「アヘン王国に潜入」「コンゴで本気で怪獣探し」早稲田探検部レジェンドOB・高野秀行が語る“誰もやらない生き方”「40代まで売れなくて…」
集英社オンライン / 2023年4月12日 11時1分
60余年の歴史を持つ名門・早稲田大学探検部の伝統は脈々と受け継がれているようだ。現役部員へのインタビューを行った前編・中編に続き、後編ではOBで「辺境ノンフィクション作家」の高野秀行さんが登場。およそ40年前の探検部時代を振り返りながら、現役部員の疑問にも答えていく。
脈々と受け継がれる「負の伝統」
――高野さんは1985年入部の探検部「31期生」。当時の探検部はどんな雰囲気だったんですか?
高野秀行(以下、同) かつて、探検部は一切勧誘をやらなかったんですよ。熱心に人を呼び込むこと自体がもう探検部的じゃないと思っていたらしくて。
だから入部するには部室を探して入部届を出すしかなかったんだけど、部室がすごく見つけにくい屋根裏部屋みたいな場所にあったんですね。
僕が部室を見つけたときにはもう新歓合宿が終わっていて、完全に輪に入りそびれてしまった。「何しに来たの?」みたいな感じで素っ気なくて。だから1年のときは活発に活動していませんでした。
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ノンフィクション作家の高野秀行さん
――以降も、勧誘活動はしなかったんですか?
僕が3年のときに部員が急に減って、全員で7、8人になっちゃったんです。これはマズいと、初めて外にテーブルを出して探検部の旗を立てて、新歓ブース的なものをつくった。
だけどみんな黙って座ってるだけ。新入生が話を聞きに来ても、「なんで来たの?」みたいな。じゃあなんで勧誘のテーブル出してるんだよって、今だったらツッコみたいですけどね(笑)。
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早稲田大学探検部時代の高野さん
――現役部員への取材で、今も新歓ブースで「やめとけ」と入部を止められることもあるそうです。
そういう「負の伝統」っていうのは、教えてなくてもずっと引き継がれていくんですね。すごいなぁ。
――伝統というと、新入生に「探検観」を発表させ、上級生が批評を浴びせる「入部式」も当時からあったんでしょうか?
今もそんなことやってるんだ(笑)。僕らのときは、泊りがけで部の問題について議論する「1泊ミーティング」というのがありました。
そこでは必ず「探検とは何か」って話になるんですけど、全然まとまらないわけですよ。「本当の探検は宇宙か深海にしかない」っていう先輩がいれば、「裏山やそのへんにも未知がある」っていう人もいて、全く噛み合わない。
世間に背を向けるDNA
――ひと口に「探検」と言っても、部員ごとに捉え方が全然違うんですね。
極端すぎるのは考えものですよね。部員が減ったのは、当時の幹事長が過激だったせいもあるかもしれない。「山登りや川下りをやめて、宇宙ロケットか深海探査機をつくることを真剣に考えるべきだ」とか言う人でしたからね。
その人は物事を根源から突き詰める人で、「ラジカル佐藤(著書ではラジカル加藤)」という名前で、本当に無茶苦茶な人だった。
卒業後は一般企業に就職したんだけど、「会社に行くのがつらい」って、僕が住んでいた3畳間のアパートにやってきてゴロゴロしてる。
ある日、佐藤さんが電気に関する本を読んでいて、聞けば「上司にパソコンを覚えろって言われたもんでな」って。「パソコンを習え」って上司に言われて、彼は電気の成り立ちから調べていたんですよ。
「エジプトで静電気が発見されたのが電気のはじまりなんだ。高野、知ってるか?」と。
――卒業後も部員同士でつながっているのが少し意外です。
探検部時代に大きな実績を残したすごいやつも、適当に部室に出入りして酒を飲んでいただけのやつも、関係なく仲がいいんです。
――現役の学生との交流もあるんですか?
けっこう前ですが探検部主催の講演会に呼ばれて、その後、現役部員と飲み会にも行きました。そのときにびっくりしたのが喫煙率の高さ。
聞いていた近頃の大学生とは違って、部員たちの多くがタバコを吸うし、すっごく酒を飲む。僕らの時代の学生みたいでした。要するに、世間に背を向けてるんですよね。
――早稲田探検部のDNAは強烈ですね。
もっというと、僕らより歳が上の人たちも、基本的に同じ考え方なんです。勝手に引き継がれていってるんですよね。
喫煙と飲酒の話をツイッターでつぶやいたら、僕より10個年下の角幡唯介(ノンフィクション作家)が「今の現役いいですね」って、初めて反応してきましたよ。それまで僕のツイートに反応したことなんてなかったのに(笑)。
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コンゴで謎の怪獣モケーレ・ムベンベ発見に挑む高野さんら探検部員 『幻獣ムベンベを追え』より
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『幻獣ムベンベを追え』より
炎上しがち? SNS時代の探検
――代々、新歓合宿の開催地だった島で、探検部が出禁になったという話をご存じですか?
初めて聞きました。飲み会が原因ですか?
