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『信頼性が大きい』『温度が熱い』…この間違いに気づけないあなたのプレゼンが信用されない理由とは

集英社オンライン / 2023年4月7日 8時1分

研究者の科学的思考が身につくビジネス小説『なぜ君は、科学的に考えられないんだ?』。あなたが日頃から会社で話していることや見ているデータは、もしかしたら「非科学的」かも? 本書から一部を抜粋・再構成してお届けする。

<これまでのあらすじ>
――化粧品開発会社3年目の山田咲良は、東京科学技術大学の班目教授と共同で開発された化粧品「ドクターズコスメ」のリニューアル担当に任命された。プロジェクトの概要を説明するために班目教授を訪ねた咲良は、「説明が科学的でない」と一蹴される。その後、班目自身のプレゼンも見学し「起承転結」の重要性を知った咲良は、再度、プロジェクト説明のリベンジをするために、班目の研究室を訪ねた。――


距離は長さでしか測れないし、温度は高さでしか測れない

その日の午後、私は班目教授の元を訪ねた。先日のプレゼンのリベンジを果たすために。
私は用意した資料を見ながら説明した。

「近年、情報化社会の流れを受けて、購買層はさまざまな情報に触れることができるようになりました。化粧品業界においては、『肌に優しい』や『オーガニック』などの化粧品の性能を表現する言葉が氾濫し、顧客にとって本当に大切な情報や、信頼性が伝わらない状況だと思います。とにかく情報量が多い。そこで私たちが注目するのが、ドクターズコスメです。専門家の知見に裏打ちされた製品であることは大きな信頼性を持ち、その他のいくつもの言葉よりも強力に、正確に、顧客に伝わると考えています」

私はチラリと班目教授を見た。彼は黙って私の話を聴いていた。

「一方で、わが社が班目教授と共同で開発したドクターズコスメは、五年前に開発したもので、それ以降、見直しが行われていません。改良を加えなければならない理由は、消費者の動向の変化があるためです。ここ直近の動向を調査した結果に基づく商品開発を継続することで、今後も長くこのシリーズを継続できると考えます。そこで私が着目したのが、アンケートから見えてきた『肌への即効性』というキーワードです。つきましては私が提案したいのは、すぐに肌に効果がある、効果があると感じられる製品です」

班目教授は椅子に深く腰掛け、足を組んで私をじっと見ていた。私の話が終わっても、しばらくそうしていた。

「うん、良くなったよ。はじめよりずっと」

私は全身の力が抜けたように感じられた。溜まっていた涙が流れ出しそうになった(泣かなかったけれど)。

「起承転結も明確になった。どのような分析に基づいて、何を改良していくのかが明確になった」
よくぞ言ってくれました、と私は心の中で叫んだ。先日、班目教授に説明された起承転結の流れに、自分のプレゼンしたい内容を落とし込んでいったのだ。特に起承転結のそれぞれの中で、言葉がつながることを意識した。例えば、

起:ドクターズコスメという言葉の信頼性は強い。
承:わが社が開発したドクターズコスメは五年間見直しが行われていない。
転:アンケートの結果から、見直しを行いたい。
結:アンケートの結果「すぐに肌に効果がある、効果があると感じられる製品」が求められていると判断し、これを提案した。


班目教授のアドバイスのとおり、起、承、転、結のそれぞれの言葉の間で、言葉がリレーするようにした。こうすることで話が頭からお尻までつながるのだ。私はこの方法を『言葉のリレーの公式』と名付けることにした。

班目教授はにこりと笑って、続けた。

「プレゼンの構成は良くなったが、まだ満点ではない」
「満点じゃないんですか」

私は一転して、悲しそうに言った。

「まず言葉の問題。『信頼性』は『大きい』とは言わない。『信頼性が高い』と言えば正しい。なんでも『大きい』または『小さい』で表現してしまう人もいるが、あれは乱暴だ。他にも表現を間違えやすい形容詞がたくさんある」

信頼性:大きい・小さい(誤)→高い・低い(正)
距離・長さ:大きい・小さい(誤)→長い・短い(正)
温度:熱い・冷たい(誤)→高い・低い(正)

「日本語とは不思議な言葉で、形容詞が多少間違っても、なんとなくニュアンスが伝わってしまう。でも科学の世界では、間違った文章のままでは意味が通じない。なぜなら形容詞は測定方法と関係があるからだ。距離は長さでしか測れないし、温度は高さでしか測れない。形容詞の表現を間違うと、実験の方法が正しく伝わらないのだ」
「……たしかに、温度が熱いって、日常会話では口にしてしまいますが、温度は数字で表されるものなので、熱い冷たいではおかしいですね」

その主張には「適切なエビデンス」があるか?

「あとは、具体性や科学的な根拠が弱い。例えば『ここ直近の動向を調査した結果』と言ったが、誰に聞いたどんな調査なのか? 調査方法は合っているのか? もし私がエアコンのセールスマンだったとして、近年の日本家屋の室内の温度上昇を示すのに、北極の氷山の面積が減ってシロクマが困っている話をしても説得力がないだろう。日本家屋の温度と氷山の面積は、直接的に関係がないし、指標も部屋の『温度』と氷山の『面積』では異なる」

私は手元のメモを慌てて見なおした。

「動向を調査した結果というのは、F1層がスキンケア購入時に重視することは何か、という調査です。発信したのはC Channelという企業です」

私は、長谷川先輩の資料に書かれていた情報元を、そのまま読み上げた。

「ちゃんとメモを取っていたのはよろしい。貴君のプレゼン資料の中に明記されていれば、もっとよろしい。このように、その情報がどこから来たのかを示すことを『出典を示す』などと言う。学術論文の場合は『参考文献』と呼ぶ。これらの根拠が示されていることで、プレゼンに説得力がもたらされるのだ」

そうなんだ。単純に「こんなことが書かれていました」だけでは、証拠にならない。それなら、私がでっち上げることだってできる。出典を示すことで、「ちゃんとした調査に基づく話です。疑うのならば出典を調べてみてください!」と、胸を張って言うことができる。長谷川先輩のプレゼンは、それらができていたから、説得力が感じられたのだ。

主張にとって「都合のいいデータ」だけを集めていないか?

