〈写真で振り返る東日本大震災〉「牛、殺してから行くっぺ」原発事故により乳牛を置いていかざるを得なかった福島県浪江町の酪農家夫婦の決断。それでも牛を忘れられず…
集英社オンライン / 2023年3月7日 12時1分
震災から12年。あの日を境に生活が、人生が激変してしまった人たちが大勢いる。当時、福島県浪江町で酪農を営んでいた三瓶さん夫婦も震災によって多くのものを失った。この12年間で夫婦はどのように悲しみを乗り越え、そして何を得たのか。写真とともにお送りする震災ルポ。福島県浪江町、三瓶さん夫婦の震災後の物語。その前編。
3月下旬に避難指示が解除も「帰ってどうやって生活するの」
「過去を振り返ったって、もうどうにもなんねぇから」
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震災から約1か月後の三瓶さん夫婦。乳牛の対応について国からの指示もないまま不安な状態で牛の世話をし続けていた(2011年4月撮影)
牧場で馬の世話をしていた三瓶利仙(としのり)さん(67)は言葉少なに、そう語った。
東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故から今年3月11日で丸12年がたつ。
かつて三瓶さん一家が住んでいた福島県双葉郡浪江町の多くは今も「帰還困難地域」に指定されたままだ。たくさんの町民が故郷を離れて暮らす今、酪農家だった三瓶さんの一家もまた浪江町を離れ、この12年間で新たな人生を歩んでいる。
そうした中、政府は、将来にわたって居住を制限するとしてきた帰宅困難区域内に「特定復興再生拠点区域(復興拠点)」を設置し、昨年から葛尾村、大熊町、双葉町などの一部で避難指示の解除を実施してきた。
そして今月1日には、遂に浪江町も3月31日の午前10時で、復興拠点の避難指示が解除されることが決まった。
今回、浪江町で避難指示が解除される地域は、「室原、末森、津島」の3地区の一部などだ。解除にあわせて浪江町は、「町営津島住宅団地」を建設して、帰還者の受け入れ態勢を整えている。
この団地は、国の福島再生加速化交付金を活用した公営住宅で、幹線道路沿いに真新しい木造平屋建ての家々が立ち並ぶ。いよいよ被災者が浪江町に戻り、以前の生活ができるとあってか、「帰れるのが楽しみだ」などと話す元住民の声を、昨年からメディアが度々報じるようになってきた。
だが――。
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現在は福島県大玉村に住む三瓶利仙さん(2023年2月撮影)
「帰りたいなんて、そんなの嘘だと思うよ。だって、帰ってどうやって生活するの」
三瓶さんは淡々とした口調で、そう話した。確かに、今回の避難解除で実際に帰還する元住民は、当面の間ごくわずかだと見られている。それに加えて、三瓶さん一家のように、帰宅困難区域に家があり、復興拠点には含まれていないことから、今回の避難指示解除の対象外という元住民も多い。
いつ避難指示が解除になるかさえもわからない一家の状況について三瓶さんは、きっぱりとこう言い切る。
「俺は最初から帰るつもりもねぇから」
「心の痛みはこの12年間でずいぶんと慣れました」
筆者が三瓶さんと出会ったのは、今年2月26日のこと。
写真家・郡山総一郎氏に連れられ、妻・恵子さん(64)と経営する福島県安達郡大玉村の牧場を訪れたのがきっかけだ。
郡山氏は、震災直後から浪江町を取材し、そこで出会った三瓶さん一家の変遷を12年にわたって撮影し続けている。その郡山氏に、今回の取材のために紹介してもらったのが三瓶さん夫婦だった。
福島県浜通りの北部に位置する浪江町。福島第一原発から浪江町までは、最も近い場所で約4キロの距離。そして、三瓶さん一家が暮らしていた浪江町の津島地区までは約30km離れている。今回、車で津島地区を回ってみると、今も「帰宅困難区域につき通行止め」と書かれた黄色い看板が、あちこちに立てかけられていた。
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福島県浪江町津島地区。今も「帰宅困難区域につき通行止め」の看板はあちこちに(2023年2月撮影)
「今年の1月に見たときは、重機を使って三瓶さんの母屋や牛舎を壊し始めていました」
そう話す郡山氏と一緒に、三瓶さんの自宅があった場所を訪ねたのは2月25日。
牛舎を含めた建物だけで、約1200坪もあった三瓶さんの家はすでに跡形もなく、平に整地された土の上には「除染済」と書かれた白いコーンが1つ置いてあるだけだった。
「心の痛みっていうのは、この12年間で、ずいぶんと慣れてきました」
そう振り返るのは妻の恵子さんだ。
「国の方針は、除染して帰還させる、復興して元の街を作る、でしょ。でも、他の自然災害をみてもわかる通り、なくなったものは元には戻らない。ある程度まで戻そうというのはわかるけど、それは口で言うほど簡単なことじゃないですよ」(恵子さん)
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インタビューに応じる三瓶恵子さん(2023年2月撮影)
三瓶さんは92歳になる母・安子さんと、妻・恵子さんの3人で、震災当時、浪江町の津島地区で暮らしながら、酪農で生計をたてていた。子供は3人いるが、いずれも震災当時は独立しており、別の街で暮らしていた。
津島地区の一帯は、農業や酪農が盛んな土地で、三瓶さん夫婦は、家の裏にある牛舎で90頭近くの乳牛を育てていた。
「牛、殺してから行くっぺ」
そんな三瓶さん一家が避難を余儀なくされたのは、震災から4日後の3月15日未明のことだ。親戚が所有する猪苗代町のマンションの一室を避難場所として提供してくれることになったからだという。
恵子さんが回想する。
「近所の人たちがみんな避難する中、15日になって、お父さんが『おめえ1人で逃げろ』って言うんですね。お母さんを連れて避難しろって。でも、私は絶対ダメだって言って、お父さんの手をひっぱった」
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牛を移動させて酪農を続けたいが、なかなか移動先も見つからず、不安を抱えたまま牛の世話を続ける三瓶さん(2011年5月撮影)
三瓶さんが避難を拒んだ理由は牛だ。最後の最後まで、残された牛をどうするか、夫婦で悩み抜いた。
恵子さんが「放そうか」と提案すると、三瓶さんは「絶対ダメだ」と拒んだという。放たれた牛が近隣で悪戯をし、人様のものを壊すからだというのが三瓶さんの意見だった。
いつ家に戻れるかわからない中、紐で繋がれたままの牛たちが牛舎の中で痩せこけて死んでいくのは、恵子さんも容易に想像ができた。
だが、悩み抜いた末、2人は牛を牛舎に入れたまま避難する道を選んだ。
「死んだ頃に、片付けだけには来てやっかんな」
そう牛に声をかけた三瓶さんは、最後の餌をやると、一家はダンプカーに乗り込んだ。車の荷台には、三瓶さんの母親の布団や、かまど、プロパンガスボンベ、なた、のこぎりなどを載せ、3人は直線で80キロ以上離れた猪苗代町に向かったのだった。
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牛達を無事移動させることができ、牛のいなくなった牛舎に立つ三瓶さん夫妻(2011年6月撮影)
「夜になると、切なくなってね。家族や親戚で雑魚寝してるでしょ。声出して泣くと、みんなに聞こえっから。歯食いしばって、声出さないで。でも1週間が限界だったんだよ」
そう話す恵子さんの眼からは、いつの間にか涙が溢れていた。
取材・文/甚野博則
集英社オンライン編集部ニュース班
撮影/Soichiro Koriyama
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