第92回 「話し合いの質」が地域、組織の質を決める~早大マニフェスト研究所人材マネジメント部会が目指すもの(3)
政治山 / 1970年1月1日 9時0分
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第92回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
「意思決定」の種類と「フェア・プロセス」早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会(以下部会)は、「研修」の場ではなく、「研究」の場である。参加者自身の学びはもちろん重要だが、それだけではなく、所属自治体が抱える現実の課題を見極め、どう対応していくか研究していく(第90回「地方創生の本丸は人材、組織」)。研究を進める上で部会が大事にしているのが、「対話(ダイアローグ)」である。「対話」とは、お互いの視ている世界の「意味付け」を確認し合い、「新しい関係性」を構築するプロセスである。「対話」を大事にする部会では、組織の中で行われている「話し合いの質」がその組織の質を決める、地域の中で行われている「話し合いの質」がその地域の質を決める、と考えている。今回は、その「話し合いの質」について掘り下げたいと思う。
話し合いは、最終的には物事を決めるために行われるが、その「意思決定」の種類にはどのようなものがあるのか。提案に誰からも反応もなく何となく決まる「反応のない決定」。権限を持つ特定の人によって決まる「特定の個人(権威)による決定」。組織の中の特定の数人が支配して決める「少人数のものによる決定」。「反応のない決定」「特定の個人による決定」「少人数のものによる決定」の3つは、意思決定までの時間が短く、全会一致のように見える場合もあるが、自分が決定に参加した意識が低いため、決定に対してのコミットメントが希薄になるといった「全会一致の幻想」に陥りがちだ。異論が出ないことは賛成であることとは違う。多数の方の意見を尊重して決める「多数決による決定」というものもある。多数決での決定もある意味簡単だが、少数の反対者が放置され、考えの深まりが浅い。
最善の意思決定は、参加者全員の意見が本当の意味で一つになる「全会一致による決定」であるが、社会の多様性が増す中、意見が完全に一致するのは至難の業だ。目指したいのは、全員の合意によって決めること、意見が違っても納得して合意し相手の意見に寄り添える「コンセンサスによる決定」である。「コンセンサスによる決定」を導くには、「対話」が不可欠だ。
欧州経営大学院のチャン・キムは、「フェア・プロセス」という考えを示している。人は結果にもこだわるが、それに至るプロセスにもこだわる。結果が満足できたものであっても、そのプロセスに参加していない、公正さに欠けるものであれば、結果に腹の底からは同意できない。逆に、プロセスに参加し、公正で納得できるものであれば、少し意に沿わない結果でも甘んじて受け入れる。このフェア・プロセスを担保する上でも重要ことは、「対話」を尽くすことである。
「集団思考のワナ」を意識する社会心理学の知見として、話し合いを行う上で注意しなければならないこととして「集団思考のワナ」というものがある。まず、「社会的手抜き」。自分で考えたり発言しなくても、誰か他の人が考えるだろう、というもの。他者に依存して皆が無意識に手を抜くと、深く考えられていない結論になってしまう。
次に「同調圧力」。自分の意見を語る時、ついつい威圧的に同調を求めるような言い方や態度になりがちだ。また逆にそうした空気を感じて相手の意見に同調してしまう心理状態になることもある。
「少数派の影響力」というものもある。長いものに巻かれる、声の大きい人の主張が通るというものだ。態度の大きい人、長老、よくしゃべる人がいると、反論する元気がなくなる。
「過剰忖度」とは、迎合、ゴマすり、よいしょ等の状態。ご機嫌取りに終始して、肝心なことについて話し合えなくなる。本当のことを話すこと、本気で話し合うことがしにくい場合、表面的な会話が横行してしまう。
「メンツの地位保全」は、自分の無知、無能、無関心を隠すために、メンツから人の意見を否定することだ。年長者にこれをやられると、若手は意見がほとんど言えなくなる。
最後に「リスキーシフト」。精神主義や根性論に引っ張られ、話がどんどん元気の良い意見、現実的ではない方向に向かうこと。逆に場のリーダーが消極的で弱気すぎる場合には、誰もが慎重論を言い出し、先送りや中止が習慣になってしまう。
