「職場がゆるくて不安」不満型転職から不安型転職へ。会社を辞める若者たちが抱える新しい不安の正体とは
集英社オンライン / 2023年3月14日 11時41分
現代の若者たち(特に2010年代後半から新入社員として働いている人々)が置かれている状況を正確に伝えた一冊、『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』(中公新書ラクレ)から、若者たちが抱える不安の正体について、一部抜粋し紹介する。(サムネイル、トップ画像/撮影◎中央公論新社写真部)
若者の「不安」の正体
2015年の若者雇用促進法や、2019年の働き方改革関連法により、2010年代後半以降に入社した新入社員の職場環境は、特に現在管理職にあたる40~50歳代が入社した環境とは全く異なるものになっている。
言うまでもなく、労働時間の削減や厳しい職務内容の低減など、明らかに働きやすくなっているのだ。当然離職率は下がるものだと考えられるが、驚くべきことに離職率は年々上がり続けている。
なぜ職場環境が良くなっているのに若者たちの離職率は下がらないのか、彼らが何に不安を感じているのか、大手企業の新入社員を取り巻く職場環境が変化している可能性について、調査結果から整理した。
結果として明らかになったのは若者たちの認識上、現在の職場環境については「比較的負荷が低く、職場環境もサポーティブで、想像を悪い方向へ裏切られることも少なく、会社のことは以前の新入社員より好き」であるという相対的傾向が見られる。
こうした結果は、なぜ新入社員の36.4%が「ゆるい」と感じているのかという疑問に対して、その理由を饒舌(じょうぜつ)に述べその実像を明らかにしている。
加えて判明したのは、大手企業の新入社員の多くが同時に「ストレス実感は決して低くなく、自分は別の会社や部署では通用しなくなるのでは、などの"不安"を抱えている」ことだった。
「ゆるい」のに「不安」、という状況が矛盾しているように感じられるだろう。しかし、職場を「ゆるい」と感じている大手企業の新入社員の方が自身のキャリアの不安を感じているという明確な関係も発見されているのだ。
職場の「ゆるさ」が生んでいる不安の代表例としてひとつの集計を掲示したい(図1)。
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図1 「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」割合(職場の「ゆるさ感」別)
※リクルートワークス研究所「大手企業における若手育成状況調査」(2022年)。
「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」という項目に「強くそう思う」「そう思う」と回答した者の合計は、職場を「ゆるいと感じる」と回答した新入社員が非常に高い結果となり、合わせて62.6%に達している。
特に、「強くそう思う」については23.7%であり、圧倒的に高い割合である。このように、職場のゆるさは新入社員のキャリア不安に直結している。
ただしゆるいと感じている新入社員はその会社のことが嫌いというわけではない(図2。「ゆるい」と感じている職場は、上司・先輩の支援が手厚く、労働時間が短く負荷が低い傾向が見られるため、当然と言うべきかもしれない。
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図2 職場の「ゆるさ感」別所属企業の評価点(10点満点)
10点満点での自社の評価点を出してもらい、職場に対するゆるさ感別に平均点を示すと、最も評価点が高いのが「ゆるいと感じる」新入社員である。
著しく労働環境・条件が悪い回答者が一定数含まれると考えられる「ゆるいと感じない」が一番低いことも頷けるが、いずれにせよ成長できるかどうかと会社が好きか嫌いかは全く別であることが、若者の現状への理解を非常に難しいものとしている。
不満型転職から不安型転職へ
こうした若手の厄介な状況は実は非常にシンプルな図式で整理できることを、本章の多くの調査データの最後に示そう。職場を「ゆるい」と感じている新入社員が、離職意向が強いという事実である。
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図3 「ゆるい職場」と就労継続意識(%)
図3からは次のことがわかる。
① 現在の会社との関係を2,3年程度の短期的なものと最も考えているのは、職場が「ゆるいと感じる」新入社員である。「すぐにでも退職したい」が16.0%、「2,3年は働き続けたい」に至っては41.2%に達しており、合わせて57.2%がごく短い期間の在職イメージしか持っていない。
② 「すぐにでも退職したい」については、職場を「ゆるいと感じない」新入社員が最も高く、29.7%であった。これはいわゆるブラック企業、労働環境・条件の良くない状況で働いている新入社員の意向が反映されているものと考えられる。
③ 「2,3年は働き続けたい」については、職場が「ゆるいと感じる」新入社員が最も高く、実に41.2%に達している。
なお、全体では、16.2%が「すぐにでも退職したい」、28.3%が「2,3年は働き続けたい」、15,6%が「5年は働き続けたい」、13,7%が「10年は働き続けたい」、5,4%が「20年は働き続けたい」、20,8%が「定年・引退まで働き続けたい」と回答していた。
全体の結果でも44,5%が「すぐにでも」「2,3年程度で」退職したいと答えており、こうした流れは終身雇用への信用とそれを前提に就職するという認識が大手新入社員のなかで既に崩壊したということを示している。
そして注目すべきは、このなかで、職場が「ゆるいと感じる」新入社員では、合わせて57.2%が「すぐにでも」「2,3年程度で」退職したいと、その数字が跳ね上がることである。
つまり全体を総合すれば、「会社のことはゆるくて好きだが、キャリアは不安なので、退職を考えている」という若手の存在が浮かび上がる。「職場がきつくて辞める」者のグループも存在しているが、現代における新しい状況は「職場がゆるくて辞める」というグループを生み出したのだ。
