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「一人でも解雇してたまるか」創業以来最大のピンチを乗り越えるために王者育成の夢を諦めて模索した「戦わないボクシングジム」の道。儲からないと言われるボクシングジムの常識に挑戦した元王者の経営術

集英社オンライン / 2023年4月13日 7時1分

ボクシングジムは以前のような世界王者を目指すだけの場所ではなく、健康志向の一般会員も多く増えている。20年前からいち早くフィットネスボクシング事業を手がけた、国内最大級の会員数を誇るボクシングジムを経営する今岡武雄会長に、経営の秘訣と戦略について聞いた。

8年連続で会員は増え続けた

元プロボクサーで東洋太平洋王者の今岡武雄氏が代表を務める「BOXING CLUB」は、2023年4月現在東京・埼玉・大阪で全9店舗まで拡大している。この規模のボクシングジムは現在もほとんどない。近年はフィットネス系ボクシングジムも人気だが、2003年の創業当時は現在ほど同様のジムが都心部にはなかった。

「競合がおらず、圧倒的なブルーオーシャンだったのが上手くいった要因のひとつでした」(今岡さん、以下同)


「BOXING CLUB」代表の今岡さん

そもそも、ボクシングジム経営が「上手くいく」とはどういうことなのか。もしかしたら一般の方は「タレント事務所みたいに一部のスターが会社や従業員、他の所属プロを支えている」というイメージを抱いているかもしれない。

「人気興行を打つことができる超大手を除き、ほとんどのジムは一般会員の会費収入が収益基盤です。また日本王者や東洋王者はおろか、仮に世界王者を育てることができても、必ずしもジムに安定した収益が約束されているとは言えないと思います。しっかりとプロを育成してチャンピオンを誕生させるためにも、それが目的でないボクシングジムの場合も、前提として一般会員を集客して、経営を安定させることがジム運営において必須だと思います」

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少し複雑な説明となるが、国内のプロボクシングの試合に出場する選手は、日本プロボクシング協会(以降協会)に加盟しているジムに所属している必要がある。今岡氏のBOXING CLUB(旧イマオカボクシングジム)も、第1号店が軌道に乗ったあとに協会に加盟して、プロ選手の育成をスタートした。つまりボクシングジム経営は、「プロのためだけのジム」ではなく、「一般会員あってのプロ育成であり、ジム経営」が実状だ。

ちなみに今岡氏はかつて所属していたジムの恩師である齋田会長から、「選手育成はジム運営が安定してからやれ」と言われたという。

「選手育成は生半可な向き合い方ではできません。繰り返しになりますが、まずはきちんとジム運営を安定させないといけないということです」

しかし、今岡氏のジムは今はもう協会を脱退して、プロボクサー育成はしていない。コロナ禍で会員が急減し、創業以来最大のピンチが訪れたからだ。

コロナ禍で創業以来最大のピンチ

BOXING CLUBの会員数は第1号店オープン時、毎月50人ずつのペースで増えていった。

伸び幅は徐々に落ちたものの、2011年までずっと右肩上がりで増加したという。ピンとこないかもしれないが、他のボクシングジムが会員100人以上を維持するのに苦労する中、これは異例といっていい。2011年からはほぼ毎年のように支店も増やした。

しかし、コロナ禍で2020年4月を境に会員数は急減。一気に3割ほどの会員が退会した。

「1日で80人、90人とやめる方がいるときもありました。協会から脱退したのも、ジムの経営基盤を建て直す必要があったからです。当時6名のプロ選手がいましたが、大変申し訳ないことをしました。移籍先のジムは自分で選んでもらって、それぞれ私も挨拶に行きました。ただそのときは、チャンピオンを育てる夢を諦める悲しさとか感じる余裕もないくらい『一人でも解雇してたまるか』と経営再建に必死でした」

コロナ禍で外出控えの対策として、同じBOXING CLUBなら会員アプリでどの店舗でも練習できるようにした

とはいえ、1点どうしても気がかりなことがあった。プロ選手を担当していたトレーナーのモチベーション低下だった。

「元日本王者のプロ担当トレーナーがいるのですが、協会脱退を伝えるときはモチベーションが低下するのではと心配でした。彼は全力で選手を支えてくれていたので。でも、彼は『わかりました』とただ一言、その場で静かに聞き入れてくれたんです。他のスタッフもコロナ禍を乗り越えるために頑張ってくれて、本当に感謝しています」

その後、何とかコロナ禍のダメージから再建できたが、完全には戻っていない。

「ジム経営は固定費が大きいので、店舗を拡大すればするほどすぐに赤字になりかねない。だから余裕はいつもないですよ。でも、自分はいつも恐怖や不安をエネルギーに変えて生きてきて、現役中も試合でダウンしたあとにどうするかということを起点に練習していたんです。ジム経営も最悪のことから逆算して、入居契約時に退去時の原状回復費用の見積りを取って不安を取り除いているくらいなので。

