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“リメイク” は常に爆死リスクと隣り合わせ。黒澤明の名作をカズオ・イシグロが蘇らせたイギリス映画『生きる LIVING』は、失敗か? 成功か?

集英社オンライン / 2023年3月28日 11時1分

アカデミー賞の主演男優賞と脚色賞にノミネートされた『生きる LIVING』は、黒澤明の不朽の名作『生きる』を蘇らせたイギリス映画。過去にリメイクされた日本映画を振り返りながら、本作の魅力に迫る。

”日本人の心”をイギリス映画はどう描いた?

オリジナル版で志村喬が演じた主人公に、イギリスの名優ビル・ナイが扮した
©Number 9 Films Living Limited

巨匠・黒澤明監督の名作『生きる』(1952)を元にした『生きる LIVING』(2022)が好評だ。先日授賞式が行われたアカデミー賞では、主演男優賞にビル・ナイ、脚色賞にノーベル賞作家のカズオ・イシグロがノミネートされた。リメイク作品としては、大健闘と言える。



オリジナルとの比較が宿命のリメイク作は、最初から分が悪い。
「オリジナルを汚さないで」とか「新鮮味がない」とか、とにかく爆死の危険性が高いのだ。

ましてや『生きる LIVING』のように“日本人の心”を描いて長年にわたり愛され続ける名作をイギリスに移して描こうというのだから、よほどの覚悟と勇気が必要だ。

しかし、少年のころにオリジナルを見たカズオ・イシグロは、「他人がどう思うかではなく、自分にとっての勝利の感覚を持つことが大切だという黒澤監督のメッセージ」を伝えたかったと、リメイクを提案。自らが脚色を担当し、構成とメッセージはそのままに美しくも深い味わい人間ドラマを完成させた。見事なお手並みだ。

ハリウッド・リメイクの難しさ

『イエロー・ハンカチーフ』左からクリステン・スチュワート、ウィリアム・ハート、エディ・レッドメイン
Everett Collection/アフロ

日本映画をベースにして作られるリメイクには、いくつかの傾向がある。
まずは、人生を振り返る『生きる LIVING』のように、シンプルなストーリー展開と家族、友人、恋人などとの絆や関係の再生を描く普遍的なテーマの作品。

別れた妻との再会を願う男と、見知らぬ若者の触れあいの旅を描いたロードームービー『幸せの黄色いハンカチ』(1977)を元にした『イエロー・ハンカチーフ』(2008)もそのひとつだ。

とはいえ、オリジナルの主演は寡黙で不器用で、男も惚れるいい男=高倉健。リメイク版ではオスカー俳優ウィリアム・ハートが演じているのだが、やっぱり健さんには届かない。もちろん、アメリカンテイストのロードムービーとしては楽しめるし、武田鉄矢の役を駆け出しのエディ・レッドメインが演じているのも先物買いで新鮮だった。けれど、やはり物足りなさは拭えなかった。

中年夫婦の倦怠期脱出のきっかけを社交ダンスにするという、新鮮なアイディアが日本でウケた『Shall Weダンス?』(1996)のハリウッド版『Shall We Dance?』(2004)は成功例。要因はキャスティングの豪華さだ。

『Shall We Dance?』主人公を演じたリチャード・ギア(右)とダンス講師役のジェニファー・ロペス
Collection Christophel/アフロ

もちろんオリジナルで地味な中年男を演じた役所広司も朴訥でステキだったけれど、シルバーグレイヘアになったギアさまの色っぽさも負けてはいなかった。加えて、当時バリバリに売り出していたジェニファー・ロペスがダンス講師を演じ、華やかなハリウッド映画へバージョンアップしたと思う。

ちなみに日本大好きなギアさまは、味をしめたのか『ハチ公物語』(1987)を元にした『HACHI 約束の犬』(2008)にも主演。一応、日米合作だし、ハートウォーミングな作風がお得意なラッセル・ハレストレム監督作だけど、残念ながら、亡くなった主人の帰りを待ち続けるハチ公の感動的な忠犬ぶりが伝わってこなかった。

『南極物語』(1983)をリメイクした同名作(2006)も、同じく散漫な仕上がり。極寒の地にやむなく犬を置き去りにする人間の苦悩と1年後の再会の感動ドラマだが、雪と氷河に覆われた極寒地の映像ばかりが目立って、犬と人間のドラマが希薄だった。

イギリス映画が体現した『生きる』への愛情と敬意

『The Ring』ではナオミ・ワッツ(左)が主演を務めた
Moviestore Collection/AFLO

その他、数多くリメイクされているジャンルといえばホラーだろう。中田秀雄監督の『リング』(1999)のヒットで日本にホラーブームが巻き起こり、その熱波は<ジャパニーズホラー>として海外にも波及した。

『リング』(1998)→『The Ring』(2002)、『呪怨』(2000)→『THE JUON』(2003)、『仄暗い水の底から』(2002)→『ダーク・ウォーター』(2005)、『着信あり』(2004)→『ワン・ミス・コール』(2008)などなど。

ジャパニーズ・ホラー独特のドロリと粘着質な恐怖が海外では新鮮だったようだけど、その粘ついた怖さを再現できていないリメイク作が多く、視覚的にハデになりがちでファンには賛否両論だったようだ。

こうしてチェックしてみると、日本映画のリメイクは多い。それはヒット作のネームバリューを見越してだったり、自分が心動かされた感動を変換して今に伝えたいという欲求だったり、動機は様々だ。

ただし、リメイクに手をつけるのならオリジナルへの愛情と敬意、新しい作品=別物を創るという志がなければ意味がない。
そして冒頭に紹介した『生きる LIVING』は、その鉄則をきっちり守っている。

『生きる LIVING』
©Number 9 Films Living Limited

オリジナルに敬意を払いつつ脚色をしたカズオ・イシグロの深く流麗なセリフ。
39歳のオリヴァー・ハーマナス監督の新鮮な感性。そしてなにより、オリジナルの志村喬にはなかった淡い色気を漂わせ、英国紳士を演じたビル・ナイのキャスティング。

原作を知らない若い世代の心にも響く秀作が誕生したのも、納得だ。



文/金子裕子

『生きる LIVING』(2022)Living 上映時間:1時間43分/イギリス

©Number 9 Films Living Limited

1953 年。第二次世界大戦後、いまだ復興途上のロンドン。公務員のウィリアムズ(ビル・ナイ)は、今日も同じ列車の同じ車両で通勤する。ピン・ストライプの背広に身を包み、山高帽を目深に被ったいわゆる“お堅い”英国紳士だ。役所の市民課に勤める彼は、部下に煙たがられながら事務処理に追われる毎日。家では孤独を感じ、自分の人生を空虚で無意味なものだと感じていた。 そんなある日、彼は医者から癌であることを宣告され、余命半年であることを知る。 彼は歯車でしかなかった日々に別れを告げ、自分の人生を見つめ直し始める。手遅れになる前に充実した人生を手に入れようと。仕事を放棄し、海辺のリゾートで酒を飲みバカ騒ぎをしてみるが、なんだかしっくりこない。病魔は彼の身体を蝕んでいく……。ロンドンに戻った彼は、かつて彼の下で働いていたマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)に再 会する。今の彼女は社会で自分の力を試そうとバイタリティに溢れていた。そんな彼女に惹かれ、ささやかな時間を過ごすうちに、彼はまるで啓示を受けたかのように新しい一歩を踏み出すことを決意。その一歩は、やがて無関心だったまわりの人々をも変えることになる。

3月31日(金)より全国ロードショー
配給:東宝
公式サイト:ikiru-living-movie.jp
©Number 9 Films Living Limited

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