BTSや『愛の不時着』は“お守り”として消費されている!? 消費市場から眺める韓流カルチャーが“未来の保証”を提供し続けている意義とは
集英社オンライン / 2023年3月15日 17時1分
近年、ドラマ やファッション、美容やグルメなど10代、20代の消費者にとって「韓国」は最新トレンドであり、憧れの対象になっている。一体なぜなのか。消費社会における“韓流”の正体とその秘密に迫る。〈後編〉
優秀さに対する不安
#1で論じた様に、韓流文化を好む層には、フェミニズムからしばしば批判を受けてきたポスト・フェミニズム的な主体としての面を少なくとも垣間みることができたが、韓流ファンの多くをポスト・フェミニズム主体とみなすことには、いくつかの留保が必要である。
第一に韓流ファンと「日本のドラマや映画をよく見る」層や、「アニメを見るのが好き」な層とあいだに対照的な関係を先に想定したが、それは絶対的な差とはいえない。たとえば友人の多さや流行に対する敏感さ、家の外で女性は働くべきとみなすことなどにおいて、実は「日本のドラマや映画をよく見る」層や、「アニメを見るのが好き」な趣味を持つ人びとも、平均と比べればより積極的な、いわばコミュニカティブな傾向を示しているのである。
このように違いがあくまで相対的であることは、ある意味では当然である。現在の文化摂取は階層分断的に行われているのではなく、より多くの収入や教養を持つ者がより多様な嗜好を示すという文化的雑食性(オムニボア)を強調する見方がある。
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ひとつの文化に精通できるのはそれだけの経済的、社会的な資源を持っているからとすれば、そうした人びとが別の趣味に通じている可能性も高い。韓流ファンも大きくみればこうした文化的優越者のグループに含まれていることを前提として考えておく必要がある。
この場合、先にみたポスト・フェミニズム的な傾向も、韓流ブームの愛好者にかぎられない、文化的な商品を愛好する者すべてに共通する傾向である可能性をあわせて考えておかなければならないだろう。
一方、より細かくみれば、韓流ファンの内部にも分断がある。「韓国のドラマや映画をよく見る」層と、「K-POP(韓国のポピュラーミュージック)が好き」な層には差がみられ、単純化すれば、前者は20代、30代を中心としたより年長の集団で自己に対する信頼が強いのに対し、後者はより若年層を中心として、一般的な日本のドラマや歌を好む層により近い。後者の層にとって、韓流文化は日本の文化とより地続きにあり、だからこそ他の音楽やドラマのファンとしばしば共通する傾向をみせるのである。
韓流ファンの自信は“学歴や収入などの優位性”で
裏付けられていない
最後にこれがもっとも重要な点だが、韓流ファンがたしかに自分にある種の自信を持っているとしても、それがはっきりとした学歴や収入などの優位性によって裏付けられているわけではないことである。
たしかに「韓国のドラマや映画をよく見る」層と、「K-POP(韓国のポピュラーミュージック)が好き」な層では、最終学歴が大学以上の者はそれぞれ43.1%、42.4%で平均の42.1%を超えており、また収入でも高収入層(世帯年収が800万円以上)の割合が平均の20.6%を上回っている(それぞれ25.4%、25.5%)。しかしこれらの多くは有意な差ではなく、また逆に小中学校を最終学歴とする者や、低収入層の割合は他と比べてむしろ多くなっていることにも注意する必要がある(表4)。
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表4 韓流ファンの学歴・経済状況(%) **は1%以内、*は5%以内で有意 上位2つの数値に色付け
こうした現象はひとつには韓流ファンになお学校に通うような若年層が多く含まれているために生じているとみられるが、ただしそれを含めて、韓流ファンが少なくとも現時点で学歴や収入においてはっきりと恵まれているわけではないことは事実だろう。
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もちろん若年層にとって多くの場合、「世帯年収」は自分の収入を示しているわけではない。ただし「家族を気にせず自由に使えるお金」をみても、アニメファンやJ-POPファンとは異なり、格別、有利な状況にあるとはいいがたい。
この意味で韓流ファンは自分自身の能力や容貌に自信を示すことが多いが、その根拠は不確かといわざるをえない。将来はいざしらず、現時点で彼女たちは、学歴や収入などによってその優秀さを目に見えるかたちで保障されているわけではない。その意味で韓流ファンは不安な主体といわざるをえない。
彼女たちは自分が他人より優れている、あるいはそうであるはずと考えているのだが、外からみるとその根拠は曖昧で、だからこそ自分の優秀さをどうにかして証明する必要に駆られがちなのである。
日本市場の外部
しかしだからこそ韓流文化は熱狂的に受け入れられているのではないか。考えてみなければならないのは、韓流文化が、現実の社会では確固たる基盤をみいだせない人びとの自信を補い、鼓舞し、勇気づけ、男たちと対等に生きることを促す力になっている可能性である。
この場合、韓流文化はたんに勝者の文化とはいえない。消費者であることを望みながら、かならずしも自分がそうである確証を持たない人をエンパワーメントする商品としてそれは受け入れられている可能性が強い。そうであればナショナルな枠組みを超えて、あえて韓流文化が摂取されていることにも一定の説明ができる。
