1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

「これが映画だ、ということに電撃に近いショックを受け、打ちのめされた」…大人が嗜む苦み走ったコーヒーやシガーのような滋味を初めて知った樋口真嗣を、同時に震撼させた劇場での光景【『ブレードランナー』】

集英社オンライン / 2023年3月4日 11時1分

『シン・ウルトラマン』が絶賛配信中の樋口真嗣監督。1982年、17歳の頃に観て“爪痕”めいた強烈な印象を得た、原点ともいうべき映画たちについて、熱情を燃やしながら語るシリーズ連載。第5回は近未来SFの金字塔『ブレードランナー』。映画もスゴイが、劇場で目にした光景にも打ちのめされる

『イデオン』で受けた心の傷を埋めるすごい映画

いやーお恥ずかしい。 高校2年であれば相当現実との折り合いもついたはずだと思って書き始めたら、高2の俺をひもとくには中2の頃の話から始めないとならず、そのこじれっぷりが高校2年の俺を汚染し、さらには還暦まであと2年の俺までもこじれさせるという、厨二のルサンチマン恐るべしです。

その流れでいけば富野喜幸監督(現・富野由悠季)の『伝説巨神イデオン』も、本放送打ち切りの挙句、劇場版で公開されたのが1982年7月15日。前回の『ガンダム』のような勢いで鼻息荒く初日に観に行っているかといえばそんなことなかったんです。 恐らく公開直前に、いわゆるアニメファンよりも客層を広げようと始めたキャンペーン…名付けて「明るいイデオン」が原因なんです。



深刻で重たい内容の『イデオン』を無理やり面白く見せようと、当時アニメといえば必ずついて回っていた読者投稿欄のパロディイラストめいたものを、わざわざ大枚はたいて本家のアニメ会社が本家の作画スタッフを投入して最高品質でアニメ化した、まあいわばPVみたいなものなんですけど、それを見せたところで別に映画館でかかる映画がそういう質の面白さではないのに、どうしてこんなもん作っちゃったのか高校2年生でも理解に苦しみます。

しかもそのパロディ由来のギャグが、どうにもこうにも内輪受けでちっとも笑えない。この、大人が一生懸命作っているのに面白くない虚無感は、私の心深くに“パロディ嫌い”という爪痕を刻むことになるのです。 誰も幸せにならない結果しか残さないこのキャンペーンは、私のアニメ熱を一気に冷却させました。

その間隙を突いて私の観たいリストに彗星の如く現れたのは、1982年夏公開のSF超大作でした。 雨が降り続ける近未来の夜の街の混沌を切り裂くように、空を飛ぶパトカーの光芒。 ロングコートの刑事が人ごみを逃げる犯人に向かって銃を構える。 画面左右から疾走感あふれるタイトルが滑り込み、合体。 「『ブレードランナー』」。 内海賢二さんのホットなタイトルコールが期待感を煽ります。

『ブレードランナー』主演は脂ののりきった頃のハリソン・フォード
©Allstar/amanaimages ©WARNER BROS.

『スター・ウォーズ』(1977~)のハン・ソロ、『レイダース 失われたアーク』(1981) のインディ・ジョーンズで、革新的なアクションスペクタクルの看板スターの地位を確立したハリソン・フォードが主演で、近未来都市を舞台にした空飛ぶ自動車のカーチェイス、そして銃撃戦。
ヤバい。すごいアクション映画がやってくる。

SF映画に導入された新たな映像様式

今だったらネットで検索すれば知らんでもいいことまで情報が手に入りますが、あの時代の新作映画の情報は本誌「ロードショー」と競合誌「スクリーン」、月に2号出るけど文字ばっかりの「キネマ旬報」、そして映画製作に乗り出して邦画界に旋風を巻き起こしていた角川書店の月刊誌「バラエティ」やSF専門誌の「スターログ」日本語版あたり。そのへんを読んで、自分の嗅覚に合いそうな映画の公開を心待ちにし、「ぴあ」「シティロード」「アングル」といった情報誌で上映館や上映時間を確認して狙いを定め、電車に1時間乗って東京を目指す———そんな映画生活でした。

それらの、今と比べたら枯渇しきった情報源から得られる情報を総合すると、原作はまだ“サイバーパンク”とジャンル分けする単語すらなかったフィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。音楽は前年のアカデミー賞オリジナル作曲部門を『炎のランナー』(1981)で受賞した、シンセサイザー奏者のヴァンゲリス。テレビ朝日でオンエアしていた科学ドキュメンタリー『カール・セーガンのコスモス』や、池袋サンシャインシティ内のプラネタリウムで夜間行われていたレーザー光線ショー「レザリアム」の音楽も彼だから、SFとの親和性はピッタリだった。

スタイリッシュな近未来描写が特徴の『ブレードランナー』プロダクションデザイン
©Allstar/amanaimages ©WARNER BROS.

