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銃弾が顔に開ける穴、食いちぎられた腕から垂れる腱…様式ではない「死」と「変身」のメーキャップ表現が花開き、樋口真嗣を酔いしれさせた【『キャット・ピープル』】

集英社オンライン / 2023年4月8日 11時1分

『シン・ウルトラマン』 Blu-ray特別版がまもなく発売される、樋口真嗣監督。1982年、17歳の頃に見て“爪痕”めいた強烈な印象を得た、原点ともいうべき映画たちについて、熱情を燃やしながら語るシリーズ連載。第7回は、メーキャップ技術の発展により、立ち上る恐怖とエロスが魅惑的な人獣ホラー『キャット・ピープル』

人の顔に銃創を穿って見せた『ゴッドファーザー』

映画の歴史の変換点は100年も続いてれば何度もあるわけだけど、突然訪れるわけではなく、すごい技術が年月と共にこなれてきて、それをうまく消化できるような企画や演出が出現することによって初めてもたらされるのです。 『スター・ウォーズ』(1977)や『未知との遭遇』(1977)の約10年前にはそれらの作品たちの表現における先鞭をつけた『2001年宇宙の旅』(1968)がそびえ立っていて、先進的な技術が文字通り先行して先鋭化されていますが、決して万人の理解と投機目的の出資者の満足は得られません。ファーストペンギンの哀しみであり、その技術が応用されて娯楽映画の最前線に降りてくるまで、だいたい10年はかかるようですな。



さて。古今東西、映画で描く主題でもっとも観客の心をとらえるものは、「愛」と「死」だといわれています。 その瞬間の再現不可能な動揺こそ間近で体験したいけれども、多くの人の場合、体験できるのはそれぞれ数回でしょう。当然身近で体験すれば相応の代償を覚悟せねばなりません。そんなえがたい経験を入場料だけで体感できるからこそ、お客様は誰かが愛したあいつが死んでしまう、そんな擬似的な人生の波乱に心掻き乱されに、わざわざお金を払って映画館に行ってくださるわけです。

もちろんお金を払えば現実にその体験が味わえるわけではないし、そんなことができたらそれはそれは大変恐ろしい世の中になるので、実は映画は、この100年ちょっとだけかもしれませんが、平和な世の中に貢献しているとも言えるのではないでしょうか。

また、 “誰も見たことのない”宇宙や未来に対する映像表現は、1950年代から幾度となく映画の題材として扱われていましたが、どれも正直表現としては拙く、そのジャンルの地位もB級という屈辱的なカテゴリーに押し込められていました。それが生涯を通して偏執的な映画作りを貫いたスタンリー・キューブリック監督により、徹底的な科学的根拠を執拗なまでに裏打ちしてもたらされた“リアルな表現”として市民権を得るようになりましたが、時を同じくしてもうひとつ、”誰も見たことのない“表現が革命的スピードで発達していました。

映画が生み出す、もうひとつのカタルシス…「死」であります。

それをよりリアルに見せるため、従来ずっと避けてきた直接的表現が、メーキャップと撮影技術と現場処理の物理的な仕掛けの精密な連携で可能になりました。1972年のフランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』では、人物が射殺される場面で、それまで芝居をしていた俳優のこめかみに何の誤魔化しもなく銃創が穿たれるのです。その衝撃は映画のリアリティに格段の進化を与え、その後も『タクシードライバー』(1976)『ディアハンター』(1978)などで、様式ではない死の表現がメーキャップ・エフェクトで結実していきます。

『ゴッドファーザー』で蜂の巣にされて死ぬソニー(ジェームズ・カーン)。顔の弾痕は、貼り付けた薄い皮膚パーツをテグスで引き抜いて、穴が開くように見せた(樋口氏談)
©Album/アフロ

『猿の惑星』から『ハウリング』への技術発達

いっぽうで50年代のB級映画の定番であった変身する人間モノも革新的進化を遂げることになるのです。愛した男の正体が実は人をも襲う恐ろしい怪物だった! しかもその男を愛してしまった恋人との愛の行方はいかに? なんて物語は、映画の歴史と共に量産されてきましたが、この種の物語の肝はなんといっても怪物がどんな風体をしているのか?の一点に尽きるのであって、そこにアイデアと限られた予算のすべてを集中させてきました。

その“異形の顔”はシンプルな構造のかぶりもので演者の頭部を覆うスタイルでしたが、視覚効果ジャンルの誕生と同じ時期の1960年代末期に登場した『猿の惑星』(1968)に出てくる、人類とは違う形で進化して人類を凌駕する知性を持つ猿人の造形においては、演者の表情の変化に追従するように頭部を解剖学的解釈に基づいて分割し、それぞれのパーツを柔軟な素材を用いて演者の顔に接着しました。無表情だったかぶりものが一気に、表情、感情、知性を持つ“登場人物”としての権利を獲得したのです。

それから長きにわたりアメリカ映画を抑制してきた、差別暴力残酷性表現に対する自主規制条項、ヘイズ・コードが撤廃された70年代に入ると、映画界を席巻したホラー映画の表現でも、その技術が大活躍することになりました。『エクソシスト』(1973)の悪魔が取り憑いた少女。『オーメン』(1976)での不可解な死の描写。『ゾンビ』(1979)は言わずもがなですね。

特殊メーキャップを主軸とした新たな技術が、数々の衝撃を生み出して迎えた1980年代。『ジョーズ』(1975)のヒットにあやかった殺人魚パニック映画『ピラニア』(1978)が大ヒットした勢いで、若き監督ジョー・ダンテが製作したのが、現代に狼男が現れる『ハウリング』(1981)でした。

