誰も正解の分からない時代を「対話」で乗り超える~首長部局がリードする「地方創生に向けた学び合いの場」の可能性1
政治山 / 2017年6月29日 12時20分
地域と学校における「ドミナント・ロジック」
これまで、このコラムで、静岡県牧之原市の事例を中心に、地域での「対話」の場、地域と高校との連携が、地方創生には不可欠だと訴えてきた。今回と次回のコラムでは、「対話」「地方創生」「シチズンシップ教育(主権者教育)」を柱に筆者の考えを整理したい。
青森県下北地域県民局:高校生と地域の大人の対話の場
このテーマを考える上で、筆者には二つの問題意識がある。一つは、学校が地域とつながるには、教育委員会ではなく首長部局が窓口になる方がやりやすい部分があり、子どもたちの学びの効果が高いのではないかということ。なぜかというと、教育委員会ではなく、首長部局こそが地域の様々な分野の課題解決を直接担う当事者であり、地域の各種団体とのネットワークを有しているからである。また、子どもたちに、リアルな地域課題の情報を提供し、それに実践的に関わるプログラムを提供出来ると考えるからである。そうした主体的な市民を増やしていくのは、首長部局の担当部署の主要なミッションでもある。
もう一つは、高校生段階での市町村の担い手、リーダー育成は、誰が責任を持っているのかということである。悪気は無いと思うが、その問題には誰も意識が向かず、責任の所在は不明確、空白状態だったのだと思う。原因は、高校を所管する都道府県と市町村の縦割りだ。また、そこには、総務省と文部科学省、首長部局と教育委員会、住民自治と社会教育の大きな壁もある。
「ドミナント・ロジック(Dominant Logic)」と言う言葉がある。その場を支配している空気、思い込み、固定観念と言う意味だ。自治体に当てはめると、「うちの役所はできている。今までこれでやってきた。これまで大した問題は無かった」などがそれに当たる。また、「まあ、うちの自治体はこんなもんだ、無理だ」と言った、大人の悟り、一種の諦めの気持ちもこれには含まれる。地域には「ドミナント・ロジック」が蔓延している。学校教育は、学校、教育委員会にのみ責任がある。これも「ドミナント・ロジック」だと思う。学校、教育委員会が、子どもたちを囲い込むのではなく、教科指導以外の部分は思い切って地域に任せる。その受け皿を首長部局が主体的に担う。それが、首長部局がリードする「地方創生に向けた学び合いの場」である。
誰も正解の分からない時代を生きている
今、我々は誰も正解が分からない時代を生きている。ICTの進展で、以前に比べ情報量が圧倒的に増え、変化のスピードが加速している。AI、IOT、ロボットなどの技術の進化も日進月歩である。また、社会の複雑性が増大している。影響関係の複雑性が増し、簡単に因果関係を特定することが出来なくなっている。万能の打ち手などはなく、如何なる打ち手にもトレードオフがつきまとう。そして、社会の多様性も高まっている。価値観、考え方の違う人が理解し合い、共に社会を創るにはどうするか。実践のトライアンドエラーを積み重ねていくしか答えにはたどり着けない。
岩手県久慈市議会:高校生と議員の対話の場
NHKの『白熱教室』にも登場した、ハーバードケネディースクールのロナルド・ハイフェッツ教授は、著書「最前線のリーダーシップ」の中で、組織や社会が抱える問題を、「技術的な問題」と「適応を必要とする問題」の二つに分類している。「技術的な問題」は、既存の知識を適用することで解決することができるもの。そして、その解決主体は、誰か上に立つ人、権威ある人。一方、「適応を必要とする問題」は、その道の権威でも専門家でも、既存の手段では解決できないもの。組織や地域社会の至る所で、実験的な取り組み、新たな発見、そしてそれに基づく行動の修正が必要なものだと。
解決の担い手は、問題を抱える人たち自身で、価値観、考え方、日々の行動を見直さなければならず、意識を変えたくない人の抵抗が大きく解決の難易度は高い。先行きが不透明な今、「適応を必要とする問題」が世の中には山積している。今我々が直面している、人口減少問題、地方創生は、「適応を必要とする問題」である。行政や政治家のみならず、住民一人一人がこの問題を自分自身の問題と捉えられるか、如何に当事者意識を持つかが解決の鍵になる。
