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人間はさまざまな能力をもっているが、成功に欠かせない「人的資本」となりうるのは、その中でもマネタイズ可能なものだけ

集英社オンライン / 2023年4月12日 17時1分

橘玲氏が幸せの土台に欠かせないものとして定義するのが「金融資本」「人的資本」「社会資本」の3つだ。なかでも成功のために必要な「人的資本」について、氏の最新著書『シンプルで合理的な人生設計』より、その形成方法について解説する。

橘玲氏が定義する幸せの土台として欠かせないのが、「金融資本」「人的資本」「社会資本」の3つの資本だ。本記事では、人的資本とは何か、そして資本の活用法について解説する。

こころを病む原因は長時間労働ではない

日本の会社では、男女を問わず社員のこころの病が大きな問題になっている。

その原因は長時間労働にあるとして、時間外労働の上限規制などの政策対応が次々と打ち出されているが、サラリーマンのメンタルヘルスを診る産業医によれば、問題はたんに長く働いていることではない。



誰もが知っているように、「嫌なこと」をえんえんとやらされるから苦しいのであって、好きなこと、楽しいことであればどれほどの長時間労働でもまったく苦にならない。

スティーブ・ジョブズはマッキントッシュのコンピュータをつくるとき、「1日8時間労働」とか「残業は週15時間まで」などと考えもしなかった。ガレージに寝泊まりして夢中で働いたのは、それが楽しかったからだ。

あらゆる仕事で高い専門性が要求されるようになったが、日本の会社は頻繁な人事異動で「ゼネラリスト」を養成してきたため、仕事に必要な知識やスキルを獲得できないまま、年功序列で役職が与えられる。

そうなると、「この仕事をやりとげるだけの能力が自分にはない」と思いつつも、責任のある仕事を任せられ、誰にも不安を打ち明けることができず、上司や同僚、部下、クライアントの視線に戦々恐々としながら日々をやり過ごすことになりかねない。

プログラミングの知識がほとんどないにもかかわらず、多数のプログラマーを束ねる大きなプロジェクトの責任者になったら、会社に出社できなくなったとしても不思議はない。

それでうつ病と診断されれば仕事から外れることができ、〝ウソ〟がばれずにすむのだから。

高度化した知識社会では、人的資本(高い専門性)をもたない者は、会社(労働市場)のなかで“居場所”を失い、うつ病など精神疾患のリスクが高くなる。

人的資本を一極集中するエッセンシャル思考を勧める第一の理由は、金銭的な報酬が増えるからではなく、こころの健康維持なのだ。

大きな人的資本が自尊心を生む

職場で起きる議論には、「タスクの衝突」と「人間関係の衝突」がある。タスクの衝突とは、いかにビジネス上の目標に到達するかの議論で、対立が激しかったとしても協力的で生産的なものになる。

だがときに、それが人間関係の衝突に発展して職場環境を破壊してしまう。

組織心理学者のフランク・デ・ウィットは、対立への対処の方法として「挑戦状態」と「脅威状態」があるとする。

この2つは生理的な反応が異なり、挑戦状態では心臓の鼓動が高まるとともに血液が効率的に送り出され、脳や筋肉への血流量が大きく増加する。

アスリートが満員のスタジアムに登場するときの高揚感だ。

それに対して脅威状態では、心臓の鼓動は速くなるが、血管の抵抗が増すことで、血流は逆に阻害されてしまう。これは恐怖反応で、「興奮すると同時に身体がぎこちなくなる」状態になる。

デ・ウィットは、議論の参加者に心血管測定器をつけてもらい、挑戦状態か脅威状態かを識別した。するとそこに、明らかなちがいがあることがわかった。

相手と意見が衝突したとき、ひとはそれに対応できるリソースが自分に備わっているかどうかを本能的に計算する。

リソースがあると感じれば、精神的にも肉体的にも準備万端の挑戦状態になる。逆に、自分の能力に対してタスクの要求が高すぎると感じると、それが暴かれるのを回避することに全神経を集中する脅威状態になるのだ。

