「依存症は、れっきとした病気です。根性論や精神論で甘えや怠けとみなしてはいけない」ギャンブル依存症はどうやって治療するのか? 専門治療施設の回復プログラムとは…
集英社オンライン / 2023年4月14日 19時1分
山梨に拠点を構えるギャンブル依存症専門回復施設「一般社団法人グレイス・ロード」。そこで、取り組まれているギャンブル依存症者の回復プログラムについて、代表を務める佐々木広さんに話を伺った。(前後編の前編)
薬物依存症者の9割以上が中卒か高卒、
一方でギャンブル依存症者は…
一般社団法人グレイス・ロードは、ギャンブル依存症を専門とした依存症の回復施設。2015年に山梨県で誕生し、2019年には東京センターも設立されている。創設者の佐々木広さんは薬物・アルコール依存症の回復支援施設である山梨ダルクの代表理事も務める人物で、自身も過去に薬物依存症に陥った経験を持つ。
佐々木さんは、元々はギャンブル依存症回復施設の運営に携わるつもりはなかったという。
「ギャンブル依存症者の家族の人たちとギャンブル依存症問題を考える会の田中紀子さんから、山梨ダルクでギャンブル依存症者を受け入れてもらえないかと打診されたことがギャンブル依存症に関わり始めたきっかけです。それで、2014年から山梨ダルクでギャンブル依存症者の受け入れを開始したところ、予想以上に入所希望者が集まりました。こんなに多くの人が助けを求めているのかと驚くと同時に、少し困ってしまうぐらいでしたね」(佐々木さん、以下同)
当初は、山梨ダルクで薬物依存症者とギャンブル依存症者が一緒に治療プログラムを受けていたが、半年も経たないうちに両者を一緒に治療するのは効率的ではないと気付いた。その理由は、それぞれの依存症者のバックグラウンドの違いが大きいためだ。
薬物依存症者は、育った家庭に家族機能の問題が見られる傾向にあり、若年層の頃から問題行動を起こしていた人物が多い。対するギャンブル依存症者は、正常な家族機能を持った家庭で育った人がほとんどだという。
「依存症は生育歴が大きく影響しています。これまで私が見てきた薬物依存症者は、親がいないか、いたとしても見捨てられている人が多くいました。大卒者は一割未満、高校卒業している人も半分に満たないくらいです。元暴走族や暴力団の構成員であった経歴を持つ人も決して珍しくありません。
一方、ギャンブル依存症者はごくごく一般的な家族で育ち、ほぼ9割が高校を卒業し、その内の半分以上は大学を出ています。施設で治療プログラムとして実施している集団セラピーでは他者の話に共感することが重要ですが、この両者が参加するセラピーでは、薬物依存症者はギャンブル依存症者を羨むし、ギャンブル依存症者は薬物依存症者を怖がるし、全然共感が生まれませんでした」
365日毎日自助グループに通って習慣づけを行う
こうした状況を目の当たりにし、両者に同じプログラムを受けさせることは回復に悪影響を与えると判断。2015年にギャンブル依存症者をダルクから分離させる形で、ギャンブル依存症回復の専門施設であるグレイス・ロードが誕生した。
ギャンブル依存症治療にかかる期間は、平均すると2年~2年半となっている。
治療フローは、まず1年間のギャンブル断ちから始まる。その後、テスト就労としてパートタイムで働き、半年間順調に続けられればフルタイム就労に切り換えて、約半年問題なく勤務できれば退所して自立するという流れだ。
しかし、仮就労の段階で問題行動に走ってしまう人もいる。そのような人は、仮就労期間中に月に5万円程度の給料が入ると、もうギャンブルに使いたいという欲求を抑えられなくなってしまうという。
「治療プログラムの過程で再発しても、社会に出てから失敗するよりはずっといいです。失敗した原因を分析して、何が問題だったのかを考えてもう一度やり直せばいいだけですから」
入所している期間中は、集団セラピー以外にもさまざまな治療プログラムを実践している。まず重要となるのが自助グループへの参加だ。自助グループで同じ問題を抱える人達に悩みを打ち明けることや、他のメンバーが話す問題に共感することが、依存症の再発予防に効果を持つ。