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かならずしも高い教育を受けず、豊かではないにもかかわらず、自分に対する自信を持ち、男女が対等であると信じる韓流ファン的女性たちに、この国の市場ははたして充分に商品を供給してきたといえるだろうか。
そもそも市場は豊富な消費力を持っている者に多くの商品を供給するシステムとしてある。だからこそ、たとえば近年の経済的停滞のなかでも、まだなお比較的購買力を維持する単身的な男のオタクたちのファンタジーを満たす商品が豊富に供給されてきたのである。
他方、アニメファンやJ-POPファン以上に外で働くことを欲し、自分に自信を持つような女性たちをエンパワーメントするための商品がこの国で豊富につくりだされてきたようにはみえない。
経済不況に加え、ジェンダー的な構造、さらには現在50歳前後の団塊ジュニア以降で顕著に進んだ少子化が、そうした女性たちが市場で大きな力を発揮することを阻んできたためである。だからこそそれを補うものとして、韓流文化が見出されたという仮説をここでは立てておきたい。
経済的な不遇や少子化を前提として、女性が女性として強く、または屹然と生きていくことを勇気づけるファンタジーを近年の日本社会は充分深く、また多様に供給できてこなかった。その穴を満たす文化的商品――韓流コスメなどのより機能的な商品も同じだが――をいち早く提供することで、韓流文化は熱狂的に受け入れられてきたとみられるのである。
新大久保の可能性
もちろんこうした仮説は、ではいかなる文化がいかに消費されているのかを具体的に調べることによって裏付けられなければならない。
『愛の不時着』のセリや『椿の花咲く頃』のドンペグ、『賢い医師生活』のソンファたちが、いかにあらたな職業生活や男女関係を生きるように勇気づけ、促していたか。またBLACKPINKを代表とする女性アイドルたちがいかにガールクラッシュと呼ばれるような男性に媚びない生き方を示し、BTSを代表とする男性アイドルたちが、自分らしくいることを擁護する主体としていかに男性像をバージョンアップしてきたのか。
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たとえばそれらのそれぞれについてまずは具体的に、またできるだけ丁寧に調べる必要がある。そうすることで韓流文化がいかに日本、あるいはグローバルな文化の空白を埋め、どこを更新したもより詳しく理解できるようになるだろう。
その作業はここでは手に余るが、だとしてもなお、これまで日本の若年女性たちにあたえられてきた商品の量と質の幅をはみ出すドラマやエンタメを、韓流文化が多様かつ大量に提供し続けていることの意義はやはり確認しておきたい。
それは男と対等に渡り合いながら、恋愛や家庭関係においてのみならず、職業生活においても成功していく女性たちの姿を次々とみせてきた。予定調和的といえばいえるだろうが、理解のある男性との遭遇やありえないような幸運によって恋愛も仕事での成功も手に入れる女性たちを、韓流文化はくりかえし描き、それを日本の若年女性たちは自分の未来を保証するものとして、お守り的に消費してきたのである。
もちろんそうして明るい夢が次々と提供されてきたそもそもの背景には、韓国社会の厳しい現実があることも忘れてはならない。Kドラマが描き、K-POPのアイドルが体現する「成功」は、あくまで代償的な夢としてあるにすぎないのではないか。格差の増大、競争の激化、男女の不平等の残存、結果としての少子化といった日本以上に厳しい韓国社会の問題が、よくみればたしかにそこには暗い影を落としている。
日本で、または世界中でそれを享受しているわたしたちのような消費者が、どこまでそうした事情を理解しているのかにはたしかに疑問が残る。韓国の文化を「誤解」し、勝手な理想を投影しているという面が、「韓流」ブームにはやはり拭いがたいのである。
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それでなお文化の「理解」とはつねに「誤解」の積み重ねであり、そのくりかえしのなかで韓流文化が、日本社会が十分に育んでこなかった可能性を垣間見せてくれていることの意味を無視してはならないだろう。ジェンダー的、購買力的に閉じられた国内市場という囲いを飛び越え、男女や貧富や国籍や年齢を超え、対等な関係を築き何とかやっていく――『賢い医師生活』や『椿の花の咲く頃』、『愛の不時着』、『わたしのおじさん』にそれぞれ示されていたような――可能性を、韓流文化は手に届くかのようなかたちでみせてくれているのである。
だとすれば韓流文化に憧れ、新大久保を闊歩する女性たちの姿をひとつの希望と捉えることもできるのかもしれない。そこでみられている夢の多くが都合の良い絵空事で、そもそも個人で小さな幸福を手に入れるという望みそのものが、社会を変えることをむしろ遠ざけていると批判する者もいるだろう。それはたしかにそうだとしても、ある集団として夢見られた個人の夢と挫折が積もり積もっていくことで、これまで以上にましな社会がつくられていく可能性こそ、私には賭けるに値するもののように思われるのである。
文/貞包英之
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