1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「命の次にiPadが大事」…10万人に1人の難病「ギラン・バレー症候群」と闘い続ける医師が健常者にも届けたいアクセシビリティ機能のこと

集英社オンライン / 2023年2月16日 9時1分

スマートデバイスを活用すれば、障がい者の暮らしは今よりもっと快適になるかもしれない。そのためのノウハウが詰まっているのが、書籍『闘病した医師からの提言 iPadがあなたの生活をより良くする』だ。同著の編集を行った高尾洋之さんは、医師であると同時に、重度の四肢麻痺を抱える障がい者でもある。高尾さん自身がどのようにスマートデバイスを活用してきたのか、体験談を伺った。

意識が戻ったときには「目しか動かせなかった」

高尾洋之さんは、東京慈恵会医科大学附属病院の脳神経外科医だ。デジタル技術に対する造詣は以前から深く、2015年には同大学の先端医療情報技術研究部のリーダーに就任。医療におけるデジタル活用の研究・普及に邁進していた。



ある朝、高尾さんは突然足の痺れを感じ、救急車で病院に運ばれると、間もなく意識を失った。目が覚めると、喉には人工呼吸器のチューブがつながれており、手足はまったく動かない。声も出せず、かろうじて目を動かせるだけだった。あとから知ったことだが、意識を失ってから目が覚めるまで、実に4カ月が過ぎていた。

高尾洋之さん。2015年より東京慈恵会医科大学附属病院 脳神経外科、および先端医療情報技術研究部を兼務。准教授。現在はリハビリを行いながらも、アクセシビリティに関する講演や記事の執筆などマルチに活躍している(写真:高尾洋之)

高尾さんが罹患したのは、ギラン・バレー症候群という病だ。ギラン・バレー症候群は、四肢麻痺や顔面神経麻痺、嚥下(飲み込み)障がいを引き起こす。患者の多くは時間と共に自然に回復するが、重篤な場合は、呼吸筋まで麻痺してしまい呼吸不全になって死亡した例もある。長期に渡って後遺症と向き合わなければならない。

高尾さんは、極めて重篤なケースだった。ようやく声が出せるようになるまで1年半を要した。4年半が過ぎた今は少しずつ体が動くようになってきたが、歩いたり指先を自由に動かしたりできるようになるのはまだ先のことだ。

そんな高尾さんの闘病・リハビリ生活は、周りの人の温かな応援と、さまざまなスマートデバイスによって支えられてきた。iPhoneやiPadをはじめとするスマートデバイスには、障がい者の使用をサポートする「アクセシビリティ」機能が搭載されているが、高尾さんは自らが障がいを抱えたことで、そうした機能のありがたみを初めて当事者目線で実感することになった。

入院直後の高尾さん。ギラン・バレー症候群は、10万人に1〜2人が発症するという珍しい病気だ(写真:高尾洋之)

Siriの「ありがたさ」と「物足りなさ」

現在、高尾さんは自宅でリハビリ生活を続けている。車椅子で出かけることもあるが、生活のほとんどはベッドの上だ。主にiPadを使って日々の情報収集を行っているが、まだ自由にタッチ操作をすることができない。しかしiPadは、指でタッチができなくても、操作するための方法が複数用意されている。

1つは、Appleの音声アシスタント「Siri」による操作だ。iPadやiPhoneに搭載されているSiriを使えば、声でさまざまな用件をリクエストできる。

「たとえば、『Hey Siri、○○さんに電話をかけて』と声をかければ電話を発信できますし、『メールを読んで』と言えば、新着メールの件名を読み上げてくれます。さらにこの場合、Siriが件名を読み上げたあとに『それを読んで』とリクエストすれば、本文も読んでくれるんですよ」(高尾さん)

Siriを使えば、メッセージを送ったり、電話をかけたり、メールをチェックしたりと、iPadのさまざまな操作を声で行えるようになる

音声アシスタントは、スマートスピーカーからでも利用できる。高尾さんが気に入っているのはGoogleのカメラ搭載スマートディスプレイ「Google Nest Hub Max」(写真:高尾洋之)

しかし、Siriだけではうまくいかないこともあるそうだ。

先ほどのメールの例では、本文が長いと途中で読み上げが止まってしまう。また、電話に関しては、自分から通話を終了することができなかった。2022年9月リリースの「iOS 16(iPadOS 16)」以降は「Hey Siri、電話を切って」と言えば反応するようになったが、それ以前は不可能だった。自分の声が、電話先の相手に向かって話しているのか、Siriに対するリクエストなのかを判断できなかったからだ。

「これまで電話をしたときは、相手に切ってもらうよう頼んでいました。ただ、相手が電話に出ることなく留守番電話になったときが大変で。こちらから切れないので、時間切れになるのを待つことしかできなかったんです」と、高尾さんは以前を振り返った。

iPhoneやiPad、スマートデバイスを活用すると、家電も声で操作できるようになる(写真:高尾洋之)

