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「大学は贅沢品」「貧しいなら進学は諦めるべき」という世間の風潮に、虐待のトラウマを抱えながらも児童養護施設から医学部に進学した女子大生が思うこと

集英社オンライン / 2023年3月12日 13時1分

幼い頃から養父に虐待され、児童養護施設に暮らしていたリナさん(仮名・21歳)は、県下有数の進学高校から大学の医学部へ現役合格を果たした。勉強することを望みながらも、様々な事情で大学に進学できないという人は少なくないが、「大学は贅沢品」「貧しいなら進学は諦めるべき」と一蹴してしまうことは、社会の損失になるのではないかと彼女は語る。

児童養護施設の職員は「高卒で就職」を勧めるも

写真はイメージです

2年ほど前、ある学生から「自分を取材してほしい」と連絡がきた。児童養護施設から大学へ進学したというリナさん(仮名・21歳)は、自身が生活した児童養護施設内で感じた、「大学進学はせずに就職」という風潮に違和感を覚えていた。



自身の体験を話すことで、経済的に頼る親がいない子どもたちが進学を諦めてしまう流れを変えたい、という強い思いに触れ、彼女を取材した。

リナさんは小学5年生の時に母親が他界。母親の再婚相手である養父と2人暮らしとなったが、そこで日常的に虐待を受けるようになる。

中学生の時、養父の元を離れ、その後は児童養護施設等での生活を送るようになった。虐待される環境から離れられた後も、食事がとれない、夜眠れないなどの症状が続いたという。

そんな彼女にとって、勉強している時が、つらい過去を忘れ、現実逃避できる貴重な時間だった。勉強に打ち込んだおかげで、次第に安定した成績を残すようになる。

興味本位で主治医の先生に、「楽しい高校ってどこ?」と聞いたところ、返ってきた答えが、その主治医の先生の出身校の名前だった。そこは県下有数の進学校だったのだが、そんなことは知る由もなく、漠然とその学校を目指すようになる。

そしてその進学校に合格。彼女が育った施設には大卒者の前例がなく、職員からも高卒で就職を勧められる環境だった。しかし、リナさんの高校3年次の成績は担任から「医学部は合格圏内」と言われるほど優秀だった。そして猛勉強の末、医学部に現役合格を果たした。

そんなリナさんに現状を聞くと、「とにかく勉強が楽しい」のだという。学年が上がるにつれ、大学での勉強がますます楽しくなっているともいう。

「実習や日常の中で学びが活かされたなと思う瞬間にやりがいや楽しさを感じます。それと、今まで言葉を持っていなかった自分の中のモヤモヤや問題にしっくりくる言葉や分野に出会ったときに喜びを感じますね。やっぱり私、勉強が好きなんだなって思います」

実習も始まったという大学生活は充実したものだというが、虐待の後遺症は高校生の時より悪化しているという。後遺症は決まったトリガーがあるわけではなく、予期せぬ時に起きる。

今でも布団で寝ることができない理由

「PTSDなどを薬で抑えているので日常生活を送れています。ただ薬は自分でも恐ろしくなる量で。常に多量の薬を服用している状況です」

さらに、虐待は就寝時に行われることが多かったため、現在も布団で眠ることができない。
布団と虐待の記憶が結びついているからだ。

「机に突っ伏して寝ます。休まっているかはわかりませんが、考え得る中では一番休まる方法なので。睡眠はいつも2~5時間ほどです。」

後遺症には波がある。悪化したときは、失声症を発症したこともあったという。

「ある日急に声が出なくなって。しばらく全く声が出ませんでした」

普通では考えられないような症状に悩まされているものの、穏やかに淡々と語る姿からは、もうそれが日常で、本人にとってはそれが「当たり前」なのだということが伝わってくる。

写真はイメージです

そんな中でも学生生活を送れるのは、勉強が楽しい、ということ以外にも理由がある。

「頼れる親類もいない状況で、もう後に引けないっていうのが大きいですね。私には休学という選択肢もないし、帰る家もないので。でも、本来ならば体調が優れない中、無理に大学で学ぶ必要もないと思っていて。高校を出て、一旦おやすみの時間が取れて、治療を受けたりして、準備ができてから大学に通うことが許容されるような、誰もが勉強したいと思ったときに勉強がしやすい環境になるといいのかなと思っています」

大学では特定の分野ではなくまずは様々な分野を学ぶ。そのため、リナさんは大学以外で行われている学会にも積極的に参加している。関心を持っているのが、心理学、その中でもトラウマの領域。

「性暴力被害の対応に関心があります。被害を受けた直後に適切なケアを受けられるかでその後のトラウマの出方が変わってきます。初期段階での対応ができるようになりたいなと思っています。医学部に進んだのは、成績が安全圏といわれたのが大きかったのですが、今は医師になりたいと明確に思うようになりました」

「大学は贅沢品」という世間の風潮に思うこと

写真はイメージです

虐待を受けていた過去を知る人から、「自分と同じ境遇の人を助けたいんだよね」と言われることがあるという。そんなとき、「すぐには言葉にできないけれど、モヤモヤしました」という。

「私は、精神医学や心理学を学ぶことにやりがいを感じています。確かに興味を持ったきっかけは自分の背景かもしれません。ですが少なくとも現在の私は、自分の境遇抜きにして、純粋にこの分野を学ぶことを楽しんでいます。

それに、自分と同じ境遇の人を救いたいという動機では、相手にも良い影響を与えないと思っています。周囲の決めつけがあると、“被害者”という立ち位置から抜け出せなくなるんですよね。私も一生『施設出身の人』として生きていく必要はない。

一見、手を差し伸べようとしたりしている人たちも、『可哀そうだね』と言いながらも、“被害者”としてしか接しないことで、サバイバーがそれ以外のアイデンティティを確立する機会や幸せになる道を阻害していると感じることもあります」

2年ぶりに会ったリナさんからは、学問に打ち込み、探求できる充足感と、将来の明確な目標や理想への熱がひしひしと伝わってきた。

「親に頼れない中、医学部に現役で合格するのは、やっぱりすごいと思いますよ」と伝えると「でも自分が特殊なケースにはなってほしくないですよね」という答えがすかさず返ってきた。生い立ちゆえに進学を諦める子どもたちがいることへの危機感は、2年前から変わらず抱き続けている。

最後に「大学は贅沢品」という世間の風潮に対して、率直に思うところを話してくれた。

「本来大学というのは、学問が好きな人たちが、学問を深めるために集う場だと思います。ただそんな中で、学問が好きで、勉強することを望んでいて、そして学んだことを社会に還元したいと思いつつ、さまざまな事情で大学に進学できないという人たちもいます。

その人たちに対して『大学は贅沢品、貧しいなら進学は諦めるべき』と一蹴してしまうのは、大きな社会損失だと思います。その人たちが学ぶことで、よりよい社会になるかもしれませんし、その人たちの存在に誰かが救われるかもしれません。お金がないなら大学は諦めろ、という言葉は、貴重な人材をドブに捨てているようなものかもしれません。

論点はずれてしまうかもしれませんが、社会は学びを求める人たちに対してもっとやさしくあるべきだし、学生は学生で、社会から“お金を投資する価値がある、この人には学んでもらいたい”と思わせるような、学問に対する誠実さが必要なのかもしれませんね」

取材・文/ヒオカ

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