今は次のビジネスチャンスに向かっています。またやってやるぞという感じです。創業当時から今まで支えてくださった会員様、また現在も尽力してくれているスタッフに対しては本当に感謝しかないです」

「感謝している」という言葉は口に出すだけでは軽い。しかし今岡氏の場合、例えば2003年のオープン時に家賃の値切りに応じてくれたオーナーには、その後自ら申し出て賃料上げをお願いした。さらに創業から14年後に建て替えにともなう退去の要請がオーナーからあった時は、一般的には店子が受け取る慣習の立ち退き料も一切受け取らなかったという。

「最初の値切りがなければ創業すらできなかったですから。周囲からは『どうしてそんなことするの?』と呆れられましたよ。でも現役時代の恩師だった齋田会長からは『不義理をするな』と日頃から教わっていましたので」

左から創業時のトレーナーである斉藤一人さん、第1号店のビルオーナーの小寺正夫さん、小寺さんを紹介いただいた笠原正文さん、今岡会長。

ボクシングで食える人を増やしたい

BOXING CLUBは2023年4月現在、社員21名にアルバイト24名。社員は全員がフルタイム勤務で、ボクシング一本で生活している。これも他のボクシングジムではほとんどあり得ない雇用規模だ。

「待遇も最低賃金を出しておけばいいという考え方は一切捨てて、『俺だったらこの給料なら頑張れるな』と自分事として考えて、最大限アップするように適宜見直しています。

自分だけでなく、裾野拡大のためにはボクシング一本で食べていける人をもっと増やしたい。トレーナー業が社会的にずっと片手間の副業では意味がない。やる気のある人は昇給はもちろん、独立したい人がいたらマーケティングや人材マネジメントや交渉術など、何でもオープンに教えてきました。求人応募にも『独立の夢が持てます』と記載し、実際にこれまで4人が独立してジムを開業しています」

スタッフのなかには独立志望のトレーナーもいて、運営のいろはも尋ねられれば惜しみなく教える。

創業後、今岡会長にボクシングジム経営について教えてほしいと、起業志望者が両手では足りないほど多くたずねてきたという。ほとんどが初対面だが、事業計画書の作り方から運営で大切なことまで、無償で教えてきた。

「自分も創業前に色々な先輩方にアドバイスをもらった恩があるので、今度は自分が次の世代につなげるのが当然の役割」

従業員にはトレーナー業務だけでなく、経験や希望に応じて店舗マネージメントも任せる。そのための研修もみっちり行う。

「営業マン時代は新人研修の担当を務めていたので、今でも営業理論やセールストーク研修を毎週土曜日にZoomで実施しています。店舗での新人研修では、技術指導以前に接客をはじめサービス業の基本を何度もロールプレイングして覚えてもらいます。スタッフに対しては元チャンピオンであろうがスパーリング大会しか出たことがない経験者であろうが、そこは分け隔てなく指導します」

一般会員さんの応対はミット持ちだけではない。準備体操の段階から積極的にトレーナーの方から挨拶するように心掛け、自然なコミュニケーションを図る。

しかし一般会員が長く定着するために大切にしていることは、別にもあるという。

「フィットネスボクシングなど『なるべく楽しく運動する』ことだけを重視した時期もありましたが、それだけではモチベーションが続かない。我々は技術者集団として、会員さんのやる気を尊重して、『ガードが下がってますよ』『今がチャンスですよ』とか、気持ちを込めてボクシング技術やメンタルを教えることを大切にしています。とくにメンタルの作り方はビジネスに通じる部分もあって、別にプロ選手じゃなくても、ボクシングの本質的なところで理解してもらえることがあるんですよ。そんなときは本当に嬉しいですね」

現在はお互いにパンチを当てるスパーリングは危険がともなうので行わない。しかし、フォームなどを競うマスボクシング大会を定期的に実施している。今岡氏は、「ボクシングは実践してみることで観戦も楽しくなる」と話す。

マスボクシング大会の入賞者にはトロフィー授与や、専用カードを作って勝利ごとにポイントが貯まるアプリも開発している

「ボクシングジムといえば『憧れのプロ選手みたいに強くなりたい』という夢があります。しかし一方で、ストレス解消や健康目的をキッカケにして、ジムに入会される方が現在沢山いらっしゃいます。そのようなニーズに対し、老若男女問わずより多くの人へ、都会のど真ん中でもできる手軽なスポーツとして、日々の生活の中に取り入れてもえれば嬉しい限りです。

またその競技の楽しさや奥深さを実際に体感することで、自ずと選手へのリスペクトが増し、その結果ボクシングファンの増加につながるのではと考えています。ボクシングあっての我々です。長年育てていただいたプロボクシング業界に対し、私流のやり方で少しでも恩返しできたら、今はそれが最高の幸せです」

取材・文/田中雅大 撮影/寺島佑(fort)

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