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目的は米スパイのあぶり出し? 中国が気球を使って入手したアメリカの重要機密の正体

集英社オンライン / 2023年4月5日 17時1分

米NBCテレビは3月3日、1月下旬から2月上旬にかけて米上空を飛行した中国の偵察気球が、複数の米軍基地の兵器システムが発する信号や兵員間の通信を傍受していたと報じた。収集した情報はリアルタイムで中国本土に送っていたと言われるが、今回、あらためて米中のし烈なインテリジェンス戦争が一端が明らかになったといえそうだ。

気球撃墜までの舞台裏

日本の製薬企業北京駐在員が「反スパイ法」の容疑で、中国当局によって拘束されたのは今年3月末のこと。ただ、中国当局は日本に対して「自国民への教育と注意喚起を強化せよ」と注文をつけるだけで、駐在員がどのようなスパイ活動をしたのか、具体的なことは一切明らかにしていない。

日本には内閣調査室や公安調査庁といったインテリジェンス(諜報)情報を扱う機関はあるが、その規模はきわめて小さく、欧米や中国のように大規模かつ組織的なスパイ組織はない。そのため、駐在員が本当に諜報活動に従事していたかどうかの真偽はさておき、少なくとも日中間でのし烈なスパイ合戦は想定しづらいのが現実だろう。



ただ、アメリカと中国となると話は別だ。米中間では壮絶なインテリジェンス戦争が火花を散らしている。そのことを白日の下に晒してくれたのが中国「スパイ」気球事件だった。

まず、気球事件の経緯を整理しておこう。

正体不明の気球が米モンタナ州上空に飛来し、多くの市民が目撃したのは今年2月1日のことだった。気球の動画はネット上にアップされ、地元空港では万一のリスクに備えて飛行機が欠航するという騒ぎにもなった。

その後、気球は北米大陸を東南方向に移動し、ノースダコタ州、ワイオミング州上空などを通過した。モンタナからノースダコタ、ワイオミングというコースにはICBM(大陸間弾道弾)や核搭載戦略爆撃機などが配備された米軍基地が密集している。そのため、アメリカの多くの市民がこの気球はスパイ活動を目的として飛来したと信じることとなった。

このような見方を受け、ホワイトハウス内は慌ただしくなる。まずは気球の撃墜を検討するバイデン大統領と、民間人に危害が及ぶリスクがあるとして撃墜に慎重なオースティン国防長官、ミリー統合参謀本部議長らの意見対立が表面化した。

さらにはブリンケン国務長官が駐米中国臨時大使を呼び出し、撃墜の可能性を何度も通告するという騒ぎも起きた。米国務省が一度のみならず、数度にわたって通告を発したのは、米側がそれなりに中国に神経を使っていた証明でもある。スパイ気球をめぐり、ホワイトハウスが緊張に包まれた様子が伺える。

中国が反応したのはその2日後の2月3日のことだった。外務省が「民間の気象観測気球で、偏西風のために予定の飛行コースを外れた。不可抗力だった」と、気球が中国のものであることを認め、遺憾の意を表明したのだ。

海南島からスパイ気球を追尾・監視していたアメリカ

今年2月、米本土上空で米軍偵察機が撮影した中国の偵察気球

しかし、中国の遺憾の意に米側は満足せず、ブリンケン国務長官が「偵察気球が訪中の目的を台無しにしてしまった」と、出発数時間前に中国訪問をドタキャンする事態に。

こうなると、中国も後に引き下がれない。「アメリカは過剰反応している。気球撃墜は国際慣行に違反する軍事力行使で、中国の顔に泥を塗るもの」と激しく反発した。すると、バイデン政権はさらに強硬姿勢を強め、翌4日についにサウスカロライナ沖を飛行していた気球をF-22のサイドワインダーで撃墜し、米中関係は一気に緊迫した。

以上が中国「スパイ」気球事件の大まかな流れだが、その後、さまざまなことがわかってきた。米メディアによると、米当局は気球が中国海南島から打ち上げられた1月20日頃から継続的に追尾・監視していたという。つまり、最初からアメリカはこの気球が中国のものとわかっていたのだ。

当初、アメリカは気球がグァム島にある米軍基地上空へ飛行すると予測していた。ところが、気球は予測に反して北へ進路をとり、アリューシャン列島からアラスカ、カナダを経て米北西諸州に侵入してしまった。

この動きを米当局は気球が何らかの理由で制御困難となり、グァム島へと飛行できなくなったため、中国側が偏西風を利用して気球を米本土へと飛ばし、モンタナ州やサウスダコタ州などにある戦略防衛基地上空の偵察へと切り替えたのだろうと分析している。

狙いはモンタナ州やサウスダコタ州などにある戦略防衛基地である。つまり、中国は気球の偵察ターゲットをグァム米軍基地から、米北西部に集中する米戦略防衛基地へと切り替えたのだ。