ハイフェッツ教授は、適応が必要な問題に立ち向かうには、人々が持つ権威への誤った期待を改め、現実と向き合い、能動的に学習と変化に参加するように人々を促さなければならない、と言う。地方創生に当てはめると、過度に国に依存するのではなく、地域のことは、自分たちにそもそも備わっている力により、解決し創り出すということだ。我々は、正解を当てる、教えてもらうという思考から脱却する必要がある。今こそ、地域の多様な主体による「対話」により、精度の高い仮説、納得解を導き出す営みが大事になる。
「対話」のもたらす意味
人は、外発的な刺激による「説得」からは、「やらされ感」を感じる。逆に、内発的な気付きによる「納得」からは、「やりたい感」が湧きあがり、当事者意識が生まれ、行動や実践につながる。納得に向けた話し合いのプロセスで重要になるのが、「対話」である。話しをする、話し合いをするという、日本語、英語にはいくつか種類がある。特に目的も無い他愛もない話である「雑談(chat)」。関係性を築くための「会話(conversation)」。そして、そもそもの有り様、目的を共有するための「対話(dialog)」。方策を考える時の「議論(discussion)」。最終的に物事を決める際の「討論(debate)」などである。
対話を理解するには、討論と比較するのが分かりやすい。討論は、互いの立脚点を明らかにして、相手を論破する話し合いのやり方だ。前提にあるのは、自分の意見は絶対に正しい、相手の意見は間違っているという考え。一方、対話は、違いに耳を傾け、意見の多様性を知り、新しい知見を得るものだ。もしかすると自分の意見は間違っているかもしれない、相手の意見がより良いものかもしれないといったスタンスで話し合いに臨む。討論から説得は出来るだろうが、納得は生まれない。また、対話を実現するには、雑談や会話が成り立つ関係性が必要だ。そして、納得感の高い議論や討論を行うには、対話の場の質が問われる。
青森県六戸町議会:大学生と議員の対話の場
「対話」の中で起きていること
アメリカの社会心理学者ジャック・ギブは、「自己防衛を生み出す4つの懸念」として、「受容懸念」「データ懸念」「目標懸念」「統制懸念」の4つをあげている。受容懸念とは、私はこの場でそもそも受け入れられているのか、相手はどのくらい信頼出来るかという懸念。データ懸念とは、ここではどんな話をすれば良いのか、どのように振る舞えばいいかという懸念。目標懸念とは、今、していることは何のためなのか、我々は何をしたいのかという懸念。統制懸念とは、ここでのボスは誰なのか、私の役割はどんなことなのかという懸念だ。
これは、話し合い、対話の場のスタート段階で多くの参加者が感じることである。対話の場は、こうした参加者の心の中の「葛藤」と、それを受けての場の「混沌(カオス)」から始まる。対話により、自分をさらけ出し、相手の考えを認め、自分の負けを認めるには、大きな心理的エネルギーがいる。人は同じ事象を見聞きしても、それぞれの意味付けが異なるので、解釈も異なる。そうした「ドミナント・ロジック」、思い込みを、対話の中でゆっくりと解きほぐす必要がある。
個人の価値を認め、尊重し合う謙虚な姿勢により、それを乗り越えることで、互いの「思いのキャッチボール」が可能になる。お互いが分かり合えないかもしれない関係から、分かり合おうともがき、徐々に分かり合える。そこから、気付きとブレイクスルーが醸成され、自発的な秩序形成である「自己組織化」が起き、個々人の能力の組み合わせによる創造的な成果である「創発」が生まれる。「地方創生」もそういったものだと思う。
◇
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第61回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
<青森中央学院大学 経営法学部 准教授、早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員 佐藤 淳>
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