――SNSにアップした写真が、島の関係者に見つかって活動を注意されたようです。
そっちですか? ひどい飲み会をしていたので、それが原因だったらわかるんですが。なにしろ、焼酎を大量に飲んで、毎年のように病院にお世話になっていたらしいから。
――最近はSNSですぐに炎上しちゃいますから。
本当に世知辛い。特に若者に対しては厳しい時代になっていますよね。でも、ああいうのってねたみの一種だと思うんです。
要するに、目立つことをやってる連中がいると無性に腹が立つっていう人たちがたくさんいるわけですよね。失敗を許さないっていうのも、本当によくない。
――探検とSNSは相性がよくないのかもしれません。
昔は、探検とか冒険みたいなことに理解がある人たちの間だけで完結していた部分があったので、誰も「危ないからよせ」なんて言わなかった。
今や、インターネットというのっぺりした空間を共有するようになったから、何にも関係ないような人たちが口出ししてくるんですよね。
例えば、僕が昔、海外でアヘンをつくって吸って、中毒になったっていうのも、その部分だけ切り取ると単に「とんでもない!」って話じゃないですか。
でも、その本(『アヘン王国滞在記』)を通して読めば、その探検にかけた準備や覚悟、向こうで一生懸命やったことが伝わるはずなんです。
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早稲田大学探検部の部員たち。左から富田大樹さん、田口慧さん(2023年卒)、久保田渚さん 撮影/岡庭璃子
「誰もやらないことで生きていくって難しいことですか?」
――さて、現役の探検部員から高野さんに聞きたいことを預かっています。まずは「面白いものをつくるための、基本的なスタンスはありますか? 周りから面白がってもらえるように考えるのか、自分の興味ありきで考えるのかどちらでしょうか?」という質問です。
興味ありきですが、周りの人たちのことも無視できないですね。探検部時代なら他の部員たちが面白そうと思わなければダメですし、今は読者が面白いと思ってくれるものでないといけない。
でも、それはやってみないとわからないことが多いんですよ。例えば今、沖縄の島にいるわけですよ(※インタビューは今年2月に実施)。
沖縄の怪奇現象とか怪異を本にできないかなと思って来てみたんですけど、こっちに来てみてから「そういう本ってすでにたくさん出てるな」「俺がやろうとしてることと何の違いがあるんだ?」って気づいてしまった。ちょっとこの企画はダメかなって、思ってる(笑)。
――高野さん視点で書けば、それだけで面白くなりそうな気もします。
編集者も読者もよくそういうことを言ってくれるのですが、違うんですよ。僕は自分が何を書けば、一番オリジナリティとか面白さが発揮できるか考えて、すごく慎重に選んでいます。
――高野さんのモットー「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」に関して、「誰もやらないことで生きていくって難しいことですか?」という質問も学生からありました。
先行者がいない生き方は難しいですよ。25歳で大学を卒業してから40歳過ぎまで、本当に売れなかった。
すると、自分が間違っているかもしれないという思いが常につきまとうわけだけど、誰にも「これでいいのか」とは聞けないんですよ。
本の内容も既存のジャンルに当てはまらないので、書店のどのコーナーに置かれているか、まったくわからない。怪獣探しの本(『幻獣ムベンベを追え』)を出したときは、「生物」の棚に置かれていて、「そこは違うだろ!」って思ったり(笑)。
あと博士号を持っていたり、元新聞記者だったりといったわかりやすい背景を持っていないから、評価されにくいという側面もありますね。
たとえ僕の本を面白いと思っても、僕が何者かわからないと「うっかり『面白い』って言っちゃって大丈夫か?」と読者は心配になるわけですよ。
だから今でも「隠れ高野本ファン」っていう人が多い(笑)。
今、部員だったら「ロシア密入国を目指すかな」
――高野さんのような生き方が簡単ではないからこそ、「罪悪感を覚えながらも就職していく」という探検部員が多いんでしょうね。
「探検部内負け組」ね(笑)。でも、ビジネスでも探検的なことはできると思いますよ。
――次の質問です。「インターネットでつながってしまう時代ですが、現地に行く意味、大切さは昔と比べて変わっていませんか?」
現地に行かなくてもわかることは増えていますが、ネット上の情報ってすごく偏っているわけですよ。
読まれるニュースばかりが量産されて、消費されていく。そして、そこから外れた情報は「アクセス数が伸びない」という理由で切り捨てられるから、伝わっている情報と伝えられてない情報の格差が激しくなっていってるんですよね。
現地に行って、地元の人と一緒に畑仕事や飲み会をしたり、スーパーに出入りしたりしていると、ネットにないものがたくさんあると感じます。
なので現地に行く意味はまだまだある。むしろ、現場に行く人が減っているぶん、その価値が相対的に上がるという側面もあるかもしれません。
――最後の質問です。「高野さんが今、探検部にいたらどんな活動をすると思いますか?」
なんだろう……でもやっぱり、僕はロシア密入国を目指すかな。シベリアって今でも知られていないところが多いし、今、国があんな状態でしょ? 日本や西欧からの研究者も入れなくなるし、そういうところに行きたいと思うでしょうね。
今の時代、SNSで叩かれたりするかもしれませんが、別にいいんですよ。若気の至りじゃすまないと言われることもあるけれども、実際はすむと思うんですよ。
だから現役部員には、若いときにしかない体力やエネルギーをバーンと爆発させるようなことをやってほしいですね。
――爆発させるにあたって、助言やアドバイスはありますか?
とにかくやってみる。それだけですね。
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ネパールにて
終わり
取材・文/寺井麻衣
写真提供/高野秀行
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