第98回 「WITHコロナ」の時代の自治体組織のありたい姿
政治山 / 2020年4月27日 10時0分
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第98回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
「WITHコロナ」の時代に考えなければならないこと日本政府は2020年4月16日、新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく「緊急事態宣言」について、東京などの7つの都道府県以外でも感染が広がっていることから、対象地域を全国に拡大することを決めた。都市部からの人の移動などにより、クラスターが各地に発生し、感染拡大の傾向が見られていた。安倍総理大臣も不要不急の帰省や旅行など、都道府県をまたいで移動することを自粛するよう国民に呼びかけた。
そんなことが起きた数日後、筆者のFacebookのタイムラインに、ある地方自治体の移住、定住推進事業の案内の投稿がアップされた。悪い冗談かと思った。筆者の知り合いの自治体職員から最近聞くのは、役所内に、仕事量、忙しさの格差、危機感の温度差が起きているということ。最前線の健康福祉部門、学校を抱える教育部門の職員は多忙を極めるが、自粛の影響などで担当業務がストップしている部門の職員は手持ち無沙汰な状況だと。
「WITHコロナ」とは、ヤフーのCSO(チーフストラテジーオフィサー)で慶應義塾大学教授の安宅和人さんが、ソーシャル経済メデイアの配信番組の中で初めて語られた言葉である。安宅さんによると、「WITHコロナ」とは、コロナ、伝染病と我々が共存していく時代である。新型コロナウイルスの終息には、時間を要するとの見方をする人が多い。また、終息後にもいつ何時新しい伝染病が起き、新たなパンデミックが発生するかもしれない。我々は、「WITHコロナ」の時代が続くことを覚悟した方がいい。
職員11人が新型コロナウイルスに感染し、クラスターが発生した滋賀県大津市役所が、4月25日から全面閉鎖になった。議会改革の先進地である大津市議会では、全国に先駆けてBCP(Business continuity planning 事業継続計画)を制定していた。BCPとは、災害などの緊急事態が発生した時に、損害を最小限に抑え、事業の継続や復旧を図る計画である。大津市議会のBCPでは、災害の種類を地震、風水害、その他に分類し、その他の中に「感染症」という文字はあるが、今起きているパンデミックのように議会、庁舎に参集できなくなる事態までは残念ながら細かく想定されていない。BCPの必要性は理解するが、先が見えない有事に「計画」というマニュアルで対応すること自体にもしかすると無理があるのかもしれない。対岸の火事ではない。
今回のコラムでは、今起きているコロナ危機の中、自治体職員はどう行動するべきか、「WITHコロナ」の自治体組織のありたい姿について考えてみたいと思う。
非常時こそ自治体組織は「アジャイル(俊敏な)」で「アジャイル(Agile)」という英語の単語がある。「俊敏な」「素早い」の意味である。システムやソフトウエア開発の分野で一般的になってきている言葉で、小単位、短期間でトライアンドエラーを繰り返し、リスクを最小化しようとする開発手法である。
「アジャイル開発」のメリットは、不具合が発覚した際に戻る工数が少なくて済むこと。計画段階で綿密な仕様を決めないため、開発途中のフィードバックにより、仕様変更、追加が行われ、よりユーザーのニーズにあったものが作られることである。逆にデメリットは、計画段階で緻密な仕様を決めていないため、開発の方向性がぶれやすい。計画を詳細に決めないため、進捗状況が管理しにくく全体を把握することが難しくなる。その結果、メンバーの自律性に依存することになりやすい。住民の命が掛かった有事には、行政の対応は、職員の自律性を信じて、より「アジャイル」でなければならない。
しかし、自治体職員が「アジャイル」に行動できない理由がいくつかある。「アジャイル」に動くためには、職場の中で、気になる、問題だ、不安だ、心配だ、こうしたい、もっとこうした方が良いなどの気掛かり、懸念が共有されていることが大前提になる。そうした話が組織の中で出てくるには、職場、組織での「心理的安全性」が担保されていなければならない。
「心理的安全性」とは、「このチームで対人リスクをとっても大丈夫だと信じている状態」である。具体的には、アイデアや疑問を話すことを拒絶されるのでは、ミスを犯したら罰せられるのでは、弱みを見せられないといった感覚が無い状態である。例で挙げたような「人間関係の恐れ」は、職員の行動に大きな影響を及ぼす。自治体組織に限らず、「心理的安全」が担保されていない組織は多い。
