第99回 コロナ禍の自治体首長に求められること
政治山 / 2020年5月28日 10時0分
早稲田大学マニフェスト研究所によるコラム「マニフェストで実現する『地方政府』のカタチ」の第99回です。地方行政、地方自治のあり方を“マニフェスト”という切り口で見ていきます。
「アジャイル」そして「OODA」でコロナ禍の中、リーダーの重要性がより意識されるようになっている。コロナといった同じ課題に全世界が直面しているため、世界的に指導者が試され比較されている。例えば、アメリカのクオモNY州知事とトランプ大統領を見ていたら、「クオモの方がましじゃないか」といった感じに。日本国内でも、「うちの首長よかったな」とか「うちの首長は頼りないな」と皆が感じ、会話されるようになっている。それぞれの首長が、国や都道府県に依存し日和見な対応をとっているのか、自律してこのピンチに対して覚悟を持って乗り切ろうと行動しているのか。今、非常事態に挑む政治家の姿勢に関心が高まっている。
有事で大事なことの一つが対応のスピード感だ。前回のコラム(第98回「WITHコロナ時代の自治体組織のありたい姿」)の中でも、非常時こそ自治体組織は「アジャイル(俊敏な)」でと書かせてもらった。「アジャイル」とは、システムやソフトウエア開発の分野で一般的になっている言葉で、短期間でトライアンドエラーを繰り返し、リスクを最小化しようとする開発手法だ。IT企業などでは、まず商品はリリースし、ユーザーの声を聞きながら修正するようなことが頻繁に行われている。
行政、企業を問わず、目標達成のために使われる一般的なメソッドとして「PDCA」というものがある。PDCAとは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(検証)、Action(行動)の頭文字を取ったものだ。しかしこの手法は、有事のような変化のスピードが早い時には不向きである。じっくり計画を立てているうちに、事態は大きく変化する。計画の前提となるゴールも不確実だ。
それに対して、昨今「OODA」というメソッドがビジネスの世界を中心に注目されている。OODAはアメリカで生まれたもので、もともと朝鮮戦争に際してある空軍パイロットが提唱した方法だ。Observe(観察)、Orient(状況判断、方向づけ)、Decide(意思決定)、Action(行動)の頭文字を取ったものである。思い込みや予断を廃して状況を十分に観察し、的確に方向性を判断し、具体的な方針や行動プランを策定し、それを実行する。
PDCAは当初立てた計画がスタートとなるが、OODAは観察やそれに伴う状況判断に重きを置いている。コロナ禍の中、OODAのサイクルを如何に回すかが首長に問われている。今回は、こうしたコロナ禍の自治体首長に求められることについて整理してみたい。
OODAのObserve(観察)に関連するが、我々は誰しも、「バイアス」(第94回「自治体組織の現状を緻密に多層的に探求する」)という、思考や行動の偏り、先入観、固定観念というものを持っている。そしてそのバイアスが判断や意思決定に大きな影響を与える。そうしたバイアスの一つに「正常化バイアス」というものがある。「正常化バイアス」とは、自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常の延長のものと捉えてしまい、都合の悪い情報を無視し、「自分は大丈夫」などと過小評価してしまうことだ。これは、予期せぬ出来事に対してある程度「鈍感」になるようできている人間の脳のメカニズムによる。その「正常化バイアス」の影響で、我々の意思決定はどうしても出たとこ勝負になりがちだ。
また、「確証バイアス」というものもある。これは、自分の仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかり集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことである。要するに、我々は現実をありのままに認知できていないということだ。自分の認知を当てにしない。そうした謙虚さがまず大事だ。
OODAのOrient(状況判断、方向づけ)に関連して、「シナリオプランニング」という考え方がある。「起こりうる未来」の環境・状況を複数のシナリオとして整理・共有化し、戦略を導くための一連の手法である。過去や偏見に囚われず、本当に必要な変化を生み出す技術である「U理論」(オットー・シャーマー著)の翻訳者である中土井僚さんは、「起こってほしい(願望:Wish)」でも、「なるだろう(予測:Will)」でも、「なるべきだ(理想:Should)」でもなく、「起こりうる(確率:Could be)」ことを考えるのが「シナリオプランニング」だという。最高も最悪もなく、ただ起こりうることを考える。
また、どっちに転ぶか分からない将来の状況に対して、それが起きた時点で出たとこ勝負による「手遅れ」「打ち手の手詰まり」「コスト高」に陥らなくて済むように、「どっちに転んでもやっておくべきこと」を見極めてやっておけるようにするための思考法だと。
新型コロナによる行動制限の期間は短くなってほしいが、それが短くなることも長期化することも起こりうる。ワクチンはこの半年以内を目途に開発されるのではという予測もあるか、1年半以上掛かることも起こりうる。国の経済対策は徹底するべきだと言われるが、それもどうなるかは分からない。
今、自治体が一番想定しなければならないシナリオは、秋に大型台風が直撃した場合のシナリオである。2019年の台風19号など、最近の台風の発生の頻度や規模を考えると、どこの地域でも起こりうる。直撃した地域の自治体で避難勧告が出された場合、感染リスクを感じながらの避難所対応を余儀なくされる。最悪の場合、職員の感染、クラスターにより、大幅戦力ダウン、東日本大震災の被災地並みの役所機能の低下が起こりうる。そしてこれまでの災害時と大きく異なるのは、感染症ということで、ボランティアや他自治体からの応援が期待できないことだ。