狼男への変身シーンが画期的だった『ハウリング』
© Mary Evans/amanaimages

古典的ホラーの様式を現代的解釈に置き換えるには特殊メーキャップは不可欠であり、それを任されたのが当時21歳だったロブ・ボーティン。メーキャップのパーツ=アプライエンスと演者の皮膚の間に複数の風船を仕込むことで人間の顔が変形していく様を見せ、もはや人間ではない体型になったらケーブル等で動かす精巧なダミーに切り替え、人間の口蓋を裂くように狼の顎がせり出してきます。

そのダミーの目の表情がまるで生きているかのような哀しみを宿しているのです。同時期に同様の狼男映画『狼男アメリカン』(1981)を撮影していたジョン・ランディス監督が、その仕上がりを見て急遽撮り直しをしたそうです。『狼男アメリカン』で、ロブの師匠であるリック・ベイカーが担当した狼男は、古典的な状況…暗闇に月明かりで浮かび上がる絵作りではなく、白昼堂々、誤魔化しようのない状況で変身するという無理難題を見事クリアしたのです。師弟が争うように作り出したこの2体の狼男の変身は、『スター・ウォーズ』とは別の表現の革命だったのです。

『キャット・ピープル』の大人の味わい

で、ここまでが1981年の出来事。 この連載のお題はあくまでも1982年公開の映画であります。前年の革命的進歩に呼応するように更なる野心的な企画が登場しました。

1942年公開のRKO映画の再映画化『キャット・ピープル』(1982)です。恋をしてキスをするとその正体である猫人間の姿に戻ってしまう女性の悲恋という、古典的題材を現代に置き換え、最新技術で映画化です。監督は『タクシードライバー』の脚本を書いたポール・シュレイダー。この個性が、ただのホラー映画と片付けられない空気感の映画を生み出していくのです。

その空気感を支える音楽がジョルジオ・モロダー。1978年『ミッドナイト・エクスプレス』でアカデミー賞を獲得したイタリア人のシンセサイザー遣いにして、数多のポップミュージックでチャートを独占したヒットメーカーです。その太いアナログシンセの通奏低音と走り出すリズムトラックがカッコいいのです。この年は『ブレードランナー』(1982)のヴァンゲリスといい、映画音楽にシンセサイザーが有機的に用いられるようになった年だったような気がします(それまでも使われていたけど、やはり実験的な印象でした)。後のハロルド・フォルターメイヤーやハンス・ジマーに連なるサウンドスタイルの原点がここにあります。ちなみにそんなジョルジオを起用したのは、まだプロデューサーになって間もないジェリー・ブラッカイマーでした。

そして恋をして結ばれると豹に変身して相手を喰らう猫人間に、『テス』(1979)『ワン・フロム・ザ・ハート』(1981)でトップスターに登り詰めたナスターシャ・キンスキー。その同族にして、偏執狂的に妹に付きまとう兄が『時計じかけのオレンジ』(1971)のマルコム・マクドウェル。

注目される特殊メーキャップエフェクトは、『猿の惑星』に参加した後、70年代の動物パニック『吸血の群れ』(1972)や改造人間がいっぱい出てくる『ドクターモローの島』(1977)を手がけたトム・バーマンが担当。人間の皮膚を破って黒豹が現れるんだけど、その直前でナスターシャのおっぱいがヒューって引っ込んで(もちろん作りもの)、苦しむ顔面の皮膚が半透明でプルプルした感じになって、それが和菓子屋に置いてある夏の風物詩くず饅頭にそっくりなんですけど、そんなの日本人にしかわからないか。

途中で豹になったまんま戻れなくなって動物園の檻に入れられた兄貴(黒豹)にちょっかい出した飼育係の腕が、豹に噛まれて引きちぎられるというなかなかのショックシーンがあるんですが、ちぎれた腕の断面からなんだかよくわかんないけど、腱みたいな白い筋なのか神経なのかが、肩口と腕の間でびろーんと伸びるんですよ。それがすごく痛そうで本当にそんなことになるかわからないけど、そのひと手間がすごく好きでした。

『キャット・ピープル』の当該シーン
© Mary Evans/amanaimages

期待していた変身イメージのもの足りなさを補って余りあるほど、映像イメージや音楽や演出が醸し出す大人の罪深さに酔いしれた映画だったのです。
そんな『キャット・ピープル』の公開は、前回紹介した『ファイヤーフォックス』(1982)と同じ1982年7月17日。この日にはもう1本忘れることのできない、あの映画が公開されたのでした…。(つづく)

『キャット・ピープル』(1982) Cat People 上映時間:1時間58分/アメリカ
監督:ポール・シュレイダー
出演:ナスターシャ・キンスキー、マルコム・マクドウェル他

© Mary Evans/amanaimages

1942年の同名映画のリメイク。愛を交わすとネコ科猛獣に変身し、相手を殺さなければ人間の姿に戻れない“キャット・ピープル”一族。自分がその末裔であると知らず、孤児として育てられたアイリーナ(キンスキー)は、兄(マクドウェル)と巡り会い、共に暮らすことに。が、心に育ち始めた初めての恋が、悲劇をもたらす。
ナスターシャ・キンスキーの野性的な美貌、飛躍的進化を遂げたメーキャップ技術による変身や流血シーンのリアルさなどがあいまって、妖しい魅力を放つエロティック・ホラー。
デヴィッド・ボウイが歌った主題歌も話題に。

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