食品産業センター 荒川隆理事長に聞く 農政の憲法「食料・農業・農村基本法」改正
食品新聞 / 2025年1月1日 0時7分
農業と食品産業の事業者は運命共同体
一般財団法人食品産業センターは、昭和45年(1970年)に食品産業の健全な発展を図るための唯一の中核的・横断的団体として設立された。会員数125企業、144団体が加盟している全国団体で、以来、食品産業界の調整役・推進役として積極的にその役割を果たしてきた。令和6年5月に“農政の憲法”と言われる「食料・農業・農村基本法」の一部改正に関する法案が成立したことを受け、食品産業が食料安定供給実現のために欠かせない産業と捉えられ、食品産業センターの役割が増している。そこで荒川隆理事長に食料・農業・農村基本法に関する解説や、令和6年の食品業界を振り返った感想などについて聞いた。(聞き手=金井順一)
基本法に「食料安保」「食料システム」を定義
――食品産業センターからみた、令和6年5月に改正された食料・農業・農村基本法を解説してください。
荒川 今回の基本法は、食料の安定供給や食料政策の観点から、「食料安全保障」と「食料システム」がしっかりと定義づけられたことが大きいと思います。これに伴い「農業の生産基盤」と同時に「食品産業の事業基盤」もしっかり位置付けられ、具体的な食品産業政策の方向性が示されました。
現行の第二条の「食料の安定供給の確保」条文では「食料は(省略)健康で充実した生活の基盤として重要なものであることにかんがみ、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならない」でした。だが改正案では「食料安全保障の確保」に改正され、「食料については、食料安全保障の確保が図られなければならない」「4項、国民に対する食料の安定的な供給に当たっては、農業生産の基盤、食品産業の事業基盤等の食料の供給能力が確保されていることが重要であると鑑み、(省略)国内への食料の供給に加え、海外への輸出を図ることで、農業及び食品産業の発展を通じた食料の供給能力の維持が図られなければならない」と変わりました。
様々な所で様々な方がおっしゃっていますが、今まで基本法には、「食料安全保障」というワード自体ありませんでした。「食料安全保障」とは「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」のことを言うが、今回の改正基本法により、これがきちんと定義されました。もう一つは従来は「食料システム」という言葉もありませんでしたが、これも法律上の用語として確立されました。
法律名が「食料・農業・農村基本法」ですから、国民に食料、農産物、食品を安定的に供給する担い手として、第一次産業の「農業」と、食品産業センターが管轄する川中、川下の取引事業者としての「食品産業の事業者」は運命共同体であり、こうした意識づけのための良い定義付けだったと思います。「農業」だけでうまくいくことはないだろうし、「食品産業」だけでうまくいくこともありません。当然ですが、卸、小売だけが栄えて、川上がなくなることはありえません。食料システムの当事者、関係者が、「有機体として」という表現もあり、そういう位置づけをしたことになります。
昔から「農業」と「食品産業」は車の両輪と言われてきたが、今回は卸、小売、消費者も含めた全体を「食料システム」と認識されたことは素晴らしいことだと思います。食品産業からみると、食料の安定供給のための担い手として「農業の生産基盤」をしっかりしなければならないのと同じように、「食品産業の事業基盤」が加わったことも大きいと思います。農水省の中で、これまでは「食品産業」は「農業」のオマケ的な存在だったわけだが、今回、しっかりと「食品産業」が位置付けられたわけです。
――「食品産業の健全な発展」条項についても解説してください。
荒川 第二十条において「国は食品産業が食料供給において果たす役割の重要性を鑑み、(省略)食料の持続的な供給に資する事業活動の促進、事業基盤の強化、円滑な事業継承の促進、農業との連携の推進、流通の合理化、先端的な技術を活用した食品産業及びその関連産業に関する新たな事業の創出の促進、海外における事業の展開の促進」が示されました。従来法でも「食品産業の健全な発展」という条項はあったが、新法では具体的に「食料の持続的な供給に資する事業活動の促進」とか「事業基盤の強化」「円滑な事業承継」「農業との連携の推進」など、その方向性がしっかり位置付けられました。
「コストを考慮した価格形成」が課題
――各論の一つである「合理的な価格形成」についてはいかがですか。
荒川 新法では「食料安全保障の確保」の5項に食料の合理的な価格の形成について「需給事情及び品質評価が適切に反映されつつ、食料の持続的な供給が行われるよう、農業者、食品産業の事業者、消費者その他のシステムの関係者によりその持続的な供給に要する合理的な費用が考慮されるようにしなければならない。」が新設されました。
農水省は令和5年の8月に、「適正な価格形成に関する協議会」と、「食品産業の持続的な発展に向けた検討会」を立ちあげました。新型コロナウイルスが発生し、ロシアによるウクライナ侵攻が続き、原材料価格が高騰する中で、農業や食品メーカーはコストアップ分をなかなか価格に転嫁できないことが問題意識としてあって、これを正面から取り上げていこうということになりました。
