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秘策は「下着の返還請求」。中学時代、同性の担任教師から性暴力を受けた男性(45)が34年後に勝訴できた驚きの手法

集英社オンライン / 2023年3月3日 11時1分

中学時代の3年間、担任だった男性教師から性暴力を受け続けた栗栖英俊さん(45)。すでに時効を迎えているにもかかわらず、被害の事実を認定してほしいと、34年経った昨年、独力で提訴し、勝訴を勝ち取ったという。なぜ、いま孤独な戦いに挑んだのか? 時事YouTuberでお笑いジャーナリストのたかまつななが聞いた。

股間を触られ、キス、さらには…

1988(昭和63)年、松戸市の市立中学校に入学し、ここで男性教師による性暴力を受けた栗栖英俊さん。それから34年後の2022年に裁判所に提訴し、勝利した

――性暴力を受けるようになったきっかけは?

中学1年の2学期のことでした。担任で所属していたバレー部の顧問でもあった先生から股間を触られたんです。そのうち、キスされるようになって、最終的にはフェラチオまでされるようになりました。



――抵抗できなかった?

股間を触るのをやめてと言うと、『オレの言うことを聞けないのならクラスを出て行け、バレー部の練習も参加させない』と凄まれてしまって。やさしいと思っていた先生がいきなりそんな風に豹変し、パニックになって、どうしたらいいかわからなくなってしまったんです。

――周囲に助けを求めることもできなかった?

放課後に1時間くらい残されて、友だちの悪口を無理やり言わされるんです。それで早く帰りたい一心から『〇〇君にはこんな問題がある』と話すと、今度はその生徒を呼び出して『栗栖がお前の行動に問題があると言ってるぞ』と告げ口する。当然、その友人と私はギクシャクした関係になりますよね。そうして私を孤立させ、助けを求められないような状況に追い込むんです。

束縛もすごかった。毎朝のホームルームでふたりにしかわからない『愛のサイン』を要求するんです。あと、付き合う友人や話をしてもいい教員もすべて指定されました。要するに『オレに反感を抱く生徒や教員とは口をきくな』ということなんです。まるで監視されているようで、毎日が苦痛でした。

学校を休むと自宅に押しかけ、玄関をバンバン叩く

――休学や転校は考えなかった?

一度だけ転校したいと洩らしたことがありました。すると、移ったら転校先の先生を通じて嫌がらせをしてやるとか、おまえが同性愛者だとばらしてやるとか脅されてできませんでした。

学校を長く休んだ時も自宅にやってきてチャイムをしつこく鳴らされました。電池を抜いて音が鳴らないようにしても、玄関をバンバンと叩いて帰ろうとしない。最後は母親も怖がってドアを開けてしまい、学校に連れ戻されてしまったんです。

2年生の時には横浜の叔母の家に逃げ込んだこともありました。その時も母を脅して私の行く先を聞き出して、その日のうちに横浜までやって来て身柄を確保されてしまいました。

――その先生には加害意識はなかった?

自分が生徒にひどいことをしているという認識はなかったと思います。とにかく異常な先生でしたから。相手からしたら、僕は人間ではなく、ただのモノだったんだと思います。だから、僕の将来がどうなろうと関係ないし、モノだから自分の悪行が明るみになることはないと考えていたようなフシがありました。

――結局、だれからも救いの手はさしのべられなかったんですね。

ええ。先生に知られないように学年主任や他のクラスの教員にこっそりと被害を訴えたこともあったんですけど、『そんなことをする先生じゃない』とか、ひどい人だと『おまえらお似合いかもな』などと、適当にいなされてしまいました。

その先生は教職員内での評判が悪かったので、他の先生たちも関わることを恐れて見て見ぬふりしていたのかもしれません。

――聞けば、校長や教頭にも直訴したことがあったとか?

2年生の時に、職員室に泣いて行ったことがあったんです。そこで泣きじゃくりながら、『〇〇先生からキスされました。フェラチオもされました』と訴えました。だけど、教員室全体がシーンと凍りついただけで、その場に居合わせた校長も教頭も何もしてくれませんでした。

性暴力の損害賠償請求はとっくに時効が成立も…

裁判資料を手に説明する栗栖さん

――ご両親には打ち明けたんですか?