「貴君、なんだか悟りを開いたような顔をしているが、まだまだ指摘することがあるぞ。F1ってなんだ?」
「へっ、エフワン?」
「貴君が参考にした調査の中にあった言葉だろう?」
班目教授はあきれ顔になって言った。
「ああ……F1層ですね。これはマーケティング分野の表現で、20〜34歳の女性という性別と年齢層を表す言葉です」
「うん。じゃあF1は君が製品を売り込みたい年齢層と合致しているんだね?」
「えっ……」
言葉が止まった。そこまで考えていなかった。

「F1層の特徴は?」
「一般的に、F1世代は、消費意欲が強く、特に美容やスキルアップなど、自分自身の向上のためにお金をかけることを惜しまないと言われています。一方で、社会人になって十数年までの層を含むので、経済力は他の層に及ばないという一面も持ちます」
「F1層の次の世代はなんて言うのかな?」
「F2層と言います。35〜49歳の女性を意味します。このF2層の女性は既婚者も増え、家庭内での重要なポジションを確立し、購入する商品の決定権を持つことや、F1層と比較して購買力もあるのが特徴です。そして、化粧品に対する考え方には、F1とF2には大きな差があります。それは前者が美しさを、後者は健康に対する意識が向上していると言われていることです」

「じゃあ、どうして貴君はF1層に注目したんだ?」
「それは、F1層に受け入れられれば、継続してF2層でも使用してもらえるという予測ができるからです」
「だとすると、我々はF1層だけに注目していて良いのかな?」

私はしばらく沈黙して考えた。

「……ドクターズコスメは、どちらかというと、比較的年齢の高い層に受け入れられてきた製品かもしれません。また価格も高めに設定している場合があります。もちろんF1世代もターゲットに含まれるのですが、F2世代も含めなければいけません……」
「柔軟な姿勢で実によろしい。もしF2世代も我々の開発する商品のターゲットだとして、F2世代の商品に対するアンケート結果がF1層のそれとまったく異なるものであれば、貴君は主張を考え直さなくてはならない。自分が主張したいことに対して、適切な証拠を用いなくてはならないということだ。注意するべきは、自分に都合の良いデータだけを集めてきて、主張を作ることだ。例えばAという主張をしたいとする。九割の意見がBであるのに、自分にとって都合の良い一割のAという意見を集めてきて主張を形成する……これが一番やってはならないことだ」

「暗示」をやめ、「事実」のみを伝えよう

班目教授の話を聞きながら、私はまた涙目になってきた。

「……プレゼンを作るって、本当に難しいことなんですね……ううっ」

班目教授は首を振った。

「難しいことなんてない。約束事は一つだけだ。どれだけ物事に対して誠実であるか、だ」

班目教授は厳しい表情のまま、私に向き直った。「誠実」という言葉を聞いた私は、なんだか自分が誠実な人間ではないと言われたような気持ちになって、さらに悲しくなった。

ふと、班目教授は厳しい顔つきをやめて、言った。

「君は物理学者のファインマン先生を知っているかい?」
「いいえ」私は素直に首を振った。
「ファインマン・ダイヤグラムでノーベル物理学賞を受賞した学者なんだが、彼は実に面白い人物だ。ぜひ自伝などを読んでみるといい。彼はカリフォルニア大学の卒業式の式辞で、ある興味深い話をした。ある日、ファインマン先生はとあるメーカーのフライ用の油の広告を目にしたという。そこには『揚げ物の材料に染み込まない油』という謳い文句が書かれていた。彼はこの広告は必ずしも嘘ではないものの問題があると述べた。どこに問題があるか、貴君にわかるか?」

少し考えてみたが、わからなかった。私はまた首を振った。

「実は、ある温度で処理すれば、どんな油も食物には染み込まないんだ。逆に言うと、この会社の油であろうが他の製品の油であろうが、ある温度でなければどんな油だって食材にはやはり染み込む。結論として、ファインマン先生はこの広告のことを『暗示』であると表現した。暗示と事実には違いがある。そして我々は恣意的な暗示に頼らない、誠実な表現を心掛けなければならない」

班目教授と開発するドクターズコスメの在り方については、さらに検討を続けることになった。二歩進んで一歩下がる、まるで水中を歩くような気分だった。

『ビジネス小説 なぜ君は、科学的に考えられないんだ?』(クロスメディア・パブリッシング)

松尾佑一

2023/3/2

1848円(税込み)

272ページ

ISBN:

978-4295408048

●「なんとなく」で判断して損しないための、「論理的」な考え方が身につく!

新しいビジネスや新商品の成否を「なんとなく」の印象で判断してしまう。効果が不明確な施策も、これまでもそうだったからと「なんとなく」続ける。その一方で、新しいチャレンジは「なんとなく」リスクがありそうだからやめておく。

ビジネスの現場では、こういった「なんとなく」の判断が少なくありません。ですがその結果、損失を出してしまったり、好機を逃してしまったりしては、もったいないとしか言えません。

本書は、そんな「なんとなく」の判断を減らし、データや事実に基づいて「科学的」に思考できるようになるための本です。社会人3年目の「山田咲良」と、変人教授「班目」との共同プロジェクトをとおして、冷静で論理的な「科学的な考え方」がわかりやすく学べます。

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