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「僕なら有力な批評家やコレクターを呼んであげられる」著名キュレーターが若手女性作家をホテルに呼び出し、肉体関係を迫り、暴言を浴びせ…日本の美術界にはびこる「ギャラリーストーカー」の闇

集英社オンライン / 2023年3月7日 14時1分

画廊で作家につきまとう「ギャラリーストーカー」。日本ではその多くが中高年男性で、ターゲットになるのは若い女性作家だという。『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(中央公論新社)の著書で、被害者への取材を続ける弁護士ドットコムニュース記者の猪谷千香さんに、その実態を聞いた。

ギャラリーはキャバクラ?「実態は想像以上にひどかった」

「ギャラリーストーカー」とは、衝撃的な言葉ではないだろうか。

ギャラリーなどで、駆け出しの若手作家らにつきまといや迷惑行為を行う人たちを指す。

近年、実際に被害に遭った女性作家がSNSで告発したり、ギャラリーに「キャバクラ感覚」で訪れる中年男性を描いた実話の漫画が話題になったりしたが、ギャラリーストーカーとは美術業界内ではかねてより知られた言葉だったという。



また、卒業制作展で学生に対して長時間の応対を求めたり、作品と全く関係のない自身の話を延々としたりといった迷惑行為もある。東京藝術大学では通称「藝大おじさん」として認知されている。

そんな実態を知った弁護士ドットコムニュース記者の猪谷千香さんは2021年より取材を続け、20人以上の被害者に話を聞いている。

被害の実態をまとめた著書では、ギャラリーストーカーや藝大おじさん以外にも、著名美術家やキュレーター、学芸員からの性暴力や女性差別、大学教員からのハラスメントなどが横行する日本の美術業界の実態をあぶり出している。

猪谷さんは、一連の取材をこう振り返る。

「実態は予想以上にひどいものでした。本当にこんなことがあるのかと信じられない思いですね。キュレーターや学芸員など、作家にとって信頼を寄せるべき相手からあり得ない被害を受けている。

特に現代アートの世界は、社会問題をテーマとした展覧会が多いのですが、社会問題を題材にするのであれば、この美術業界の問題をまず取り上げていただきたいなと思うくらいです」

弁護士ドットコムニュース記者の猪谷千香さん

猪谷さん自身、大の美術ファンであり、美術館や画廊に積極的に足を運び、作品も購入してきた。

しかしその裏側で何が起きていたのか、まったく知らなかった。取材を続け、書籍を書いたことには、その反省の意も込められているという。

「一過性のニュースではなく、書籍化することが大事だと思いました。

『ギャラリーストーカー』と行為自体に名前をつけ、文章になったものを読んでいただくと何が迷惑行為なのかが明らかになります。

ここからどんどん認知が広がり、状況が変わるきっかけになればと思っています」

女性作家に肉体関係を迫る著名キュレーター

具体的な被害を本書から一部抜粋して紹介しよう。

グループ展に参加していた大学院生につきまとい行為をするA氏は、若手作家を応援するコレクター。

コレクターと美術家の関係を越えて距離感を詰めていき、下の名前で呼んだり、大学院に突然押しかけてきたりした。

さらに、自宅や実家の住所を問い詰め、しつこく食事に誘うなどつきまとったという。

ある日、A氏の行動を不審に思ったギャラリーオーナーに助けられ事なきを得たが、A氏は典型的なギャラリーストーカーである。

『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(中央公論新社)

また、地方の大学院で絵を学んでいた女性は、国内外で活躍する著名なキュレーターから、「僕なら有力な批評家やコレクターを呼んであげられる」と告げられた。

軽いボディタッチから始まり、男性の行為は次第にエスカレート。具体的な展示の相談をするために1対1で会う機会が増えていくと、呼び出される場所がカフェやレストランでなく、ホテルへと変化。

肉体関係を迫られ、断りきれずに一線を越えてしまうと、男性の態度が図々しくあからさまになっていった。女性が拒絶すると暴言を浴びせられ、精神的に追い詰められていった。

自身の立場を利用し、展覧会開催と引き換えにセクハラ行為に及ぶ悪質なケースだ。

上記以外にも数多くの驚くべき実態が本書では明かされている。

書籍化で「私も」と被害が次々明るみに

猪谷さんは、「取材を始める当初は、話を伺うことができる被害者の方を探すのに難航するのではないかと心配でした。しかし蓋を開けると、次から次へと被害者へたどり着きました」と話す。

