「世の中には、生きたいのに死んじまうヤツがゴマンといる。死んでもいい覚悟なんていらねぇんだよ」数えきれないほどの傷を負ってきたプロレスラー葛西純がデスマッチで闘い続ける執念
集英社オンライン / 2023年4月1日 11時1分
流血、凶器、生傷、そして生死…プロレスのデスマッチは様々な戦慄と衝撃を観客に与える。そこにあるのは、「死」をも連想させる過激な闘いだが、今デスマッチで闘い続ける一人のカリスマの言葉がファンの心を大きく揺さぶっている。(全3回の1回目)
デスマッチのカリスマ
そのレスラーの名前は葛西純。1974年9月9日、北海道帯広市で生まれた葛西は、1998年に「大日本プロレス」に入門した。デビュー2年目からデスマッチで頭角を現し、一気にトップ戦線へ駆け上がったが、2003年7月に橋本真也が率いる「ZERO-ONE」へ移籍。
一時的にデスマッチから遠ざかったが2005年2月に同団体を退団すると再びデスマッチへ突き進み、2009年8月から「プロレスリングFREEDOMS」に所属し、カリスマ的な人気を得ている。
身長173センチ、体重88キロと小柄な体格の48歳は、猿を思わせる愛らしい風貌とは裏腹にゴングが鳴れば、蛍光灯、画鋲、カミソリ…目をそむけたくなるような凶器に飛び込み、6メートルの高さからダイブするなど常識では考えられない闘いに突っ込む。全身に無数の傷を負いながら過激なデスマッチに挑むその姿は、ファンの圧倒的な支持を集める。
さらに2021年5月にはレスラー人生を描いたドキュメンタリー映画『狂猿』(川口潤監督)が公開されるなど、プロレス界の枠を飛び越えて多くの人たちの心をつかんでいる。
その「デスマッチのカリスマ」がプロレスにかける自らの魂を激白したのが昨年9月12日、国立代々木競技場第二体育館で行われた新日本プロレスのジュニアヘビー級でトップ選手のエル・デスペラードとの一戦だった。
「死ぬ覚悟」なんて言っちゃいけない
反則なし、自由に凶器が使える「ノーDQデスマッチ」でデスペラードに敗れた葛西は、試合後、マイクをつかんでデスペラードに語りかけた。
「お前よ、オレッちと試合をする前に、こう言ってたな? 『燃え尽きて、死んでもいい覚悟でリングに上がる』ってよ。バカ野郎!
世の中には死にたくて死ぬヤツなんていねぇんだよ。生きていたいのに、死ななきゃいけねぇヤツ、生きたいのに死んじまうヤツがゴマンといるんだよ。お前みたいに最高の人生を送っているヤツが死んでもいい覚悟でリングに上がるなんて言うなよ! 俺たちは死んでもおかしくねぇリングに上がって、生きて生きて生きてリングを下りなきゃいけねぇんだろうが!