Apple製品の多彩なアクセシビリティ機能

iPadの場合、Siriだけで対応しきれない細かな操作をしたいときは、「音声コントロール」という機能を活用するといい。

音声コントロールを使えば、ホーム画面のアプリを指定して開いたり、アプリ内のボタンを声で指示して押したりすることができる。さらに、画面内のボタンに番号を表示させて、その番号を告げるだけで指定した箇所をタップすることも可能だ。

音声コントロールを使って「番号表示」というコマンドを呼び出した画面。アイコンやボタンの脇に番号が表示され、その番号を告げることでタップできる

また、iPhoneやiPadには「スイッチコントロール」という機能も搭載されている。これは、iPhoneやiPadにスイッチを接続して操作する機能だ。「1つのスイッチだけでiPhoneやiPadを操作できるの?」と首を傾げる人もいると思うが、iPhoneやiPadはOSの標準機能としてその操作を可能にしている。

使用できるスイッチは、大きな押しボタンのタイプや、肌の接触をセンサーで認識するタイプなど、いろいろなものがある。センサータイプなら、体のどこか一部がほんの少しでも動かせればスイッチを押すことができる。

高尾さんは、Siriや音声コントロール、スイッチコントロールと、それぞれ状況によって使い分けているそうだ。

「たとえばiPadでメールを開いているときに、音声コントロールで『下にスクロール』と言うと、本文エリアだけでなく、左側のメール一覧のカラムと本文がスクロールしてしまうんです。なので、そこはスイッチコントロールだとそれぞれスクロールできます。こういう細かな部分は、実際に使ってみないとわからないですよね」

スイッチコントロールで使えるスイッチには、さまざまなタイプがある。この写真では、左手の下にクッション型のスイッチがある(写真:高尾洋之)

スイッチコントロールの操作方法は、大きく分けて2種類。タップ可能な項目を次々にフォーカスする「項目モード」と、X軸とY軸でタップ位置を指定する「グライドカーソル」だ(図はグライドカーソルの画面)

「本当に必要とする人に届けたい」

iPhoneやiPad、スマートスピーカーなどのデバイスを活用すれば、障がいがあってもできることの幅が広がる。しかし、そのことを知っている人はまだ限られている。

「iPhone・iPadのアクセシビリティ機能には、音声コントロールやスイッチコントロールだけでなく、ヘッドトラッキングという機能もあります。これを使えば、頭を動かしてカーソルを動かしたり、舌を出してタップすることができるんです。全部、iPhone・iPadに標準で備わっている機能です。でも、こういう素晴らしい機能があることが、世間には全然伝わっていないんですよ」

アクセシビリティに関する情報は、いわゆる健常者には縁遠いもので、話題に上がることも少ない。高尾さんは、アクセシビリティ機能を必要とする人たちに情報を届けたいと思い、自分の経験や知識を書籍にまとめようと考えた。

書籍『iPadがあなたの生活をより良くする』(日経BP刊)は、高尾さんのみならず、アクセシビリティ技術の研究者やリハビリテーションの専門家など、何人ものスペシャリストが執筆に加わっている。

『闘病した医師からの提言 iPadがあなたの生活をより良くする』(日経BP 刊)。さまざまな種類の障がいに役立つデジタル活用情報が網羅されている

高尾さんのような運動機能の障がいだけでなく、視覚障がいや聴覚障がい、言語障がい、発達障がい、認知・記憶障がいを抱えている人など、幅広い人に対して役立つ情報が網羅されている。周りに障がい者がいる人なら、一読することで数多くのヒントを得られるはずだ。

「こういう情報は、障がい者本人が自力でたどり着くのはなかなか難しいと思います。だから、周りにいる人たちに届けないといけない。情報を書籍にまとめてみましたが、本当に必要な人に届けるにはまだ足りないと感じています」

2022年12月、高尾さんをはじめ東京慈恵会医科大学の教授や研究員7名が、デジタル庁の「デジタル推進委員」に任命された。デジタル推進委員とは、デジタル機器やサービスに不慣れな方に対し、デジタル機器の活用を支援することを目的に、デジタル庁が展開するものだ。デジタル社会の利便性を「誰一人取り残されず」に享受できる社会づくりを掲げている。

この取り組みに、医師であり障がい者でもある高尾さんが参加していることの意義は大きい。お役所仕事ではなく、真に当事者の視点に立って、多くの人々をよりよい暮らしへと導いてくれるに違いない。

東京慈恵会医科大学は、アクセシビリティの情報提供を目的としたWebサイト「アクセシビリティ・サポート・センター」を立ち上げた。現在は、アクセシビリティセミナーの動画などが掲載されている(https://www.asc-jikei.jp

取材・文/小平淳一

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください