第94回 自治体組織の現状を緻密に多層的に探求する~早大マニフェスト研究所人材マネジメント部会が目指すもの(5)
政治山 / 2020年2月28日 10時0分
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第94回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
![2018年度人材マネジメント部会第4回研究会の様子6](https://seijiyama.jp/wp-content/uploads/2020/02/c528f47eaef39f376509cc2af8baccec-500x375.jpg)
2018年度人材マネジメント部会第4回研究会の様子
早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメントのプログラムで参加者に初めに取り組んでもらうことは、組織、地域の現状を把握、探求してもらうことだ。現状把握の際に注意しなければならないこととして、「バイアス」というものがある。「バイアス」とは、個人の思考や行動の偏り、先入観、固定観念のことを指し、それが判断や意思決定に大きな影響を与える。
「バイアス」にはいくつかの種類がある。現状を維持しようと考えがちな「現状維持バイアス」。将来の利益よりも目先の利益を優先してしまう「現在思考バイアス」。自分の都合の良い情報だけを集めてしまう「確証バイアス」。大きな災害の時等に良く起きることだが、自分だけは大丈夫だと思ってしまう「正常性バイアス」。他の集団よりも自分達の人格や能力を高く評価してしまう「内集団(うちわ)バイアス」。成功した時は自分の力、失敗した時は外的要因にしてしまう「自己奉仕バイアス」。他者のことを自分勝手に考えてしまう「自己中心性バイアス」等である。
また、我々は現実世界を正確に認知することができていない。そもそも目に入っていないものや、見えたとしても歪んだ眼鏡で見ていることもある。それを「認知限界」という。一人の人間の認知能力や情報処理能力には限界があるということだ。
現状分析をする際にも、「バイアス」や「認知限界」を謙虚に意識して、様々な観点、視座で視て、「対話」で意味を見出していくプロセスが欠かせない。
組織の現状を把握する際には、たくさんの「問い」を解いていかなければならない。「どのように現状の課題を抽出するか?」「現状の課題は何か?」「過去何があったのか?」「なぜそのようなことがあったのか?」「どの課題が本質的か?」「どの課題を優先するか?」「課題が発生した原因は何か?」「原因を分析するにはどのようにすればいいか?」等々。それぞれの自治体の置かれている環境が異なるので、もちろん答えも各自治体で違うものになる。
我々は今、「正解の無い時代」を生きている。正解が通用した時代は、答えを出すことが重要だった。そのため、間違わないように学び、教えてもらう。個々が自分の役割で仕事の結果を出せば良かった。我々は日本の教育制度の下、先生から問われたことに対して、正解を暗記して答えることに慣れ過ぎてきた。しかし正解が無い時代には、「問い」を設定する力が重要になる。試行錯誤しながら失敗の経験から学んでいく。互いに相互作用するプロセスから答えを創り出すしかない。正解が分からないからすっきりしないし、もやもやし続ける。
これから大事になるのは、「解く」ことよりも「問う」ことだ。「問い」を発することにより考えるという行為が始まる。人々の探求と学習を伴う「対話」が起こる。そしてしつこく「問い」続けることで、「問い」の方向に向けて成長していく。
組織の現状分析では、「問い」が起点になる。問うことで考え始め、漠然とした理解が整理され、学びが促され、答えを出す動機が生まれてくる。問うことで関係性が生み出され、知恵と経験が持ち寄られる。問うことでありたい未来を創るために動き始めるきっかけが生まれる。
組織の現状を考える上でのフレームワークとして、「マッキンゼーの7S」というものがある。組織構造(Structure)、システム・制度(System)、戦略(Strategy)、スキル・能力(Skill)、人材(Staff)、組織文化(Style)、共有価値・理念(Shard value)のそれぞれの頭文字を取ったものである。コンサルティング会社のマッキンゼーが提唱した組織を考える上での7つの要素である。こうしたフレームワークを使うことにより、やみくもに組織の現状を分析しようとするよりは、「漏れなくタブりなく」分析することが可能になる。
また、組織や地域の現状は、過去の延長線上にある。時間軸を遡り、組織や地域の出来事の年表(タイムライン)を作ってみることで、過去と現在とのつながりが見えてくる。