死んでもいい覚悟なんて捨ててしまえ! 死んでもいい覚悟なんていらねぇんだよ。そうすれば、お前はもっと強くなる」
精魂尽き果てた試合直後、コーナーに座り込み、血まみれになった全身から葛西は言葉を振り絞った。あれから半年あまり。葛西はメッセージの真意をこう明かす。
「常日頃から自分は『死ぬ覚悟』とか言うヤツは、カッコつけのような中身のないヤツだと思っているんです。なぜなら、あらゆることに恵まれたこの時代にこの国に生まれてきた人間が死ぬ覚悟なんて持てないし、持っちゃいけないんですよ。
しかも、我々みたいに好きなことをやってお金をもらっている人間がリング上で危険なことをやっているとはいえ、死ぬ覚悟なんて言っちゃいけないんです」
「生きて帰ることがデスマッチ」
おびただしい血を流し、凶器攻撃を真っ向から受け止めるデスマッチ。ある意味、倒錯した異常な空間は観客に「死」を連想させる。だからこそ、葛西はひとつの覚悟を持ってリングに上がる。
それが「生きて帰ることがデスマッチ」という哲学だ。
「デスマッチって非日常じゃないですか。だけど、非日常は日常の中にはいらないんです。血を流して命を落としかねないことをやるのはリングの上だけでいいんです。そんなものは日常にはいらない。血を流すのはリングの中だけで十分。そして、プロレスラーそのものが非日常でスゲェ存在じゃなきゃいけない。
俺っちは、その非日常のリングから生きて日常に帰った時にはじめて、客に『葛西純はスゲェー』って思わせることができるって思っているんです。死ぬかもしれないと客が思ったリングから生きて帰るからプロレスラーは超人なんですよ。だから『死ぬ覚悟』なんて俺っちにはないし、そんな言葉はカッコつけなんですよ」
葛西は、デスマッチという非日常で生きる素晴らしさ、命の大切さを訴えているのだ。そして、デスペラードに葛西は自らの魂を伝えたかった。団体も違えば、年齢もキャリアも下のデスペラードにそれほどまでに思い入れを持ったのは、対戦に至るまでのドラマがあった。
葛西とデスペラードは、2019年5月7日に後楽園ホールで初めて一騎打ちで激突した。凶器が飛び交う白熱の攻防だったが、葛西の顔面パンチでデスペラードは顎を骨折し、長期欠場に追い込まれた。アクシデントとはいえ、対戦相手を欠場に追い込むほどの重傷を負わせることはプロレスでは御法度だ。
葛西は自らを責め、試合から1か月後、顎の手術で入院しているデスペラードを謝罪の思いを込めて見舞った。
「俺っちと会うなりデスペに文句を言われたらどうしようと思いながら見舞いに行ったんです。それで病室で『悪かったな』って謝ると、彼は『俺は葛西さんと一騎打ちできたので十分なんです。試合は欠場しましたけど、それは全然、比になりません。それぐらい葛西さんとやれてよかった』と言ってくれたんです。その言葉で俺っちは救われました。
年下でキャリアも下だけど人間としてすごい、尊敬できると思いました。だから、この3年間、いつか彼と試合をしたいと思っていたんです」
対戦相手も観客も視聴者も号泣
顎を砕かれても葛西と対戦できた喜びを明かしたデスペラード。そんな男気に葛西は惚れた。そして決まった再戦だったがデスペラードが戦前、東京スポーツの取材に「燃え尽きて死んでもいいくらいの覚悟でやる」とコメントをした。
「生きて帰ることがデスマッチ」を自らの魂に刻み込んでいる葛西にとってリスペクトしている男だからこそ「死んでもいいくらいの覚悟」の言葉に憤った。
そして試合の3日前となる9月9日に自身のツイッターにこの記事をリツイートし「葛西純の覚悟はデスペと真逆だ。葛西純は『デスペの心を折って、生きて帰る覚悟しかない』 どちらの覚悟が大きいのか? どちらの覚悟が正義なのか? 答えは12日にわかる」と綴った。
そして迎えた9・12国立代々木競技場第二体育館での再戦。試合には敗れたが、葛西はどうしてもデスペラードに伝えたかった。
「死んでもいい覚悟なんて捨ててしまえ!」と。
葛西のメッセージに覆面を引き裂かれ素顔になったデスペラードは号泣し、観客も涙を流した。
葛西は言う。
「負けたからこそ、まだまだ俺は伸びしろがある、頑張らないといけないと思える試合だった。何より俺っちの思いがデスペに伝わったことがうれしかった」
葛西にとってデスマッチは「生」と「命」の賛歌なのだ。そんな信念が芽生え、固まった試合が2009年、2012年にあった。
(#2へつづく)
「言葉はいらない」プロレスラー葛西純の生き様が刻まれた写真集(すべての画像を見るをクリック)
取材・文/中井浩一 撮影/下城英悟
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