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「拉致被害者3000人」「臓器のプライスリストも」コソボで起きていた“国家ぐるみの臓器密売犯罪”の闇

集英社オンライン / 2023年3月31日 7時1分

NATOがユーゴスラビア(セルビア)を空爆して今年で24年。08年にセルビアからの独立を宣言したコソボでは、以来、毎年3月24日はNATOの空爆を祝うべき日とされている。だが、このコソボでは国家ぐるみの臓器密売犯罪が、国連検事によって告発されていたにも関わらず長年に渡って野放しにされていたという。『コソボ 苦闘する親米国家』の著者でジャーナリストの木村元彦氏と歴史学者の藤原辰史氏が背景を語る。

「セルビア悪玉論」に覆い隠された不都合な真実

木村 藤原さんが書かれた『中学生から知りたいウクライナのこと』に、1999年3月24日から78日間行われたNATOのユーゴスラビア空爆をきっちりと批判している一文があって惹かれました。



「(NATO米軍は)ユーゴがアルバニア人に行っている弾圧や難民流出は人道的破局である、という論理で空爆を仕掛けました。しかし、この空爆は、セルビア系による民族浄化をかえって悪化させたと言われています。『人道のための軍事介入』や『平和維持活動』という冷戦終結後のNATOの論理が、今ロシアによって用いられていることを考えずにはいられません」と。

実際このユーゴ空爆は、米国が、調停案にユーゴ国内でのNATOの軍事活動を認めよという要求を入れて決裂させたもので、最初からコソボにおける基地駐留を目的とした、国連を無視した軍事介入でした。

しかし、同じ米軍が行った攻撃でもイラクやアフガニスタンへのそれと違って、世界中のほとんどの識者が反対するどころか、積極的な支持さえ表明していた。残念ながら、大江健三郎や、晩年は撤回したようですが、ギュンター・グラスといったノーベル文学賞作家も当初は賛意を示していた。逆にペーター・ハントケは反対していたから、ノーベル賞受賞が遅れたし、受賞後もクレームをつけられました。

1999年3月24日、NATO軍がコソボ紛争(バルカン半島南部のコソボ地方で武力による独立を求めるアルバニア人武装組織KLAに対して、セルビア治安部隊との間で起きた武力衝突)において、ユーゴスラビアを空爆。NATO軍による武力介入が行われた結果、コソボ紛争は同年6月に終結。コソボは独立を果たすが、今日なお民族間の緊張状態は続いている

藤原 セルビア悪玉論ですね。ソ連が崩壊して東西冷戦が終わり、ワルシャワ条約機構が解散したにも関わらず、これに対峙した西側軍事同盟のNATOはそのまま温存されました。

第二次世界大戦の独ソ戦で、ソ連は約2700万人の犠牲者を出しましたが、ゴルバチョフ大統領がソ連国民の猛反発を抑えて、統一ドイツのNATO加盟を認めました。しかし、その後のNATOのふるまいに関して、『我々は冷戦に終止符を打ったのに米国は冷戦の勝利を表明した。この勝利者意識はモラルを欠くものだ』というようなことを言っていましたし、今でもロシアはこれに対する不信感が強いでしょう。

特にコソボの問題においては、和平調停から、軍事介入にまで米国とNATOに一方的に出し抜かれて、ロシアは置いていかれた感がとても強いだろうと思ったわけです。そして無視されたのは、空爆被害を受けるコソボ市民の声です。

国家ぐるみの臓器密売犯罪。臓器のプライスリスト

写真はイメージです

木村 当初、NATOは「セルビアの軍事施設だけを攻撃目標とする」と喧伝していましたが、米軍機は中国大使館を“誤爆”したり、服飾工場まで攻撃して民間人も殺傷した。理由はそれぞれ「古い地図を使った」「軍服を作っていた」というめちゃくちゃな理由です。空爆当時、日本ではセルビア人サッカー選手のストイコビッチが「NATO STOP STRIKES」というTシャツを着てアピールしましたが、ほとんどの世論は、ユーゴは攻撃されても仕方がないというものでした。そんな中、藤原さんの『中学生から知りたいウクライナのこと』を読んで、日本のアカデミシャンにもこういう人がいたのだと思ったわけです。

藤原 私は逆に木村さんから、「ナチズムを研究されているのならば、今もナチズムの生きている場所に行かないといけない」と言われて、旧ユーゴスラビアのクロアチアとボスニアの現場を紹介して頂き、昨年の夏に行きました。驚いたことにクロアチアでは、ナチスドイツの傀儡国時代のクロアチア独立国に対する熱狂が70年以上経った今でも現存されていました。

また、ボスニアのモスタルでは、ナチスから祖国を解放したパルチザン兵士の墓がハンマーのようなもので破壊されていて、逆にカギ十字の落書きまでなされていました。アテンドしてくれた学生に聞いたら、それもつい最近に行われたとのこと。

抽象的な表現で申し訳ないですけど、今、この世界はダブルスタンダードだと思うのです。例えば日本とかヨーロッパの国々の中では、とにかく人権を尊重しようということが言われるんだけど、その周縁に行けば行くほど加速度的にその人権意識が破綻している。

