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原宿から移住してきた二人のセンスに魅了される喫茶ギャラリー「アピスとドライブ」の心地よいこだわり

集英社オンライン / 2023年3月24日 14時0分

鎌倉で育ち、今も鎌倉に住み、当地を愛し続ける作家の甘糟りり子氏。食に関するエッセイも多い氏が、鎌倉だから味わえる美味のあれこれをお届けする。今回は佐助にできた、とびきり居心地のいい喫茶ギャラリーを。

原宿から鎌倉に移住してきた二人が始めた喫茶ギャラリー

銭洗弁天や佐助稲荷神社がある佐助は鎌倉の古い街並みが残る地域。目抜通りは観光客が多いが、落ち着いた雰囲気の住宅地だ。目抜通りのクラシックな洋館「青葉寮」の角を曲がった先の、ゆるやかな坂道に「アピスとドライブ」はある。

ここは原宿から鎌倉に移住してきたコピーライターとアートディレクターの夫婦が「純粋によいと思えるもの」「手仕事に共感したもの」を集めたセレクトショップ兼喫茶ギャラリー。二人のこだわりを集めた空間などというと何やら大げさに聞こえるが、そのこだわり方の肩の力が抜けていて居心地がいい。供される器はもちろんコップもカトラリーも、壁の材質も、飾られている草花も、お化粧室の鏡や石鹸も、隅々までセンスがいい。



店の手前が物販、奥が喫茶スペースになっており、ガラス扉の向こうには庭そして竹林が広がる。この店のほど近くに母の友人の家があって、そこのお宅も庭の向こうは広い竹林だ。毎年春になると筍を掘らせてもらうが、ここの筍が一番おいしいので、きっと「アピストライブ」の筍もおいしいに違いない、なんてことを考えながら席に着く。

座るとまずお水か白湯かを聞かれ、私は必ず白湯を選ぶ。聞き耳を立ててみれば、他の客もほとんど白湯と答えている。白湯のやわらかな感触で舌も味覚もリセットされ、お湯ってこんなにおいしかったっけ?と口にする度に思う。

私の一押しのメニューは「デニッシュあんトースト」だ。さくさくした食感のデニッシュに甘すぎない粒あんがたっぷり塗られ、上からふんわりと生クリームがかけられている。生クリームが溶けないうちに急いで食べなければならないのが、返って楽しい。
最近よく見かけるあんバタートーストは「あんとバターとトーストを別々に食べている感じがして」、これを思いついたという。デニッシュを探しに探し、試行錯誤してレシピが誕生したそう。あくまでも軽さを追求した「デニッシュあんトースト」は、ありそうでなかなかない。
私はしっかりあんこやバターを噛み締めるあんバタートーストも好きだけれど、これには真逆の醍醐味がある。

九州の湯布院で焙煎されたというコーヒーは取手のない生成り色のカップで供される。鈴木環さんのピジョンカップという器で、手のひらですっぽり包み込むのにちょうどいい大きさと形である。コーヒーの味わいが先に出された白湯と同じようにやわらかなのは、焙煎や淹れ方だけでなく、この器の効果もあるように思う。

コーヒーを味わいながら、見上げてみると吹き抜けの壁には天窓からの陽光が長方形に映し出されている。それが時々かすかに揺れたりするのを眺めていると、心がほどけてくる。鎌倉らしい時間の過ごし方だなあと思う。

統一感があるのは、選択眼がぶれていないからだろう

ここは光を楽しむ空間でもある。
店内には、わざわざ見に行くべき照明が至るところに効果的に配置されている。葡萄を思わせるアンティークのライトだったり、竹細工で作られた作家ものだったりさまざまで、中には買えるものもある。
美術家の上岡ひとみによる和紙の照明は、和紙も自然のものなのだと再確認させてくれる。彼女の月を思わせる丸い照明は明日にでも購入を考えるぐらい気に入ってしまった。

人気のランチメニューは三陸・雄勝の牡蠣カレー。濃厚トマト味とココナッツミルク味の2種類がある。一年じゅう獲れるという四季牡蠣を使った無添加で、味の監修はスパイスハンターのシャンカール・ノグチ氏というこだわりようだが、黒いオーバル型の器にもこの店らしい個性が感じられる。その黒がしっとりとした色合いでエレガントなのだ。

宮城の伝統工芸「雄勝硯」を釉薬に使っていると聞いて、納得した。黒い器はアグレッシヴ過ぎて、肝心の料理が映えないのではという私の偏見を見事に打ち砕いてくれた。「黒照:クロテラス」というブランドの「アピスとドライブ」のオリジナル商品で、これも買うことが可能である。

ここには、器、照明、缶詰、クッキー、ケーキ、シャツ、バッグ、化粧品、ほうき、しゃもじ、蝋燭、などなど、暮らしにまつわるあらゆるものが並べられている。着物の端切れで作られた人形や本、アートなどもある。こんなに多方面に渡っているのに統一感があるのは、選択眼がぶれていないからだろう。

その店の個性は化粧室に現れると何度も書いてきたけれど、ここの化粧室の鏡もティッシュケースも石鹸もすべてがすてきなので、用がなくても用を足しにいってほしい。

ちなみに、店主は学生時代に原宿のセントラルアパートにあった「レオン」の系列店でバイトをしていたそうだ。「あんなお店になられたらいいなと思っています」とのこと。原宿のレオンといったら当時のクリエーターの溜まり場だった“伝説の喫茶店”である。青山通りに系列店があったことは知らなかったが、鎌倉の佐助に「レオン」みたいな空間があったら、そりゃあおもしろいだろう。期待したい。

写真・文/甘糟りり子

鎌倉だから、おいしい。

甘糟 りり子
原宿から移住してきた二人のセンスに魅了される喫茶ギャラリー「アピスとドライブ」の心地よいこだわり_10
2020年4月3日発売
1,650円(税込)
四六判/192ページ
ISBN:978-4-08-788037-3
この本を手にとってくださって、ありがとう。
でも、もし、あなたが鎌倉の飲食店のガイドブックを探しているのなら、
ごめんなさい。これは、そういう本ではありません。(著者まえがきより抜粋)

幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける著者が、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集。
お屋敷街に佇む未来の老舗(イチリンハナレ)、自営の畑を持つ野菜のビーン・トゥー・バー(オステリア・ジョイア)、カレーもいいけれど私はビーフサラダ(珊瑚礁 本店)、今はなき丸山亭の流れをくむ一軒(ブラッスリー・シェ・アキ)、かつての鎌倉文士に想いを馳せながら(天ぷら ひろみ)……ガイドブックやグルメサイトでは絶対にわからない、鎌倉育ちだから知っているおいしさと魅力に出会える1冊。
素材が豪華ならいいというものでもない、店の内装もまた味わいの一端を担うもの、いいバーとバーテンダーに出会う喜び……著者自身の思い出や実体験とともに語られる鎌倉のおいしいものたちは、自然と「いい店」「いい味」ってこういうことなんだな、という読後感をくれる。
版画のように精緻なタッチで描かれた阿部伸二によるイラストも美しく、まさに読んでおいしい、これまでなかった大人のための鎌倉グルメエッセイ。

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