視覚効果は『2001年宇宙の旅』(1968)『未知との遭遇』(1977)『スター・トレック』(1979)のダグラス・トランブル。あのテレビスポットで印象に残る、空飛ぶパトカーの光芒や地平線まで続く未来都市の街明かりは紛れもなく彼の美学由来のものだ。そして監督は3年前の1979年、劇場映画監督わずか2作目の『エイリアン』(1979)で、SF映画に新たな映像様式を導き出したリドリー・スコット。

この布陣で、『フレンチ・コネクション』(1971)をしのぐ(←これは高校2年の私の思い込み)SFポリスアクションで、『エイリアン』を超えた残虐な美学と暴力で彩られた刺激的な(←これも高校2年の私の思い込みだけど大体合ってた)犯罪映画なんだから、期待しないやつはバカだ。映画を語る資格はない! 『イデオン』なんか行ってる場合じゃない! 最高のテンションで今はなき新宿の巨大劇場ミラノ座に駆け付けたのは公開翌週の7月17日でした。

そこまで観る気満々だったのに、新宿まで行く電車賃をケチるあたりが高校2年生の経済力であります。翌週の17日公開のクリント・イーストウッド監督・主演の軍事アクション『ファイヤーフォックス』(1982)に合わせて、どうせ新宿まで行くならハシゴして見たほうが電車賃がお得じゃん…誰よりも早く観たいという気持ちよりも電車賃だったのでしょう。ついでで観る『ファイヤーフォックス』も、タイトルロールにもなっている架空の超音速戦闘機の特撮を、『スター・ウォーズ』1作目のあとはジョージ・ルーカスと袂をわかった特撮監督ジョン・ダイクストラが担当して、超音速の空中戦を繰り広げるのだから見逃せません。

そして7月17日、新宿ミラノ座に意気揚々と乗り込んだ私が観たものは… ガラッガラの客席でした。

とてつもなく素晴らしいセンス

どうしたハリソン・フォードだぞ! 最高品質のSFカーアクションだぞ! どうして誰も観にきてないのか? みんな観にこないぐらいつまらない映画だったのか? もしかして俺はとんでもない間違い見込み違いを犯したのか?

不安に駆られるうちに始まった映画は、そんな心配を吹き飛ばすほどの内容でした。というか、すごくないか? 今まで見てきた未来の都市とは違う、積み重なった歴史と退廃が入り混じって悪夢のようでありながら眩惑される、2019年のロサンゼルス。警察車両はどういう理屈かわからないけど空を飛ぶことが許され、増築に次ぐ増築で高層化したビルの谷間を飛び交う。

デザインは言わずと知れたシド・ミードだけど、まだこの映画が公開された段階で知る人はごくわずか。ビルボードやネオンは多言語で溢れ、特にヘンテコな日本語が目立つ。「お手持ちの烏口」「基礎の充実の上に」などと書かれた巨大なネオンが目抜通りにそびえ、芸者と思しき白塗りの東洋人女性が登場する「強力わかもと」のCMが、街の上空を飛ぶ飛行船に映し出される。

ヘンな日本語があふれる雑多な場末がSF映画で描かれたのは初めてで、観客に衝撃を与えた
©Allstar/amanaimages ©WARNER BROS.

効果音とも音楽ともつかぬアンビエントなサウンドは、『エイリアン』のノストロモ号船内を継承するもので、そこにヴァンゲリスの哀切なシンセサイザーが奏でるエレジーが上乗せされる。孤独な元刑事の賞金稼ぎとその標的の人造人間たち。人造人間もいわゆる機械仕掛けのロボットではない、もっとケミカルに合成されたシリコン製の部品の集合体は限りなく人間に近い———これも『エイリアン』のアンドロイド・アッシュの発展系だ。

劇中では“レプリカント”と呼ばれる、彼ら人造人間を殺すための武器がブラスターだ。原型を留めぬほどに改造されたフォルム。どういう理屈かわかんないけど引金が二連になっていて、前年の『レイダース』あたりから始まった、凄まじく誇張した銃声のドルビー・ステレオがめちゃくちゃかっこいい。テレビスポットから期待していたド派手なアクション映画ではなかったけどそんな浅はかな期待を上回る、とてつもなく素晴らしいセンスで全てが覆い尽くされている映画だった。

というよりも、これが映画だ、ということに電撃に近いショックを受け、打ちのめされた。それまでの『スター・ウォーズ』やスピルバーグの映画のようなファストフードが俺たちの心に刺さってきたけど、この映画では、そんな子供向けじゃない、大人が嗜む苦み走ったコーヒーやシガーのような滋味を初めて知ったのです。大事件です。歴史に刻まれるべき革命です。 なのにこの2000人は入ろうかという新宿ミラノ座には、わずか数十人しか入っていないではありませんか公開2週目の日曜日の真っ昼間だというのに!

『ブレードランナー』(1982) Blade Runner 上映時間:1時間57分 アメリカ
監督:リドリー・スコット
原作:フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫刊)
出演:ハリソン・フォード、ルトガー・ハウアー、ショーン・ヤング他

©Allstar/amanaimages ©WARNER BROS.


酸性雨ふりしきる近未来のLA。逃亡した使役アンドロイド=レプリカントを追う“ブレードランナー”を引退したデッカード(フォード)は、現場に呼び戻され、人間を殺した凶悪な4体を追う任務を帯びるが…。
クール極まる音楽とデザイン、ハイテクノロジーとスラムの混交した未来像、スタイリッシュなアクションといった映像体験のうちに、人とは、命とは何かといったテーマが配された傑作SF映画。
2017年には、30年後を描く『ブレードランナー2049』が、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ライアン・ゴズリング主演で製作された。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください