第89回 「サーベイ・フィードバック」で組織の現状を見える化し「組織開発」の起点に
政治山 / 2019年9月18日 10時0分
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第89回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
個人、組織の「エッジ」個人でも組織でも、変わりたくても変われないことがある。仕事柄、自治体職員や地方議員の方々に接する機会の多い筆者も、現場でよくその葛藤を目にする。アメリカのアーノルド・ミンデルが創始した、個人やグループ、組織の変容を促す「プロセス志向心理学(プロセスワーク)」の中に、「エッジ」という概念がある。その人の慣れ親しんだ感覚に近い体験、よく知っている体験の領域、自分が知っている自分(「1次プロセス」)と、その人が不慣れな感覚に近い体験、未知の体験の領域、自分が知らない自分(「2次プロセス」)とを分断している境界がエッジである。
エッジは切り立つ崖のようなものである。エッジには、これまでの人生経験から学んだ価値観や信念、思い込み、囚われが大きく影響している。例えば、私は小さい頃から絵が苦手だったこともあり、絵やイラストを描くことは居心地が悪く、エッジを感じてしまう。
同様に組織にもエッジがある。善かれ悪しかれその組織が持つ組織文化といったものが1次プロセスであり、その組織のメンバーが抵抗を感じる思考、行動パターンが2次プロセスである。自治体組織の場合、国への依存、前例踏襲、管理思考などが1次プロセス、地域の自立、変化への適応、経営思考などが2次プロセスであり、この間には高いエッジが存在する。どうしても、現状の居心地の良さを享受し続け手放したくないと思い、また変化に伴う痛みを怖れてしまう。
エッジを越えるには、2つの方法が考えられる。一つは、エッジの手前、既知の状態、慣れ親しんだ状況に留まることによる個人、組織の損失を深く感じ、気付くことである。もう一つは、エッジを越えた先、未知のもの、馴染ないものを明確に意識し、その可能性を信じワクワクするような未来を描くことである。
「組織開発」と「サーベイ・フィードバック」最近、職場や組織を良くしていきたいと思う人たちの間で、「組織開発」という言葉が注目されている。「組織開発」の定義には様々あるが、立教大学経営学部の中原淳教授は、「組織を機能させるための、内外からの働きかけ」と定義し、痛みを伴うグループの学習、変化だとしている。また、組織コンサルタントの加藤雅則さんは、「経営トップから現場職員に至るまで、対話を重ねていき、自分たちの見方や前提を見直し、探求することで、一人一人の行動や考え方が変わること」とより具体的に定義している。
日本における「組織開発」の大家である南山大学の中村和彦教授は、組織開発の基本的なステップとして、「見える化」「ガチ対話」「未来づくり」の3つを上げている。「見える化」のステップでは、組織の現状、特に目に見えにくい組織の人間的側面で起きていることを、インタビューやアンケートなどを通してデータ収集、そのデータ分析を行い、フィードバックすることで、組織の捉え方や感じ方の違いを浮き彫りにする。
「ガチ対話」のステップでは、「見える化」のステップで人によって捉え方が異なっていた現状について、何が根本的な問題なのかが探求され、関係者一同で現状に対する問題設定が共有されることを目指す。最後の「未来づくり」のステップでは、現状での問題に対して、どのような状態を目指し、どのように対処していくか、つまりどうしていくかを関係者一同で決める。
エッジの越え方としてあげた、1次プロセスの状況に留まる結果起きる個人、組織の損失を深く感じ、気付くことが「見える化」「ガチ対話」であり、2次プロセスに対してその可能性を信じ、ワクワクするようなありたい未来を描くことが「未来づくり」である。
「組織開発」の手法として、アメリカの社会心理学者のレンシス・リッカートが創始したのが「サーベイ・フィードバック」である。職員意識調査などのアンケート調査で分かったことを組織メンバーに返していき、行動変容・組織変容を促すのが「サーベイ・フィードバック」だ。具体的には、アンケートの結果データを分析、解釈、できるだけ簡潔にまとめる。客観的なデータとそれに対する主観的な感想と、成りゆきの組織の未来の見立て、リスクシナリオを提示する。参加者で分析結果を確認、共有、その結果に基づき、話し合う、対話を行うものである。