会議やちょっとした打ち合わせでも、集団で一緒に考えていると無意識にその場の空気に支配されてしまう。「集団思考のワナ」について、話し合いの参加者が知っているかいないかだけでも、場の「話し合いの質」は変わってくる。
「話し合いの質」を上げるとは過去や偏見に囚われず、本当に必要な変化を生み出す技術である「U理論」の提唱者のオットー・シャーマー博士は、話し合いのレベルには4種類あるとしている。
◇レベル1 「儀礼的な会話」
丁寧で慎重なやり取りが行われ、見せかけの話し合いが続く状態。特定の人が話し、本音が語られない。何も反応しなかったり、過去の経験、思いこみに基づき、相手の話について、聞きたいことだけを聞きたいように聞いている。各人の考えは、既存の意味付けで完全に固定化されている状態。シャーマー博士はこの状態を「ダウンローデイング」と称している。
◇レベル2 「討論」
意見が衝突し、勝ち負けを意識したディベートになっている状態。素直に意見は出されるようになるが、自分の見方からのみ主張されている。相手の主張を評価、判断し、論破しようとしながら聞いている。それぞれの持つ前提から意見が主張されるだけなので、各人の前提や意味付けの変化は全く起きない状態。
◇レベル3 「内省的な対話」
お互いについての深い探求が起きている状態。相手の考え方やその人自身を探求する話しのやり取りになり、相手の話を共感的に聴くようになる。自分の意見や考えは絶対正しいとは思わず、変わることを恐れない。そのため、自分の中に深い内省が起きる。それぞれの意味付けが変化する状態。
◇レベル4 「生成的な対話」
未来についての深い、ゆっくりとした探求に入っている状態。新しい洞察やアイデアが語られ、それを受け入れる。一体感が感じられ、全体にとって望ましい未来に向けて、私と他の人という境界を越えて、新たな発想やアイデア、考えや意味付けが生まれてくる状態。
レベル4はかなり難易度が高いが、「話し合いの質」を上げるとは、このレベルを一歩ずつ高めていくことだ。
話し合いの場での「心理的安全性」を高め「立ち位置を変える」では、どのようにすれば「話し合いの質」のレベルを上げることができるのか。
レベル1とレベル2の壁を超える、ダウンローデイングな状態を打ち破るには、前回のコラム(第91回「組織の関係の質を高めることが組織のパフォーマンスを上げる」)で取り上げた「心理的安全性」がキーワードになる。「心理的安全性」とは、「このチームで対人リスクをとっても大丈夫と信じている状態」である。
それは、組織の中の「不健全な恐れ(人間関係の恐れ)」を取り除くことでもある。「不完全な恐れ」は、「他人からどう思われているだろうか」を過剰に心配することから生じるもので、アイデアや疑問を話すことを拒絶されるのでは、変な話をしたら馬鹿にされるのでは等といった感覚である。その他、事前にその話し合いにまつわる不明事項や疑念を共感的な姿勢で聴いてあげることで、話し合いの必要性を理解してもらう。また、なぜこの話し合いの進め方をするか明確に伝え、納得してもらことも欠かせない。
レベル2とレベル3の間の壁は高くて険しい。その壁を超えるには、「感じる」そして「気付く」ことが必要だ。「U理論」の翻訳者である中土井僚さんは、そのきっかけを次のように整理している。自分で薄々気づいていたことを他者から指摘、フィードバックを受けた時。他者の自己開示やエピソードを聞いた時。他の人の立場、役割と同じような追体験をした時。他者の心情を察知することができた時。起こりうる最悪の結末がイメージできた時。そして、自己内省により、無自覚な囚われや思い込みを発見した時等である。
部会のキーワードに「立ち位置を変える」というものがある。部会では、「生活者の立ち位置から考えること」の文脈で使われることが多いが、相手に思いをはせて、緻密に観察し、多層的に洞察することを意味する。正に「立ち位置を変える」ことができなければ、レベル3には入れない。「創発」が起きる話し合いには、「感じる」「気付く」きっかけになる何か、仕掛けが必要だ。
ネイテイブアメリカンの諺に、「相手の靴を履いて千里歩かないと他人のことは分からない」というものがある。「対話」によりお互いの靴を履き合うことが大事になる。「対話」は簡単にマスターすることができない。「対話の筋トレ」を継続し、鍛え続けることでしか身に着けることができない能力だ。
(次回に続く)
青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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