じています。一つは、学校が地域とつながるには、教育委員会ではなく首長部局が窓口になる方がやりやすい部分があり、子供たちの学びの効果が高いのではないかということ。それは、教育委員会ではなく、首長部局こそが地域の様々な分野の課題解決を直接担う当事者であり、地域の各種団体とのネットワークを有しているからです。また、子供たちに、リアルな地域課題の情報を提供し、それに実践的に関わるプログラムを提供できると考えるからです。そうした主体的な市民を増やしていくのは、首長部局の担当部署の主要なミッションでもあります。
もう一つは、高校生段階での市町村の担い手、リーダー育成は、誰が責任を持って行うかということです。多分、悪気はないと思うのですが、その問題には誰も意識が向かず、責任の所在は不明確、空白状態だったのだと思います。原因は、高校を所管する都道府県と市町村の縦割りです。また、そこには、総務省と文部科学省、首長部局と教育委員会、住民自治と社会教育の大きな壁もあります。今回は、牧之原市の実践を題材に、首長部局と県立高校の連携について考えたいと思います。
高校生に市の境界は関係ない
2015年度、牧之原市の首長部局で、市内の県立榛原高校と相良高校と連携して「地域リーダー育成プロジェクト」を実施して一つの気付きがありました。それは、当たり前の話ですが、榛原高校、相良高校の高校生は必ずしも全員が牧之原市民ではないということ。近隣の御前崎市、菊川市、島田市、焼津市などの生徒が通っています。また逆に、牧之原市民の高校生も市外の高校に通学している場合もあります。
つまり、高校生には、市の境界は関係ないということです。その気付きから、「地域リーダー育成プロジェクト」を広域的に広めるため、2016年度、文部科学省の「学びによる地域力活性化普及・啓発事業」を活用して、牧之原市近隣の高校を対象に、地域の課題解決に必要なファシリテーションの研修会を実施することにしました。
近隣自治体の高校でのファシリテーション研修
牧之原市では、静岡県教育委員会のアドバイスをもらいながら、市内の榛原高校、相良高校の他に、菊川市にある県立小笠高校、御前崎市にある県立池新田高校、焼津市にある県立清流館高校の5校にファシリテーション研修の開催を依頼、快諾をいただきました。
講師には、高校生にも一流の体験をしてもらいたいということで、牧之原市の「対話による協働のまちづくり」をこれまでサポートしてきた、プロフェッショナル・ファシリテーターである、フューチャーセッションズ代表の野村恭彦さん、日本ファシリテーション協会フェローの加留部貴行さん、津屋崎ブランチ代表の山口覚さん、サステナビリテイダイアローグ代表の牧原ゆりえさんの4人にお願いすることにしました。
野村さんの研修の様子
相良高校は野村さんが担当、35人の生徒が参加しました。「未来の学校をつくるファシリテーション」というテーマで、「対話」「会話」「議論」の違いを考えたり、「未来志向」で、できない理由ではなく、できた時のことを思い描いたり、不平や不満を前向きな問いに変える練習を行いました。高校生は、不平や不満を前向きな問いに変えることで、解決に向けた意見やアイデアがたくさん出てくることを学びました。
加留部さんの研修の様子
榛原高校は加留部さんが担当、11人の生徒が参加しました。「体験しよう!対話の場づくり」をテーマに、ファシリテーションに必要な知識のインプットと実践を行いました。対話を通じて、現状や背景を共有する、相手の思いを引き出す、新たな視点を発見すること、そのためのファシリテーションのスキルの重要性を高校生は学びました。
小笠高校は、牧原さんと野村さんが担当、牧原さんの研修には51人、野村さんの研修には46人の生徒がそれぞれ参加しました。牧原さんには、「グラフィック・ハーベステイング」という、話し合い、対話の内容を文字だけではなく絵を含めて記録し、対話から生まれた成果を振り返り共有するファシリテーションのスキルの一つを教えてもらいました。生徒は実際に絵を描いてみることで、話し合いのプロセスを残すことの大切さを実体験しました。
牧原さんの研修の様子
野村さんは、「未来の地域とコミュニティーをつくるファシリテーション」をテーマに、生徒にワールドカフェを体験してもらいました。ラウンド1では、「地域とコミュニティーで起きて欲しいことは?」。ラウンド2では、「地域とコミュニティーで困っていることは?」。ラウンド3では、「ラウンド1、2で挙がった願いや困りごとを前向きな問いに変えるブレインストーミング」を体験してもらい、各グループで時間内に30の問いを考えてもらいました。体験を通して、話し合いの場では、傾聴や対話が大切なことを高校生は学びました。
池新田高校は山口さんが担当、135人の生徒が参加しました。否定せず断定もしない、正しいことを言わなくても良い感じたことを話す、全員が平等に話し聴く、沈黙を歓迎するなどの対話の心得の解説の後、「血液型と性格は関係あるのか?」をテーマに、ワールドカフェを体験しました。話しやすい環境づくり、全員の意見を参加者で共有すること、話し合いを機能させるには、対話の質を意識することを高校生は学びました。
山口さんの研修の様子
清流館高校は野村さんが担当、30人の生徒が参加しました。「未来の清流館高校をつくるファシリテーション」をテーマに、生徒にワールドカフェを体験してもらいました。ラウンド1では、「清流館高校で起きてほしい夢のようなことは?」。ラウンド2では、「清流館高校の良くしたいところ、ちょっと困っているところは?」。ラウンド3では、「ラウンド1、2で挙がった願いや困りごとを前向きな問いに変えるブレインストーミング」を体験してもらい、各グループで時間内に30の問いを考えてもらいました。生徒は対話をしながらアイデアを生み出す手法を学びました。
一連の研修を通して、短い時間ではありましたが、それぞれの高校の高校生は大きな刺激を受けるとともに、「対話」と「ファシリテーション」の重要性を学んだと思います。
学校と地域の「ドミナント・ロジック(Dominant Logic)」を打ち破る
2017年1月21、22日、2016年度の「地域リーダー育成プロジェクト」とこのファシリテーション研修の集大成として、静岡市で、「地域と高校生との対話による学び合いの場コンファレンス2016」が開催されました。榛原高校、相良高校を中心とした高校生ファシリテーターが、全国から集まった150人(高校生50人、大人100人)の参加者を前にして、ワークショップの進行を堂々と行いました。ファシリテーション研修に参加した小笠高校、池新田高校、清流館高校の生徒たちも参加してくれました。
コンファレンスでファシリテーターを務める高校生
筆者がコンファレンスに参加して感じたことは、首長部局と教育委員会、県と市、近隣市間の縦割りの壁を越えて、広域で地域を担う高校生段階での市町村の担い手、リーダー育成の重要性です。
「ドミナント・ロジック」と言う言葉があります。その場を支配している空気、思い込み、固定観念と言う意味です。自治体に当てはめると、「うちの役所はできている。今までこれでやってきた。これまで大した問題は無かった」などがそれに当たります。また、「まあ、うちの自治体はこんなもんだ」と言った、大人の悟り、一種の諦めの気持ちもこれには含まれます。
地域には「ドミナント・ロジック」が蔓延しています。学校教育は、学校、教育委員会にのみ責任がある。これも「ドミナント・ロジック」です。学校、教育委員会が子供たちを囲い込むのではなく、教科指導以外の部分は思い切って地域に任せる。その受け皿を首長部局が主体的に担う。そうした「市町村首長部局と県立高校との協働による新たな学校モデル」の構築が、地方創生につながると思います。
◇
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第60回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
<青森中央学院大学 経営法学部 准教授、早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員 佐藤 淳>
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