私はこの「職場がゆるくて辞める」状況を、「不満型転職から、不安型転職へ変わった」と理解している。データからは不満は相対的にはかなり減少していると言って良いだろう。そもそも不満の源泉になってきた、職場環境や上司との関係性による負荷、労働時間の長さなどは相当程度改善されたことは明らかで、リアリティショックも低減している。
このため、若手になればなるほど、初職の企業への評価点が上昇している傾向があることはすでに示した通りだ。かつての日本企業で当たり前にあったネガティブな感情、会社や職場への「不満」はなくなりつつある。しかし問題は、「不安」が高まっているということであり、特にキャリア不安にその源泉がある可能性はすでに指摘した。
これが、職場が嫌で上司と合わないことが「不満」で転職する不満型転職から、不安型転職へ変化していると言った現状である。
不安をどうマネジメントするか
「不満」をマネジメントするのは実は簡単だった。会社や上司に対する不満を晴らすためには、同僚や同期と飲みに行って愚痴を言い合えばたちまちその何割かは解決していたかもしれない。
はたまた、上司や先輩が不満を抱えていそうな部下を察して「一杯いくか」と1対1で飲みに行き、腹を割って話せば、若手の悶々としていた悩みもどこかへ行ってしまっていたかもしれない。
上司の指示や叱責が理不尽で納得がいかなくて、それでも飲み込んで働いている若手にはこうした機会こそが解決手段となりえた。
深夜土日まで自分だけが残業して不満を溜めていても、上司から「見てるぞ」「頑張ってるな」と言われればその一言で震えるほど嬉しかった、という経験がある読者も多いのではないか。
しかし、「不安」、特にキャリアの不安は別だ。
この職場で仕事をしていたら転職できなくなっていくのではないか、同世代と比べて差をつけられているのではないか。こうした不安を抱えている若手がいるとしよう。
上司が一緒に飲みに行く、というこれまでの不満解消手段は何の役にも立たないと想像できる。
同僚と愚痴りあって飲み明かしても、今日もまた3時間もいつもと同じ話をしてしまった、と非生産的に感じるだけであろう。
また、上司から「見てるぞ」と言われたところで、その瞬間は嬉しいだろうが、上司が少し見て評価してくれたところで、労働市場における自分の価値が上がるわけではない。
不満解消型のマネジメント・コミュニケーションは、このキャリア不安の問題に対して何の有効性もない。
企業や上司には、若手のキャリア不安をいかにして解消するのか、というこれまでに日本企業が直面したことのない新たな課題が発生しているのだ。
ロールモデルになりえない上司・先輩
前述したように、大手企業における大卒新卒の早期離職率は近年、決して下がってはおらずむしろ上がっていた。そしてその原因はキャリア不安が高まるなか、それを放置せざるをえない組織側にある。
ただ、若手のキャリア不安を現場の管理職層がマネジメントできないことの原因は、管理職層のマネジメントスキルを上げられないからだ等という単純な話ではない。
そもそも、上司が若手のロールモデルになりえないという構造的問題に一因があるためだ。本書でもたびたび例に出しているが、今の40、50歳代の大手企業管理職層の新入社員時代の職場環境と、現代の「ゆるい職場」では笑ってしまうほどの違いがある。
管理職層の新入社員時代の話を聞いても、「また武勇伝か」くらいにしか感じられない若手のことを誰が責めることができようか。
事業部対抗野球大会があり、日曜日に練習をし、「遊びじゃねーんだよ! これで仕事を学ぶんだよ! と真剣に怒られた」(大手総合電機メーカー、50代)といった話を聞いた若手が、おとぎ話の類だと感じることを誰が否定できようか。
当時と今とでは職場環境が違いすぎ、その若手時代の成長過程をストレートに参考とすることはほとんど不可能だろう。
さらに、企業との関係性を短期的なものとして考える若手にとっては、その会社一筋で出世してきた人の多い大手企業の管理職層は自分の職業人生のモデルとはなりづらい。
実際に新入社員に「ロールモデル」の話を聞くと、驚くほどにみな、数年程度年上、特に2,3年上の社員の話をする。会社の採用パンフレットでもエース級と目される部長や課長のキャリアパスも掲載している企業が多いが、実はあまり読まれていないのだ。
最後に、ライフスタイルの考え方の違いも大きい。先述の調査で若手に「プライベートを大事に生活したい」か「仕事をメインに生活したい」か問うたところ、前者が68.7%と3人に2人以上であった。
現代では性別に関わらず、仕事は人生の一部分に過ぎないという認識は若手の普遍的な価値観となっており、「黙って職場の上司のやり方についていこう」とはならない。
育つ環境が違いすぎ、2,3年上をモデルとし、ライフスタイルの考え方も違う。もはや上司・先輩は、若手のロールモデルにはなりえないのだ。
文/古屋星斗
ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由
古屋星斗
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/03/09022526292971/400/3127_002.jpg)
2022年12月8日発売
990円
新書版 256ページ
978-4121507815
「働きやすい会社」を、なぜ若者は辞めてしまうのか?
新時代の、若者・仕事・日本社会を紐解く――
「今の職場、“ゆるい”んです」「ここにいても、成長できるのか」。そんな不安をこぼす若者たちがいる。2010年代後半から進んだ職場運営法改革により、日本企業の労働環境は「働きやすい」ものへと変わりつつある。しかし一方で、若手社員の離職率はむしろ上がっており、当の若者たちからは、不安の声が聞かれるようになった――。本書では、企業や日本社会が抱えるこの課題と解決策について、データと実例を示しながら解説する。
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