話しました。でも、『担任の先生が居残りさせるのはオマエの悪いところを直そうとしているんだ』と言われ、相手にされませんでした。股間を触られているとも言ったんですが、両親とも教員がまさかそんなことをするとは考えてなかったみたいで、本気にされませんでした。

――精神状態は大丈夫でした?

対人恐怖がすごかったです。人と接するとビクッとしちゃうんですよ。それで誰とも話せなくなり、バレー部は退部、学校も途中から行けなくなってしまいました。

そんな精神状態は大人になってからも続き、自分は価値のない人間だと悩み、自殺を考えたこともありました、精神科で処方してもらう精神安定剤や睡眠導入剤なども手放せなくなりました。

――そんなつらい状況でよく裁判を起こそうと奮い立つことができましたね。

いろいろ考えているうちに、自分は悪くない、自分は性被害者なんだと気づいたんです。その一方で加害側の先生は懲戒免職もされずに教員を続け、退職金までもらっている。それでまずは松戸市教育委員会と千葉県教育委員会にその退職金を加害者に返納させるよう求めたんです。

新聞社やネットメディアにも同じメールを500通くらい送りました。ただ、教育委員会に動く気配はないし、メールも返信があったのは10通ほどでほとんど反応がない。それで下着の返還請求を思い立ったんです。

――下着?

職員室で「助けて!」と泣きじゃくった直後、先生に校舎の昇降口で下着を脱がされたんです。しかもゴムの部分にカタカナで「クリス」と書くように強要されました。そして、『この下着があるかぎり、おまえはオレの言いなりになるしかない』と脅かされた。目的は私の口封じでした。

性暴力を受けたことに対する損害賠償請求はとっくに時効が成立しています。でも、所有権には消滅時効はかからないと大学(法学部)の授業で学んだことを思い出し、下着を返せと訴えることにしたんです。

裁判では下着を奪われた経緯についての事実認定が行われますから、その過程で私の性被害――キスやフェラチオを強要されたことが認定される可能性が高いと考えました。

裁判資料。所有権に消滅時効はかからないことに目をつけ、この返還請求の過程で性被害の事実認定を…と栗栖さんは考えた

性被害に遭っても必ず味方はいます

――その結果、判決では加害者について「原告に対して同性間の性的行為、キス、フェラチオの行為を求めるようになった」、また栗栖さんについても「原告の性的嗜好は異性愛」、「高校進学後、PTSD、ストレス障害または適応障害などに似た精神の病的症状を呈するようになった」との認定が下されました。

判決には満足しています。しかも判決文の最後には「スクールセクハラ行為は原告が人生でさまざまな幸福を経験する機会を奪い、人生を破壊した」という一文もありました。ここまで私の性被害を裁判所が認定してくれたのかとびっくりしました。

性被害の生々しい詳細がつづられた裁判資料

――長い戦いでしたね。

自殺を何度も考えました。でも、死なずに今日まで生きてきて本当によかったと思っています。

――男性被害者の告発は、女性よりもつらい部分があるとも言われますが。

当時は被害を訴えると、周囲にゲイと思われるんじゃないかと怖かったですね。あと、『男だったらはっきり自分で言え』」とか、『男が涙を流すなんてけしからん』みたいな風潮は今も根強い。そういう世間の空気にもずっと悩んできました。

――今後の予定は?

今、社労士の資格取得にチャレンジしています。労務関係のセクハラ、パワハラをなくしたい。あとは情報発信。性被害を誰にも言えずに悩んでいる人にアプローチし、役に立てないかと思っています。

――最後に、栗栖さんのように長年、性被害に苦しんでいる人たちにメッセージをお願いします。

性被害にあって悩んでいると、自分が無価値な人間に思えてしまいがちです。でも、自分を否定せずに大切にしてほしい。悪いのは加害者であって被害者じゃない。きっとだれかが味方になって支えてくれます。

私も塾講師時代の同僚に支えられました。その同僚に性被害を受けた過去があると明かすと、『その先生、時効だろうが何だろうが、ぜったいに許せない』といっしょに泣いてくれたんです。

その言葉が本当にうれしく、支えになったからこそ、今日までがんばれることができました。性被害にあっているあなたはけっして独りじゃない。いっしょにがんばりましょう!

監修/長江美代子(公認心理士)

対談動画はこちら

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