新歓合宿は「富士の樹海」、入部式で「お前がキライだ!」、ヒマラヤで怒りの殴打…“絶対に入らないほうがいい”早稲田大学探検部を潜入調査
集英社オンライン / 2023年4月12日 11時1分
春は、大学では部活動やサークルの新歓シーズンだ。60余年の歴史を持ち、作家や探検家も輩出している名門・早稲田大学探検部は、未踏の地が少なくなった令和の時代にどんな活動をしているのだろう。今昔物語の前編では探検部の部室を訪ね、ヒマラヤ遠征を終えた現役部員に話を聞いた。
早稲田大学探検部はまだ海外旅行が自由化されていなかった1959年、留学や学術調査といった公的な理由を得るために「探検研究会」として発足。
直木賞作家の西木正明氏やノンフィクション作家の高野秀行氏、探検家で作家の角幡唯介氏らをOBにもつ、大学探検部界の名門である。
高野氏の探検記『幻獣ムベンベを追え』をきっかけに、“未知動物探しの早稲田”と呼ばれるようになったり、ロシアの未踏峰に「ワセダ山」と名づけたりと、破天荒な活躍を見せている。探検部そのものがどこかUMA(未確認生物)的でもある。
令和の世に、早稲田探検部はいかに存在しているのだろうか――。実態を知るべく、早稲田大学のキャンパスへと向かった。
「バカしかいないから入らないほうがいい」
部室がある学生会館は、意外にも近代的な建物だ。11階建てでエレベーターもついている。
もしかしたら、いかにも現代大学生風の“マッシュルームボブ”の部員などに出迎えられるかも……と部室の扉を開けると、不思議な臭いがただよう雑然とした空間が広がっていた。
「すみません、臭いますよね。この前、ナマズ鍋をつくったので」と迎えてくれたのが、田口慧さん、久保田渚さん、富田大樹さんだ。
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左から富田大樹さん、田口慧さん、久保田渚さん。探検部の部室にて
3人は、2022年秋の「ナカタン氷河遠征隊」のメンバーでもある。彼らを含む隊員5人は、ヒマラヤの標高6000m地点にある巨大氷河を「ナカタン氷河」と名づけ、現地調査を行ったのだ。
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2022年9〜10月のナカタン氷河遠征にて
探検の主目的ではないが、標高6000mで油そばをつくって食べたことに関するSNS投稿は広く拡散されていた。
早稲田探検部はインカレサークルで、ナカタン氷河遠征隊隊長の田口さんは早稲田大を5年で今春卒業、久保田さんは成城大4年、富田さんは大阪大3年だが探検部員としては2年目と、大学も学年もバラバラだ。
1年生から8年生(!)まで合わせて30〜40人。正確な人数は把握していないそうだ。
では、みんなどのような経緯で入部したのだろう。
「もともと関野吉晴さんという探検家が好きで、彼のように医者になって世界を探検しようと思ってたんです。
でも医学部は落ちちゃって(笑)。それで早稲田に入ったら、ちょうど探検部があったので」(田口さん)
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入学式当日、新入生勧誘でにぎわうキャンパス内、探検部の新歓ブースは「すごく見えにくいところにポツンとあった」という。
「他の部の新歓ブースは、お菓子やジュースを用意して『楽しいからうちのサークルに入りなよ〜』って勧誘してるんです。
だけど探検部の人たちは『別に楽しいことはないぞ。やめとけ』とか『バカしかいないから絶対に入らないほうがいいよ』って言ってくる。それで、探検部の愚痴を言い続けてるんですよ」
新歓ブースの体を成していないが、自由に気ままに振る舞う先輩の姿が、田口さんの目に魅力的に映った。
「ある先輩に『今、休学したらヒマラヤに連れて行ってやる』と言われて、その過激さにも惹かれました。普通、新入生にいきなり休学の話なんてしませんよね?」
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ナカタン氷河遠征にて
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コンプラ的に全部アウト?