先日、猪谷さんがラジオ番組に出演した際も、リスナーから「私も被害を受けたことがあります」とのメッセージが複数寄せられた。

「出版後、『本を読みました。自分も同じような被害に遭っています』と連絡をくれた女性が何名かいました。

また、東京藝大のセクハラやパワハラが横行する新入生歓迎会について書いた記事に対して『よく書いてくれた』と卒業生から声が上がっていましたね。

作家からの反響も大きかったです。SNSでは特に若い女性から『自分が受けてきたことがここに書かれている』という声もいただきました。

きらびやかな美術業界の裏側で起きていることを、多くの方に知っていただきたいです」

猪谷さんがこれまで取材したのは、全員女性だ。徒弟制が強く残る美術業界では、抑圧に苦しむ男性もいるのではないかと感じているという。

「男性は男性で声をあげづらいのではないでしょうか。取材を受けることすらできず、自分が被害に遭っていることを他の人に話せないのではないかという懸念が残りました。

もし被害を受けている男性がいらっしゃったら、お話を聞かせていただければと思っています」

画像はイメージ 写真/shutterstock

ハラスメントが再生産されていく構造

当たり前のように見過ごされてきた性暴力やハラスメントの背景には、日本の美術業界の特殊な構造がある。

「大学教員や著名な美術家、批評家、キュレーター、審査員は圧倒的に男性が多く、一方の若い美大生は女性が多数を占めることも影響しているだろう」と猪谷さんは本書の冒頭で綴っている。

選ぶ側の男性と、選ばれる側の立場が弱い若い作家。狭い業界の中でもしも被害を訴えれば、権力を持つ選ぶ側によって作家生命や将来をつぶされるのではないかと恐れて泣き寝入りし、実態が明るみに出ずに被害が再生産されていく状況が何十年にも渡って続いている。

駆け出しの作家の場合はフリーランスで活動している人が多く、防波堤になる人が誰もいないことも大きな要因だ。

また、加害者自身がストーカーやハラスメントの意識がなく行動している事実も浮き彫りにされた。

「加害者にも取材を申し込みましたが、受けてもらえなかったです。『お話できることはありません』と返信がきたり、無視されたりしました。

被害者から加害を指摘されると、加害者は自分が被害者のように思う方が多いようです。セクハラをしていても『同意の上の恋愛だった』などと言い出す方がいます。

何がハラスメントで暴力なのかを自分でもわからずに行動してしまっているのだと推測しています。もちろん自分の権力を自覚してハラスメントに及ぶケースもあり、そちらはより悪質です。

本来ならば、選ぶ立場にある人たちが気をつけないといけないことです。しかし、何がハラスメントなのか、何が加害行為なのか、知識もなければ教育も受けてきていないので、わからずにやってしまっているんです」

酷いケースになると、ギャラリー側が有力コレクターに女性作家を差し出すようなこともある。

「食事くらい行ってきて、と言われることもあるようです。被害を軽くみている。

それが作家さんにとってどれだけ嫌なことで傷つくかということに無頓着なんです。それくらい我慢してうまくやって、などと言われてしまう。

深刻化されず、被害が表に出ない要因だと思います」

画像はイメージ 写真/shutterstock

被害の根絶に向けできることは?

一方で、被害をなくすために動き出すギャラリーも現れ始めた。

本書で触れられているのは、千葉市の「企画画廊くじらのほね」だ。作家へのプライベートな誘いや迷惑行為の禁止を発表した。
また、大阪市の「芝田町画廊」がギャラリーストーカー対策の具体例をTwitterで公表し、大きな反響を呼んだ。

作品を楽しむ鑑賞者として、私たちにできることはあるのだろうか。

「作家にとって安心できる環境づくりをしている画廊やギャラリー、美術館を支援していくことではないでしょうか。

そうした場所で私たちが作品を見たり買ったりすることが、結果的に業界を変えていくことにつながると考えています」

被害の根絶には、業界での実態がもっと広く知られていく必要がある。

「取材に応じてくださった方は、書籍が出ることによって、この業界が少しでも変わってほしいと、その一点で辛い体験を語ってくれました。

業界全体の問題をみなさんよく把握され、変えたいという思いが強い方ばかりでした。その声を受け止めて、みんなの問題として取り組むべきです」

取材・文/高山かおり
撮影/一ノ瀬 伸

ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害(中央公論新社)

猪谷千香

2023年1月10日発売

1760円(税込)

単行本/227ページ

ISBN:

978-4-12-005616-1

煌びやかな美術業界の舞台裏には、ハラスメントの温床となる異常な構造と体質、伝統があった…。若い女性作家を食い物にする美術業界の暗部をレポートする。『弁護士ドットコムニュース』掲載に書き下ろしを加えて書籍化。

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