また、行政は「埋没コスト(事業や行為を中止しても戻ってこない資金や労力)」を過度に意識してしまう。その結果、朝令暮改をなかなか良しとしない。ある地方議会の議論の中で、感染拡大で売り上げが減少している中小企業や観光関連業者に対する救済を盛り込むように当初予算の組み替えを議員が提案したところ、終息後の反転攻勢に向けた観光需要の回復に向けた事業だ、と組み替えに否定的な答弁が返ってきた。現実的に考えると、2020年度にインバウンド観光がV字回復する見込みは今のところ立たないと思う。
傾聴、対話不足による破綻を避ける我々は今、原因が何か分からない、今後何が起きるか想像できない、またその見立ての違いにより個人的、社会的な信念対立が起きてしまう、そんな超複雑性の中にいる。ややもすると、新型コロナのパニックが自治体組織の経営資源を奪い、最終的に組織の破綻を招くかもしれない。
非常時は、平常時以上にお互いの話を真摯に聞き合う傾聴の機会、対話の機会が減る。傾聴の機会が減るので誤解が生じやすくなり、職場・組織の中の信頼感が欠如する。信頼感の欠如は、メンバーの心理的距離を広げ、ますます傾聴の機会、対話の機会が減ることになる。心理的距離が広がると、余分な気遣いや負担、対応が増え、職場・組織の中の内部対立が起きる。内部対立は、不安や恐れ、怒りの感情を生み出し、ますます心理的距離が大きくなる。余分な対応が増えれば、様々なコストが増え、業務に割く人・モノ・金・時間の経営資源が減少する。その結果、内部対立の溝はどんどん深まっていく。
意識しないと負の連鎖がどんどん拡張し自己強化されていく。待ったなしのギリギリの中で、対話などの悠長なやり方をしている暇はないという人もいるが、このバッドサイクルのレバレッジポイント(梃子の力点、問題構造のツボ)は、無理をしてでも傾聴、対話の機会を増やすことでしかない。
複雑性が高い状況になればなるほど、一人一人がそれにどう向き合うかが大事になる。対話の大前提として、問題そのものも、その原因も、その答えも我々は何も分かっていないといったスタンスに立つことが必要だ。優秀な人であればあるほど、どうしても自分は問題が何かが分かっていると思い、自分の仮説が絶対だと思ってしまう。自治体職員は、そんな「問題が何かが分かっている病」に罹りやすいので、気をつけなければならない。もちろん、私自身もこのコラムで書いていることが100%正しいとは決して思っていない。
終息後の「アフターコロナ」をしっかりと見据えて歴史を振り返ってみるとパンデミック、世界的な感染症の大流行は、根絶されてはいないものもあるが、必ず終息している。8世紀の天然痘、14世紀のペスト、19世紀のコレラ、20世紀前半に日本でも流行した結核、直近の第1次世界大戦中に大流行したインフルエンザウイルス由来のスペインかぜも。実は筆者も25歳の時に結核に罹り、半年間隔離病棟に入院した経験がある。歴史が語っていることは、パンデミック前後の世界の大きな変化である。ペストが流行った後のヨーロッパでは、その流行を止めることができなかった教会の権威は失墜し、封建的身分制度の崩壊を招いた。その後イタリアを中心にルネッサンスが花開き、文化的な復興を遂げる。中世が終焉し、近代がスタートした。
ニュートンは、ペストの流行で通っていたケンブリッジ大学が休校になった長期休暇の期間に、万有引力の法則など彼の三大業績とされるものを発見したという。もちろん有事の危機対応が第一ではあるが、世の中の変化を感じ取りながら、新型コロナウイルス終息後の「アフターコロナ」、コロナ後の時代に備えていかなければならない。「三密(密閉、密集、密接)」の東京に住むことのリスクが高まり、これまでは過疎と虐げられてきた地方に光が当てられるかもしれない。様々な分野で、「三密」との共存が大きなテーマになると思う。また、今起きている学校でのオンライン授業は学びのあり方を大きく変え、リモートワークは我々の働き方を変える。社会のオンライン化は加速し、行政のオンライン化、デジタルシフトの流れも不可避だろう。
コロナ危機の中、先行きの分からない超複雑性の今こそ、「アジャイル」に試行錯誤を繰り返し、朝令暮改を良としリスクを最小化していく必要がある。そして同時に、コロナ危機終息後の「アフターコロナ」の自治体のありたい姿をしっかりと見据えていきながら。
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)を務め、現在は早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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