女性部員の久保田さんは、探検部員だった姉から話を聞いているうちに、興味を持ったという。
「姉からは『変な奴しかいない』『虫が入った飯を出されてびっくりした』みたいな話を聞かされていました。
一般的にはいい話じゃないと思うんですけど、私は興味を持っちゃって。姉の同期が、ロシアの未踏峰に『ワセダ山』って名前をつけて『クレイジージャーニー』にも出てたんですよ。それで、うわーすごい!って」
久保田さんはそう振り返って笑う。
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一方、富田さんの入部理由はこうだ。
「僕は高野秀行さんの本を読んだらミャンマーに行きたくなってしまって、大学でミャンマーの勉強をしています。
探検もしたいと思っていたのですが、阪大には自分がのめり込めるような部活がなくて。ふと、このままじゃだめだと思い立って、早稲田探検部の新歓に飛び入り参加しました。
そのときは『近いんだから京大の探検部に行けよ』って言われたりしましたが(笑)」
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入部エピソードだけでも探検部の独特なムードが伝わってきた。しかし、まだ序の口。入部後には、もっと強烈な“イニシエーション(通過儀礼)”が待ち受けている。
普段、それぞれのプロジェクトごとに活動している探検部にとって数少ない合同行事「新歓合宿」と「入部式」である。
新歓合宿は、火器も電子機器もテントも使用禁止。地図とコンパスだけを頼りに山の中でサバイバルオリエンテーリングを行うというもの。去年、新歓合宿に参加した富田さんはこう振り返る。
「山の中で目印になるものがないと、自分がどこにいるかもわからないっていうのが衝撃でした。
でも、自分でどうにかしないといけないっていうのは、その後の探検部での活動に活きてくる……みたいな目的があるんですよね?(笑)」
後輩の問いに田口さんが「もちろん」とうなずく。探検で起こりうるつらさを擬似的に体験できる重要な行事なのだという。
「荷物ごと海の中を泳いで、びしょ濡れのまま山に入ったりだとか、暴風雨の中で歩いたりとかするので。
でも、新歓合宿での体験があまりにも強烈すぎて、逆にそれが楽しくなって入部しちゃうっていうやつもいますよ」
過去には新歓合宿が富士の樹海で行われたこともあるそうで、「コンプラ的に全部アウトだから何を話していいのかわかんない(笑)」と久保田さんは語る。
それでもそこは探検部員の妹、「面白かった」と入部を決めた。
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部室にはOBの角幡唯介氏のノートや高野秀行氏の置物が残る
口論や衝突は「もう見慣れました」
新歓合宿がフィジカル面のイニシエーションなら、メンタル面のイニシエーションが入部式だ。
これも代々続く伝統行事で、「自分にとって探検とは何なのか」ということを新入生が5分ほどで発表。
すると上級生からその数倍の時間にわたって「罵詈雑言のような批評を浴びせられた」と言うのは田口さんだ。
「僕が『探検が人類の進歩につながるんだ!』みたいなことを言ったら、『お前みたいな進歩主義者が嫌いだ!』って(笑)。
そこまで言われたのは初めてだったので、衝撃を受けました。考えたことや思ったことを直球でぶつけるのは探検部員に共通する特徴です」
直球コミュニケーションが過ぎるとけんかになりそうなものだが、と尋ねてみると「わりとなってますね」とあっさり。
けんかと和解が日常茶飯事になっているらしい。富田さんいわく、「先輩と話してたら、いつの間にか先輩がキレてる……みたいな。そういう光景は見慣れました」。
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実は、ナカタン氷河遠征の報告会で上映されたムービーでも、衝突の瞬間がとらえられていた。遠征中に、久保田さんが田口さんに突如、殴りかかったのだ。
遠征の後半、不満が積もり積もった結果だったと久保田さんは振り返る。
「こっちは怒ってるのに、『あはは』と笑いながら動画撮ってるんですよ、田口さん。『何だ、この人』って思っちゃいました(笑)」
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田口さんは「感情コントロールができてないなぁ、みたいな感じで面白かった」と笑う。久保田さんも「そういうコミュニケーションに慣れちゃってて」とまるで気に留めていない。
これが探検部独特の関係性なのだろうか。
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ナカタン氷河遠征にて
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「わかったつもり」の意表を突く探検
今や「グーグル・アース」で地球のどこでも見られる、とはいうものの、やはりインターネットの情報と現地のリアルは違う。
ナカタン氷河遠征でも、ネットで下調べをしていたルートが使えない、という見込み違いがあったという。
「グーグル・アースではのっぺりとして進めそうだなと思っていたところが、けっこう切り立っていて。反対に崖っぽく見えていたところが行きやすいこともあった。
些細なことですけど、現地に行ってみないとわからないものっていうのは確かにあって、その意味で未知というか探検すべきフィールドはまだ残ってるなと。
ネットで多くのことが知れるようになった反面、その奥に隠れた面白いものが見えにくくなった時代でもありますよね。逆に言えば、そこがモチベーションかもしれない。
グーグル・アースで全部見られるし、実際に行っても意味ないよって思ってる人たちに、わかったつもりだったかもしんないけど、本当はこんな面白いものがあるんだぞと見せつけてやりたい、というか」(田口さん)
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ナカタン氷河遠征にて
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ナカタン氷河遠征の目的は、現地で基礎的な氷河データ収集するという学術調査だ。
“未知動物探しの早稲田”にしては、珍しく真面目なテーマのように思えるが、田口さんは入部当初から「価値のある探検、調査ができたらいい」と考えていた。富田さんも同意する。
「探検部の中で、学術探検への意識が高まっていて、こういうことを調べる価値があるから行く、みたいな。
僕も、せっかく大学の探検部に所属しているからには、教授の目を見開かせるような探検で、一発かましてやりたいみたいな思いはありますね」
挑発的な言葉に似合わない、はにかむような笑顔が眩しい。
思わず、「私も探検部に入りたかったなぁ」と筆者が言うと、すかさず「絶対にやめておいたほうがいいですよ」と止められた。
中編では、早稲田探検部の生態をさらに詳しく知るべく、部室から探検部行きつけの居酒屋に場所を移し、話を聞いていく。
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取材・文/寺井麻衣
撮影(インタビュー)/岡庭璃子
写真提供(ヒマラヤ遠征)/土肥拓海(早稲田大学探検部)
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