ドイツ国内では到底許されないナチスへの称賛や歴史修正がクロアチアでは行われていて、トゥジマン初代大統領による建国の大義にもなっていた。そして今回、木村さんが著作『コソボ 苦闘する親米国家』でも指摘されていますが、そうした大国の軍事介入によって平和がもたらされたとされているコソボでは、国家ぐるみの臓器密売の組織犯罪が行われていた。

木村 米国はコソボにおけるアルバニア人の人権保護を名目に、NATO軍による空爆を行ってコソボからセルビア治安部隊を撤退させたわけですが、今度は極右のKLA(コソボ解放軍)がセルビア民間人をアルバニア本国に拉致、殺害し、臓器摘出して富裕層に売りつけるという組織犯罪が行われるようになった。

ショッキングなのは、KLA出身のコソボ政府の首相たちまでもが関与していたことです。組織犯罪であると同時に国家犯罪です。臓器のプライスリストまで出来ていて、約3000人の無辜なる市民が犠牲になりました。

流通していた臓器の価格をまとめたリスト。マーケットは世界中の富裕層で国境を越える。この問題をウオッチした欧州評議会人権委員会のディック・マーティは民間人を犠牲にした臓器密売犯罪「黄色い家」について詳細なレポートをまとめており、コソボ政府のサチ首相(当時)の関与にも言及している。「ショックなのは国際機関もこの犯罪を知っていたのに政治判断から黙っていたことだ」(マーティ)

しかし、空爆の正当性を疑われたくない米国や西欧社会は見て見ぬふりです。ICTY(旧ユーゴ国際戦犯法廷)のカルラ・デル・ポンテ検事が訴追に動きますが、NATOの友軍関係にあったKLAの軍人たちに起訴状が出れば、軍事オペレーション自体に停滞を及ぼすために米国以外のNATO加盟国もまた非協力でした。

米国は現在もKLAをコソボ政府の権力中枢に据えて親米国としてコントロールしていますが、そのためにいまだ、この臓器密売犯罪についてはまったく解明が進んでいません。これなどもいかに周辺国を軽視しているかということです。

臓器摘出施設「黄色い家」

藤原 旧ユーゴスラビア紛争ではボスニアでも人身売買や性奴隷の問題が起きていましたが、コソボにおける臓器密売犯罪については、この本を読むまで私も知らなかったです。人間の臓器という商品はすごく高く売れるし、富裕層のマーケットは国を越えて世界中に存在します。

コソボはその被害者を生んだひとつだった。木村さんが辿り着かれたアルバニアの山中にある臓器摘出施設「黄色い家」の存在がデル・ポンテの告発によって最初に明らかになったときに、ヨーロッパとの距離がある日本が独自に何かできることはなかったのかと思うのです。

臓器摘出が行われていたアルバニア西部山中にある簡易手術施設通称「黄色い家」。「セルビア人やコソボ政府に不服従なアルバニア人たちはこの家に拉致されて頭を撃たれ、臓器、特に腎臓を取られた」(ディック・マーティ欧州評議会委員) 撮影/木村元彦

木村 自分もデル・ポンテの自叙伝で「黄色い家」の存在を知ったときは衝撃でした。空爆終結後、コソボの至るところでセルビア人や新政府の方針に不服従のアルバニア人がこつぜんと姿を消していった。その行方不明者の家族会をずっと取材していたのですが、まさかアルバニアに連れて行かれて臓器摘出をされて殺害されていたとは。これもNATOの空爆によって起きた人道破綻です。

藤原 戦争や紛争は「もう解決済の問題」と国際社会が認めてしまえば、その瞬間から急速な忘却が始まっていきます。旧ユーゴスラビアの地域が人身売買、臓器密売の温床になっているということは、ある意味では戦後、沖縄や朝鮮半島の直面した問題にも通底しています。私たちが78年前に戦争が終わったと、シャッターを下ろした瞬間から始まる悲劇というのは、現代の中でずっとある気がします。

木村 仰る通り、コソボも1999年のNATO空爆が終わった途端に国際社会のシャッターが下りてしまった。セルビアの軍隊がいなくなって、これでもう平和になったとされて、紛争時にあれだけたくさんいたメディアも入らなくなってしまった。それで「黄色い家」などのあらたな民族浄化が起こっていたにも関わらず、24年に渡って報道の空白期間ができている。

そして毎年、3月24日には、空爆を祝う式典が執り行われて、その様子だけを報道していれば、未来永劫NATOが行った軍事介入はコソボ建国の慶事として流通してしまう。当然ながら、こういう式典には被害者であり、侵略された側であるセルビア人は断固として出席しませんが、そこだけを切り取ると、国の祝い事をボイコットする「不寛容な民族」としてセルビア悪玉論がさらに補強されます。