実験では、参加者が脅威状態に切り替わると、当初の意見を変える可能性が低くなり、議論に勝つのに役立たない情報を排除する傾向が目立つようになった。

一方、挑戦状態の参加者はさまざまな視点を受け入れる姿勢を見せ、はじめに抱いていた見解を改めることもいとわなかった[*]。

大きな人的資本をもつ者は、心理的な優位性があるので、他者の正当な反論を受け入れ、より正しい判断ができる。

それに対して小さな人的資本しかもたない者は、なんとかして自分を守ろうとして、もともとの誤った主張に固執し、結果として災厄を招いてしまうのだ。

自己啓発本では、「自信をもつ」「自尊心を高める」ことの重要性が説かれている。最近では、社員の能力を発揮させるには「心理的安全性」が重要だとされている。

だがこれは、因果関係が逆だ。

自尊心をもてるのは大きな人的資本(高い専門性)があるからで、それによって対立する相手の意見を尊重する余裕が生まれる。

心理的安全性も同じで、それは上司や同僚の言葉遣いによって与えられるものではなく、相手の言葉に「脅威状態」で反応しない大きな人的資本が「安全性」をもたらすのだ。

* イアン・レズリー『CONFLICTED(コンフリクテッド)衝突を成果に変える方法』橋本篤史訳、光文社

人的資本をマネタイズする

経済学では、金融資本(フィナンシャル・キャピタル)を金融市場に投資して収益を得るのと同様に、わたしたちは人的資本(ヒューマン・キャピタル)を労働市場に投資して給与や報酬を得ていると考える―という話はこれまで何度もしてきた。

ここでは重要なことだけを確認しておこう。

ひとはさまざまな能力をもっているが、人的資本とは、そのなかで「マネタイズ(収益化)可能なもの」だけをいう。

学生時代に野球やサッカーをやっていて会社の同好会で活躍しているとか、アイドルの物真似がうまくて宴会の人気者だというひともいるだろうが、こうした能力はマネタイズできていないので人的資本には含まれない。

それに対して、芸能人に扮した動画をYouTubeにアップして、そこから収益を得ているなら立派な人的資本だ。

なぜこんなわかり切ったことをいちいち書くかというと、「好きなこと、得意なこと」をマネタイズできるかどうかが、現代社会ではますます重要になっているからだ。

芸能人やスポーツ選手でも、医師や弁護士などの専門職でも、あるいは起業家や大手企業の経営者・幹部であっても、成功者というのは「自分の能力を効率的にマネタイズしているひと」と定義できる。

もちろん、お金にならなくても有意義な仕事というのは世の中にたくさんある。しかしわたしたちが生きている市場経済では、成功は最終的にはマネーによって評価される。

リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドが成功者なのは、その華麗なプレイによってサッカーファンを魅了したからであると同時に、それによって巨額の報酬を得ているからだ。

ここから、次の一般則が導き出せる。

成功にとってもっとも重要なのは、自分がもつアドバンテージをどのようにマネタイズするかだ。

文/橘玲 写真/Shutterstock

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シンプルで合理的な人生設計

橘 玲

3月7日発売

1760円(税込)

356ページ

ISBN:

978-4478117477

前著『幸福の「資本」論』にて、幸福を「金融資本(資産)」「人的資本」「社会資本」の3つの資本で定義づけし、「幸福な人生」のモデルを提示した著者・橘玲氏。

今回は、「幸福」な人生を最適、効率的に達成するための「成功」へのアプローチについて「合理性」という横軸を3つの資本に加えることで新機軸を打ち出した。

人生はトレードオフの連続でそれ故に選択が重要になる。同じ成果ならリスクが少ないがよいという「リスパ」など魅力的なキーワードを配しながら、制約の多い現代社会を生きていく上での「合理性」と「幸福」について追求する書籍。

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