グレイス・ロードでは自助グループへの参加を習慣づけるために、365日毎日欠かさず入所者を自助グループに通わせている。
「ギャンブル依存症からの回復とは、依存症問題を解決して社会復帰し、社会の中でギャンブルをやめ続けていく作業です。そのためには、自助グループに通って再発予防することが非常に重要です。だからこそ、自助グループへの参加の習慣づけは、回復に向けて大きな意味を持っています」
奉仕活動がギャンブル依存症者の治療に有効
施設では、入所者は2〜6人の相部屋で寝泊まりする。依存症によってコミュニケーションに障害を抱える人が多いため、24時間他人と過ごして人との関係作りの感覚を取り戻すことが目的だ。
ほかにも、依存症の回復プログラムである12ステップはもちろん、外部から公認心理師を招いてソーシャルスキルトレーニングも行っている。アンガーマネジメント、アサーティブ(自己主張)、マインドフルネスなど、多岐にわたるメニューで感情をコントロールする術を入所者に習得させている。
また、週に一度はスポーツプログラムを実施。入所前は食事も摂らずにギャンブル場に入り浸っていた人が多く、身体が弱っているため、肉体面の健康を取り戻すためにスポーツが役立つのだ。
年間約100回行っているボランティア活動も治療に有効となる。具体的な活動内容はゴミ拾いや駅前の清掃、募金活動など。一見治療に関連がないと思えるが、実は重要な意味がある。
「ギャンブル依存症者は『お金にならないことなんかバカバカしい』という考えで生きてきた人達です。そんな人に、お金にならない奉仕活動をさせることは、意識に大きな変化を与えます。活動を通して地域の人達からお礼のお言葉をかけてもらえることもありますが、そういった経験から自分が社会の役に立つという自己肯定感が生まれます。自己肯定感を育てていくことが回復につながるのです」
過疎化と高齢化が進む山梨では、若い入所者を多く抱えるグレイス・ロードは地域から重宝されているという。これまで続けてきたボランティア活動の実績によって、地域からの信頼は厚い。世間一般では忌避されがちなイメージのある依存症者だが、地域のお祭りの手伝いを依頼されたり、運動会への参加を促されたりと、良好な関係を築いている。
「山梨における人口の減少や高齢化は深刻な問題ですから、地域に対して多少の貢献はできているのではないかと自負しています。とはいえ、依存症者達だから、ちょっと脛に傷があるかもしれないです。でも、傷物であっても、病気さえ治療してよくなれば有能な役に立つ人材ばかりです」
依存症は、「完治」しないが「回復」はする病気
グレイス・ロードは、これまでに約250人のギャンブル依存症者を受け入れてきた。その内、現在治療プログラムを受けている人は60人。過去に治療を受けた190人が全員回復しているかというと、残念ながらそうではない。
「190人の中で、回復して自立したのは約35%にあたる65人でした。それ以外の125人は、治療を放棄して施設を飛び出した人達です。治療が必要ないと判断したのか、ギャンブルをしたくて出て行ったのかはわかりません」
さらに、社会復帰を果たした65人も約半数に依存症の再発がみられた。自らの意思で自助グループ通いを再開して持ち直した人もいるが、グレイス・ロードに再入所した人も3割程度いるという。
1度回復した人が依存症を再発しても、グレイス・ロードではその人を責めることない。その理由は、依存症=病気だという前提があるためだ。
「まだまだ日本では、根性論や精神論で依存症を甘えや怠けとみなす風潮がありますが、そのような誤った意見が事実をぼやけさせています。依存症は、れっきとした病気です。回復しても完治することはありません。
例えば、癌の治療を受けた人が、後に再発したからといって責める人はいないでしょう。同じように、依存症を病気と認識すれば、再発した人を責めるなんてことは絶対にできないとわかるでしょう」
取材・文・撮影/内田陽
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