「正常化バイアス」を廃し、思考停止にならないように注意しながら、起こりうるシナリオを首長と職員、そして住民が共有することが大事だ。起こりうることから目を反らさず、「転ばぬ先の杖」を見極め、前もって先手を打っていく。特に起きたら困ることに対しては、たとえ緊急ではないことであっても対策を立てておく必要がある。
緊急対策事業は優先順位を明確に次にOODAのDecide(意思決定)の場面で留意することについて。今、住民の関心が高い首長の重要意思決定事項の一つに経済支援などの緊急対策事業がある。コロナ対策の市町村独自の緊急対策事業がどの位の規模でできるかは、一義的には、災害などのために市町村が備えた貯金のようなものである「財政調整基金」の残高が鍵になる。市町村のこれまでの歴史や稼ぐ力が大きく関係するが、簡単に言うと、これまで倹約家だったか、浪費家だったか。貯金がある人と無い人との違いのようなものだ。それで足りなければ借金をすることになる。市町村長がそれをする覚悟ができるか否か。地方創生の臨時交付金で国が後で負担してくれると言っているが、それも金額的に当てにできない部分もある。
では、何に使うかだが、そこで市町村長の政策の優先順位や本気さが分かる。例えば、兵庫県明石市の泉房穂市長の取り組みは優先順位が非常に明確だ。泉市長はもともと、「こどもを核としたまちづくり」「やさしい社会を明石から」「本のまち明石」の3つをマニフェストの柱として掲げて市政運営に取り組んできた。また、掛け声だけではなく、予算、人事でマニフェストの実行体制をしっかり構築している。特に、既得権者との対立を怖れないプライオリティ予算で子どもの予算を2倍にし、弁護士などの専門職の積極活用も行ってきた。地方創生においても、人口30万人、赤ちゃん出生数3000人、本の貸し出し冊数300万冊と市民に分かりやすいKPI(重要業績評価指標)を示し、実際に人口増、税収増を実現している。今回のコロナの緊急支援でも、明石市は政策の優先順位が明確なので、闇雲にではなく、弱者へのセーフティーネット(個人事業主、一人親家庭、子ども食堂など)、絵本の宅配便等、支援策にメリハリとスピード感がある。
![青森県むつ市のYouTubeチャンネル](https://seijiyama.jp/wp-content/uploads/2020/05/99251161_547940739108270_1625086792967389184_n-500x353.jpg)
青森県むつ市のYouTubeチャンネル
私の暮らす青森県内においても、青森市では、小学4年生から中学3年生までにパソコンを配備する。弘前市では、休職、自宅待機になった市民が農業生産現場で働く際の賃金補助をする等、教育、農業と優先順位が分かる。むつ市のように、ごみ袋の配布、水道料金の減額、プレミアム商品券等、様々な事業をパッケージにして市民が困っていることに大規模にどんどん使うというのも一つのやり方だ。
パニック状態の時、人はどうしても他の人と同じことをやりたくなる。有事の際の自治体も同じだ。しかし、それぞれの自治体が置かれている状況は異なる。意思決定には独自の明確な優先順位が必要だ。もちろん、どんな緊急対策事業をなぜやるのか、その理由を分かりやすく市民に説明する責任もある。むつ市の宮下宗一郎市長は、自身のTwitterやYouTubeチャンネルを活用して市の対応状況を積極的に情報発信している。
アフターコロナを見据えた先見性を持つコロナ危機が終息するには、特効薬やワクチンが開発され市場に展開される、もしくは、コロナに対する我々の社会的許容度が高まることが必要だ。社会的許容度は、感染拡大の断続的なピーク越え、集団免疫による感染拡大の鈍化、咳エチケットやソーシャルディスタンスの確保などの習慣化による感染拡大の鈍化、感染に対する警戒心の麻痺などにより徐々に高まる。いずれにしろ、コロナとの戦い、共存は長期戦だと認識した方がいい。
また、コロナショックは一時的な問題ではなく、パラダイムが変わる大きな地殻変動だ。まずは目の前の火を消化すること、目の前の問題に対処しなければならないが、それだけでは地域の未来はない。アフターコロナ、コロナ後の世界をしっかり見据えて、行政のオンライン化のような自治体組織の価値提供のあり方の再構造化や、それに伴うこれまで提供した価値とは異なる新しい価値そのものの再設計も必要だ。アフターコロナ、自治体組織はどんな価値を住民に提供していかなければならないのか。重要かつ緊急ではない問いだが、それを考えられるかどうかが問われている。
誰も正解が分からないコロナ危機の中、自治体首長に求められるのは、朝令暮改を良しとするスピード感と政策の優先順位、未来を見据えた先見性、そして何よりも覚悟と説明責任だと思う。
早稲田大学マニフェスト研究所 招聘研究員
佐藤 淳
1968年青森県十和田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。三井住友銀行での12年間の銀行員生活後、早稲田大学大学院公共経営研究科修了。青森中央学院大学 経営法学部 准教授(政治学・行政学・社会福祉論)を務め、現在は早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員として、マニフェスト型の選挙、政治、行政経営の定着のため活動中。
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