従来、農産物や食料品の価格は需給事情や品質評価に応じて適正に決まるとされてきたが、3年ほど前よりあらゆるコストは上昇するが、なかなか価格が上がらないことが問題となり、今回の基本法では「需給事情」と「品質評価」を基本にしながらも「合理的費用を考慮して価格形成する」という表現に変わりました。「需給事情」と「品質評価」という市場メカニズムだけではなく、これにコストの考慮が加わりました。これを考慮しないと、農業も食品産業も卸、小売も成り立ちません。将来的に持続可能な食料システムにつながるよう食料システム関係者が努力する必要があるのです。関係する当事者の意識が変わり、特売だから安く入れてほしいという取引ではなく、豆腐と納豆業界が持続可能となるにはどうすべきかを考えた取引となるべきです。店頭で3個98円の納豆が毎日並んでいるようではダメなわけで、今回の法律ではコストも考慮することが謳われたわけです。
両検討会・協議会での検討を踏まえて、令和7年の通常国会に食品産業を応援していく仕組みの法制度が提出されるような検討が進められており、食品産業センターとしても期待しています。食品産業としては3年前から品目ごとに価格の見直しをお願いし、食用油や菓子、パン、麺業界など多くの商品について、それなりに値直しが行われました。今後も引き続き、合理的な価格形成が必要だと考えています。
物流問題 持続可能な観点から対応を
――「物流2024年問題」について。
荒川 令和6年2月13日に「流通業務の総合化及び効率化の促進に関する法律及び貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律案」が通常国会に提出され、4月26日に成立し、5月15日に公布されました。改正物流法の公布を受けて国交省及び農水省共同で、物流小委員会合同会議が6月28日に設置され、改正法に基づく基本方針の策定などの具体的な検討が行われています。
各論では様々な動きがありますが、大きな流れとしては法律が改正されたわけで、残業することで生活が成り立っているような以前の状況ではいけません。本来は運転手の役目はトラックで荷物を運ぶだけだが、サービス労働として荷下ろしや仕分けなどを行っているケースもあり、公取委も目を光らせています。われわれ、発荷主であれ、着荷主であれ、なかなか厳しい面もありますが、物流面で原材料の調達・供給に関する包括的な連携を開始し、問題の解決に向けた取り組みも出ています。
――個々の企業の取り組みとともに、業界として物流問題に取り組む動きも出ており、大手飲料メーカー5社が物流2024年問題をはじめ温室効果ガス排出量削減や食品ロス問題など社会課題を協働領域として捉え、「社会課題対応研究会」を発足させましたね。
荒川 価格転嫁と同じように、国や社会、法律のすべての意識が一つの方向に向き、皆でやっていこうということが大事だと思います。価格転嫁の問題は、コスト反映までいってないが、以前、公取委は便乗値上げに目を光らせ、消費者の味方だったが、今は適正なコストは転嫁していくべき原材料価格はもちろん、賃上げによるコスト増も転嫁していこうという動きもあり、非常に良い動きだと思います。
――物流問題は非競争分野でしたが、ここにきて協力、協調分野に変わってきました。
荒川 競争は大事なことだが、世界に目を転じれば日本企業の何十倍の規模の多国籍食品企業が虎視眈々と日本市場を狙っているわけで、そういう意味では競争だけでなく協調領域については協力していく観点からやっていくということでしょうね。
――海外輸出について。
荒川 海外輸出については、食品産業センターとしては様々な事業を行ってきました。今回の基本法でも「食品産業の健全な発展」の中に「海外における事業展開の促進」がしっかり入りました。農水省は輸出目標として2025年に2兆円、30年5兆円と言ってきたが、輸出だけではなく、海外で事業展開し、その収益を日本に戻す。食品産業にとって人口減により縮小していく国内市場だけではとても成り立ちません。海外展開も非常に大事なことだと思うし、農水省もようやくそのことに気付いたようです。
今まで「食品産業の健全な発展」として事業活動に伴う環境負荷の低減や、資源の有効利用などが規定されていたが、「輸出促進」が加わり、「海外における事業の展開の促進」も大事なこととなったわけです。
――「食品の輸出」と「海外での展開」では大きな違いがありますね。
荒川 製品輸出を否定するわけではないが、食品は軽く、船で運んで売るよりは、直接海外で展開するほうがビジネスになりますからね。日本で作ったものを箱に詰めて売るという製品輸出の場合は表示はどうするのかなどの問題もあり、それなら現地仕様で現地の工場で作るほうが良いと思います。
――昨年は気候変動により異常気象の年でしたね。
荒川 猛暑、酷暑が続き、結局夏は終わりませんでした。その影響で鍋物や冬用の惣菜が売れなかったようです。異常気象を少しでも抑えるべく「みどりの食料システム戦略」「カーボンニュートラル」など、食品メーカーも努力していますが、一朝一夕ではできません。
――2024年のインバウンド(訪日外国人)客数が過去最多を更新する見込みですね。
荒川 10月時点で2019年を上回りました。思い起こせばコロナ禍では観光と外食はインバウンドがなくなってものすごい苦しみを味わったわけで、インバウンド料金でラーメン1杯3000円などのニュースも聞きますが、稼げるときに稼ぐのは当然でしょう。
――円高、円安の振れ幅大きいですね。
荒川 振れ幅が大き過ぎますね。投機家、投資家ではない事業者からみれば、まずは安定することが希望です。海外の原料価格が上がるのと円安と、ダブルで効きます。1ドル100円に戻せとは言いませんが、もう少し安定してほしいと思っています。
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