100種類近いアラカルトを好きなように楽しめる鎌倉のオステリア…究極の普段使いのレストラン「コマチーナ」
集英社オンライン / 2023年2月17日 11時0分
鎌倉で育ち、今も鎌倉に住み、当地を愛し続ける作家の甘糟りり子氏。食に関するエッセイも多い氏が、鎌倉だから味わえる美味のあれこれをお届けする。今回は自身が「究極の普段使いのレストラン」と溺愛する小さなオステリアを。
コマチーナの個性を正確に伝えるのは難しい
観光客で賑わう小町通りから少しだけ奥まったところにあるのが「オステリア コマチーナ」。観光客の喧騒で渦巻く大通りから2分ほど歩くと、緑に囲まれた二階建ての建物が現れ、その一階にある。
コマチーナの個性を正確に伝えるのは意外とむずかしい。個性なんてそんな野暮なもんないよ、という雰囲気だから。「どうだすごいだろう」というところが一切ない。洗いたてのシャツの着心地のような、といったらいいだろうか。気負うことなく袖を通せて、生活に馴染んでいて、どんなシチュエーションにも合う。そんな感じ。
ここはワイン食堂をうたうイタリアンだ。店内のあちこちにはこれから飲まれるものと、すでに飲まれたもののワインボトルが置かれ、インテリアのアクセントになっている。リストにはナチュール中心にグラスが約30種類。鎌倉が誇るナチュールワインの店「鈴木屋酒店」で買うことが多いという。
ボトルはだいたい仕入れ値プラス3000円で提供している。店のFacebookには「いつもシェフはボトルで飲むお客様を羨ましく思っています」とある。ワイン好きの友人同士で気兼ねなくわいわいするのは楽しい。
とはいえうちの母は膵臓を患っており、お酒はドクターストップがかかっている。それでもこのワイン食堂が好きで、時々訪れる。ノンアルコールワインや葉山の赤紫蘇ソーダで食事を楽しむのだが、ある時は一人でカウンター席に座ったと聞き、ちょっと驚いた。お酒の飲めない88歳でもすんなり受け入れてくれる雰囲気がここにはある。
母が大好きなのが「馬肉のタルタル」だ。母も私もコマチーナに来たら必ず注文する。熊本の馬肉を塩胡椒に赤ワインビネガー、白トリュフオイルで和え、ほんの少しだけ生ニンニクを加えてある。シンプルだけれど印象的な一皿だ。レシピを聞いて納得した。調味料のちょうどいい配分でこの味が出来上がっているのだ。
パスタでは「からすみバター」をよく頼む。大きな四角いバターの上から存分にからすみがふりかけてあるビジュアルも好きだし、シンプルでこってりした味わいも大好き。
そんなことをインスタに書いたら、幼馴染から早速メッセージがきた。「私がコマチーナで一番好きなパスタはレモンクリーム!」とのこと。確かにこれも、シンプルでややこってり&さっぱりでおいしい。ある時近くのカフェで彼女とからすみバターvsレモンクリーム論争を繰り広げていたら、そこのマスターはコマチーナで「チーズリゾットをよく頼む」そうだ。
こんなふうに、各自それぞれのお気に入りがあるのっていいなあと思う。その店を象徴的なメニュー(港区っぽくいうとシグネーチャーメニューね)を目指して行くのも楽しいけれど、それぞれのお気に入りのメニューがある店は暮らしに根ざしている感じがする。
コマチーナを好きな人が、各々好きなように楽しめばいい
カウンターの上には大きな黒板が3枚掲げられていて、チョークで書かれたメニューの横に時間がかかるものは所要時間が記されている。テーブルに置かれたメニューは「すぐ出る前菜」と「前菜」に分かれていたり、グリル料理やタリアータなんかには90分以上と記されていたりもする。
店の前の庭にあるテラス席についてはFacebookで「こちらからお客様が見えないため、あまりお構いできなくなってしまいます。夏は暑く冬は寒いです。時期によっては蚊が多いです」なんて注意書きがある。
先日はお隣のテーブルに男性が二人。30代ぐらいだろうか。漏れ聞こえてくる会話では(聞き耳立てていたわけではないのよ)、一人は地元、もう一人は時々鎌倉に食べ歩きに来ているようだった。地元の人がこちらを案内したのか、もう一人が「こんないいレストランを今まで知らなかったなんて」としきりに感心していた。
コマチーナには観光客もいれば地元の人もいるし、若者の男女もいれば、おばあちゃんおじいちゃんとお孫さんみたいなグループもいるし、一人で楽しんでいる場合もある。私みたいなのが浅はかにやりがちだけれど、この店は観光客向けとかローカル向けとか、そんなカテゴライズをするのが恥ずかしくなる。コマチーナを好きな人が、各々好きなように楽しめばいい。
そんなウェルカムな雰囲気もあって、とにかく混んでいる。シェフの亀井良真さんとスーシェフの野村さんで100種類近いアラカルトメニューに対応するので、慢性的に人手が足りない。挙げ句の果て、常連がウエイトレス&ウエイターを買って出た、なんてエピソードもある。足手纏いにならなければ、私もお手伝いしてみたい。あの活気の中に飛び込んでみたいのだ。
私がここを好きな理由をももう一つ付け加えておきたい。お化粧室だ。広くはないけれど隅々まできっちりと美しく作られていて、日本の大工さんによる手仕事の良さがしみじみ感じられる。
いろいろな要素をひっくるめて、究極の普段使いのレストランである。
写真・文/甘糟りり子
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