藤原 それは周辺のジャーナリズムの中でしか語られていないので、なかなか話題にならないし、人身売買や臓器密売をテーマにすると、いわゆる経済先進国とか主要国が深く関わっていることが露見します。例えば不公正統治でガナバンスが効いていない地域からの臓器売買や、あるいは難民キャンプにいる少女たちがさらわれて性奴隷として売り飛ばされたり。

これはある意味、それらを必要としている富裕層のいるヨーロッパの犯罪でもあるわけですね。農業で言えば、バナナとかパームヤシとか私たちの生活の中にあるものも、実は奴隷によって作られているという。そういう意味ではグルなんですよね。

コソボでも臓器売買で利益を得ているのは誰かという問いを立てると、見えてくるものがあるのですが、セルビア悪玉論によりかかる西側メディアによって、そうしたものが見えなくされている感があります。

メディアがセルビアの実状を報じない理由

コソボ拉致被害者遺族会による米国大使館前デモ。NATO空爆後、約3000人がコソボ解放軍による拉致被害に遭う。その内の多くが黄色い家に送られて臓器密売犯罪の被害者となった。
撮影/木村元彦

木村 メディアの問題で言えば、西側の記者やカメラマンの取材のやり方も雑で酷いものでした。国連安保理決議1244条によれば、コソボは空爆後もセルビアの領土となされていて、隣国北マケドニアとの国境は閉鎖されていました。しかし、ほとんどのメディアはこの北マケドニア国境を越えて入っていました。理由は単純でこの方が近くて安いからです。セルビアの首都ベオグラードからだと6時間かかるが、北マケドニアのスコピエからだと2時間でコソボの首都プリシュティナに着く。

しかし、禁を冒してこのルートを選択すると、違法入国扱いとなってセルビア側には移動できないのです。つまりコソボ=アルバニア側の一方的な情報だけつまみ食いして垂れ流すことになる。バカバカしいですが、そういう費用対効果に絡み取られたメディア側の怠慢によって特定の民族がどんどん悪者にされていった。

藤原 どんどん、分かりやすく簡単なストーリーになってしまうんですね。そういう意味では今回、木村さんが著作の中で「黄色い家」を掘り起こしたことは、すごく具体的な、誰もが認めざるを得ないファクトの中から、まずは考えましょうという問題提起に思えます。

木村 藤原さんは、ナチスの傀儡だったクロアチア独立国の絶滅収容所、ヤセノバツ収容所記念館にも訪問して所長とも意見交換されていましたね。ヤセノバツ収容所は大戦中に約83000人のセルビア人が殺された場所ですが、クロアチアの初代大統領のトゥジマンはこの歴史を修正していきました。

藤原 ヤセノバツの所長とはかなり話し込みました。歴史を研究するクロアチアの学生たちとも3日で1000キロ以上を移動して調査を重ねました。驚くべきことにトゥジマンはクロアチア独立国を「歴史的熱望の表現」と評価していたのです。

木村 クロアチアで調査された通り、ユーゴスラビアからのクロアチアの独立には統一ドイツの後押しが深く関わっています。ナチスの亡霊が、本国では出ていけないが故に、クロアチアというかつての傀儡国をもう一回復活させた。コソボにおいては米国がバックについています。だからコソボ独立記念日には民族融和を謳ったコソボ国旗ではなく星条旗が翻ります。ユーゴスラビアの崩壊には大国の思惑がかなり蠢いています。

プーチンのウクライナへの侵略は絶対に正当化できませんが、コソボを見てきた彼が、NATOの軍備が隣国に出来るということに対する脅威を感じたというのは間違いないことでしょう。現在、コソボではNATO空爆の始まった3月24日を祝うべき日とされています。それによって殺された無辜なる人々がたくさんいるのに。

日本のメディアが毎年3・24を、コソボ独立に向けての一里塚として、何の批判的な視座の無いままに伝え続けていることに私が憤怒したのも、本書の執筆の動機でもありました。機を同じくして、新しい情報としてこの「黄色い家」の映画「Dossier Kosovo The yellow House」がついに完成したということです。

藤原 東京大空襲や原爆を体験した日本は、同じように空から降って来る大きな悲劇に対する想像力はかなりあるはずです。NATOやアメリカの価値観をそのまま踏襲してスポークスマンになる必要はありません。

大阪・隆祥館書店で行われたトークショーの様子

写真/AFLO

コソボ 苦闘する親米国家
ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う

木村元彦

2023年1月26日発売

1,980円(税込)

四六判/256ページ

ISBN:

978-4-7976-7420-0


ベストセラー『オシムの言葉』の著者、木村元彦が描く
「旧ユーゴサッカー戦記」シリーズの決定版。
旧ユーゴスラビア7つ目の独立国として2008年に誕生したコソボ。1999年のNATOによる空爆以降、コソボで3000人以上の無辜の市民が拉致・殺害され、臓器密売の犠牲者になっていることは、ほとんど知られていない。
才能あふれる旧ユーゴのサッカーを視点の軸に、「世界一の親米国家」コソボの民族紛争と殺戮、そして融和への希望を追う。サッカーは、民族の分断をエスカレートさせるのか、民族を融和に導くのか……!?

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