具体的な現状分析のアプローチにも様々ある。まず、「既存の資料、2次データ」を収集分析する方法がある。自治体には、「総合計画」や「総合戦略」といった、地域が進むべき方向性をまとめた計画がある。「人材育成基本方針」には、あるべき職員像が謳われている。また、地域を客観的に見るデータとして、内閣府が運用している「地域経済分析システム(RESAS)」を活用することで、地域の産業構造や人口動態、人の流れが分かる。
「観察」という手法もある。そもそも、自分自身が研究対象の組織を構成する一員でもあるので、直接自分や周りの職場を緻密に観察することである。注意深く意識して観察することで、これまで見えなかったものが見えてくることもある。気になることがあれば、その場で聞き取りを行えばよい。
「アンケート調査(質問紙法)」を活用することも考えられる。「職員意識調査」が定期的にやられているのであれば、それを分析すればいい。経年の変化も確認できる。やられていないようであれば、独自に項目を考え、アンケートを実施することもできる。
「面接、インタビュー」をして生の声を聞くやり方もある。1対1(1on1)の面接形式で丁寧に話しを聴くやり方以外にも、小グループでのグループインタビュー、大人数でのワークショップ等、インタビュー、ヒアリングのやり方も様々だ。
多様な方法論を屈指して緻密に組織の現状を分析してほしい。またどんな手法であれ、大事なのは、現状分析の結果をフィードバックすること。データを分析、解釈し、その結果を確認、共有し、話し合う、「サーベイ・フィードバック」(第89回「サーベイ・フィードバックで組織の現状を見える化し組織開発の起点に」)を通して、組織の現状に対する意味付けを共有する「対話」を行うことである。
組織の現状が見えてきたら、次に考えることはその事象がもたらされる原因を掘り下げることだ。問題解決の思考法として「ロジカルシンキング」「クリティカルシンキング」というものがある。「論理思考」とも言われ、「漏れなくダブりなく」対象を分析する「MECE(ミッシー)」等の考え方が代表的で、前述の「マッキンゼーの7S」等のフレームワークもロジカルシンキングの手法の一つだ。「ロジックツリー」というツールもよく使われる。問題を切り分けて分析する方法で問題を把握し、解決策を考えようとするやり方だ。
決め打ちを避ける意味では、こうしたロジカルシンキングのアプローチは有効な場合もあるが、欠点もある。特に組織が縦割りの場合には、自分の担当領域での働き掛けが別の側面にどのような影響を及ぼすか考えることなく、対策が打たれることがよくある。自治体組織は様々な要素が複雑に絡み合っている。どこかが何かの手を打てば、それ以外の側面にも必ず影響を与える。例えば、職員のリストラは財政的には良いかもしれないが、職員のモラルは下がり、仕事の生産性にも影響を与える。それぞれが個別最適化を図ろうとしても、全体の問題は解決しない。
我々は、目の前に見えることだけに注目してしまい、問題の原因と結果はすぐ近くにあると無意識に考えがちである。しかし、我々は今複雑な世界を生きている。原因と結果が近くにあるとは限らない。地球温暖化の影響等はその典型的なものだ。
そうした社会の複雑性を読み解く思考法が「システム思考」だ。システム思考とは、「システムの全体を明らかにして、それを効果的に変える方法を見つけるための概念的な枠組み」である。ここで言う「システム」は、一般的に相互作用する要素の集合体のことを指している。問題が起こった時に反応的に対処するのではなく、複雑性を理解し、過去未来の大局の流れを読み、要素間のつながりの全体像を把握し、本質的でレバレッジの効いた持続的な打ち手を探るアプローチだ。
システム思考では、目に見えにくいつながりや全体像を把握するために、「時系列パターングラフ」や「ループ図」「システム原型」等のツールを使う。これからの自治体では、政策形成プロセスにおいてもこのシステム思考が求められてくると考えている。
組織の現状の原因を分析する際には、「ロジカルシンキング」だけに頼らず、「システム思考」の考え方も織り交ぜながら、多層的な原因の洞察を行うことが必要だ。
(次回に続く)
青森中央学院大学 経営法学部 准教授
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。現在、青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)。早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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