宮城県柴田町での「サーベイ・フィードバック」の挑戦地方自治体における「サーベイ・フィードバック」の挑戦として、筆者が関わった宮城県柴田町での事例を紹介する。宮城県柴田町は、筆者が招聘研究員を務める早稲田大学マニフェスト研究所が実施する、地方自治体における「組織開発」を研究テーマとする「人材マネジメント部会」(第64回「地方創生時代に求められる自治体組織のあり方」)の参加自治体である。
柴田町の2018年度の人材マネジメント部会参加の3人のメンバーは、組織・人材の現状を確認するため、柴田町役場職員291人を対象に、アンケート用紙による選択式および自由記述のアンケート調査を実施し、277人の回答を得た(回答率95.2%)。集計結果は、業務内容などの違いを考慮し、行政職、保育職に分けて、各階層別の比較を行った。
分析の結果、一番気になったのが班長職のモチベーション低下。「業務量が多いと感じるか?」「自分の役職に見合った職務を果たしているか?」「仕事を楽しいと感じているか?」などの項目で、他の階層に比べて特異な数値結果が出た。メンバーは分析結果を町長に報告、班長を対象とした「サーベイ・フィードバック」を研修と位置付けて実施する了解をもらい、筆者がファシリテーターとなり「サーベイ・フィードバック」を行った。
柴田町での「サーベイ・フィードバック」の様子
実際の「サーベイ・フィードバック」では、まず部会のメンバーが、アンケートの分析結果を報告、ワールドカフェ(第74回「地域でのワールドカフェ活用法」)によって結果に関する意味付け、捉え方について、班長同士で対話を行ってもらった。ワールドカフェは3ラウンド、次の3つの問いで話し合われた。
Q1「アンケートの結果を聞いて、共感すること、違和感を持つことは何ですか?」
Q2「こうしたアンケート結果が出る原因は何だと思いますか?」
Q3「現状を変えるために、班長自身として、組織として、取り組まなければならないことは何だと思いますか?」
ワールドカフェの中では、事業を止める仕組み、班長同士の情報共有の場の必要性に関する意見が多く出た。実施後のアンケートでは、9割の参加者が「サーベイ・フィードバック」に参加して、自分の考えや意見が言えたと回答している。
同じく人材マネジメント部会に参加する岩手県花巻市の2018年度の部会参加メンバーも、独自に実施した職員意識アンケート結果をもとに、業務外のオフサイトミーティング(第67回「組織の関係の質を上げるオフサイトミーティングのすすめ!!」)としてではあるが、「サーベイ・フィードバック」を実施している。
アンケートの項目、結果の分析方法、フィードバックのやり方、実施後のフォローアップなど、改善すべき点は多々あるが、大きな一歩である。
花巻市でのサーベイ・フィードバックの様子
職員意識調査を「サーベイ・フィードバック」につなげる自治体の課題への対応方法として、じっくり考えずに不安感からすぐ対策を打ってしまうことがよくある。そうした対策としてやられがちなことは、これまでやってきたことをもっとやる、トップや担当の思い付きで新しいことを始める、どこかで上手くいったことをマネする、である。課題解決を急ぐ前に、何が根本的な問題なのかを見定めることが重要だ。
自治体の中には、職員意識調査が実施しているところもあるが、その分析結果をもとに多様な職員同志で対話が行われるところはほとんどない。経営層と人事課職員のみに共有され、せいぜい庁内のポータルサイトに結果が掲示されるだけである。それでは調査の意味がない。また、トップダウンで良かれと思う対策が取られても、現場には浸透しない。
職員意識調査を「サーベイ・フィードバック」につなげることが、「組織開発」、より良い職場、組織への入り口である。
青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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