驚くのはアメリカが気球の正体だけでなく、海南島という気球の打ち上げ場所まで事前に把握していたことだ。

きっかけは昨年6月、ハワイ沖での気球墜落だった。その残骸を回収して分析したところ、海南島に中国人民解放軍を中心とする気球部隊が存在していることが判明し、以来、アメリカはこの気球部隊の動きを監視していたとされる。

米国防省のUAP(未確認空中現象)調査によれば、ここ数年間で360件のUAPが確認されており、その半数が気球だった。たとえば、トランプ政権時に6回、バイデン政権になってからも3回、偵察気球と思われる物体が米領土内で目撃されている。

これらから米国防省は気球による気球による偵察は中国人民解放軍が世界で展開するグローバル監視作戦の一環であると結論づけていたという。

中国の目的はスパイあぶり出し?

今年2月、中国の飛行物体撃墜に関してメディアに語るマルコ・ルビオ上院議員

アメリカは2月4日に気球を撃墜して残骸回収を終えると、わずか6日後の2月10日には早くも商務省を通じて中国の気球関連部品メーカー6社を経済制裁リスト(Entity List)に加えている。その中には気球関連技術で多くのパテントを持つ北京航空航天大学・武哲教授の関連企業数社も含まれている。

こうした迅速な対応は米側が中国のスパイ気球を日常的に追尾・監視していたからこそ可能だったのだろう。習近平政権は「軍民融合」というスローガンを掲げ、産・学・軍による協力関係による富国強兵策を進めているが、バイデン政権はま今回の気球騒動を逆手にとり、この富国強兵策にダメージを与えると同時に、対中経済制裁の強化をもやってのけたというわけだ。

それでは、中国は気球を利用して何を得ようとしたのだろうか?

目的が米軍基地の画像情報なら、中国はすでに260基のスパイ衛星を保有しており、わざわざローテクの気球を使う必要はない。米専門家の多くは中国の目的は米軍基地間の無線・通信を傍受、チェックするためだったと分析していたが、冒頭のNBCテレビの報道はまさにこの懸念が裏付けられたことになった。

無線交信の周波数帯や携帯電話信号は大気圏上を飛ぶ衛星からは傍受しにくい。その点、せいぜい数千メートルの高度を飛行する気球なら傍受はたやすい。

また、特定の施設や駐車場の車のナンバーなどを数時間チェックして画像情報として入手することも気球ならば、比較的簡単にできる。ものの数分で上空を通過してしまうスパイ衛星と違い、気球なら推進装置を使って長時間、空中に停止して偵察することができるからだ。

こうした気球による偵察で得た情報はその他のインテリジェンスとリンクさせた時、大きな威力を発揮する。

中国は2015年に米連邦政府人事管理局(OPM)の2000万人分のデータをハッキングし、職員の住所、誕生日、社会保障番号、財務状況、健康状態などの個人情報を盗んだとされる。また、2018年、2020年には政府職員の定宿となっているマリオットホテルの情報システムがハッキングされ、500万人以上のクレジットカード番号や顧客情報が中国当局に流出したとされる。

これらのハッキング情報と気球による偵察情報をリンクさせて解析すれば、スパイのあぶり出しも可能となる。

たとえば、CIA関連施設付近で利用されたクレジットカード利用情報とハッキングした膨大な個人情報を重ねたとしよう。そうすると政府職員名簿に名前がなく、マリオットホテルに頻繁に宿泊し、バージニア州のCIA施設付近でよく買い物をする人物で、かつCIA施設の駐車場に車を停める人物は諜報活動に関与する、つまりスパイの可能性が高いと判断できるというわけだ。

その意味で気球はけっしてローテクな偵察機器ではない。偵察で得た携帯電話情報や車のナンバー画像などをハッキングで得たインテリジェンスと組み合わせれば、スパイ衛星をしのぐ重要情報を入手できるのだ。

ようやく気球撃墜体制を整えた日本

今回の気球騒動により、闇から闇に葬られるはずのインテリジェンス戦争が衆目に晒されることとなった。

日本でも2019年頃から青森や宮城上空などで正体不明の気球が何度も目撃されている。「再飛来の可能性は?」と記者に問われ、政府・自民党が「気球に聞いてください」(河野太郎防衛大臣・当時)と呑気に答えていたことは記憶に新しい。

今回の気球をめぐる米中の暗闘を見て、ようやく日本も危機感を持ったのか、政府与党はこの3月、気球を撃墜できるようにそれまであいまいだった無人機への武器使用基準の明確化へと踏み切ることになった。

偏西風の「不可抗力」とメディアイベント化という偶然。そして中国軍のグローバル偵察戦略という必然がもたらした「スパイ」気球をめぐる攻防は日本にも防衛意識の変化をもたらしたと言えそうだ。


取材・文/小西克哉 写真/AFLO

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