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江ノ電・和田塚駅から徒歩2歩。住んだ人の息づかいが残る古民家カフェで出会った生まれて初めての味

集英社オンライン / 2023年4月15日 11時0分

鎌倉で育ち、今も鎌倉に住み、当地を愛し続ける作家の甘糟りり子氏。食に関するエッセイも多い氏が、鎌倉だから味わえる美味のあれこれをお届けする。今回は江ノ電・和田塚駅から徒歩2歩のところにできた、古民家を改造した優しいカフェを。

住人の息づかいが残された古民家カフェ

江ノ電和田塚駅から徒歩二、三歩。
大切なことなので繰り返すが、二分ではなく、二歩。ほとんど江ノ電の駅の南側の続きのような場所に「ブリーズバードカフェ」はある。私の歩幅だと駅から大股二歩でここに着く。元は民家で、門構えや表札はそのまま残されている。門を潜ると、店名の通り風通しがいい空間が広がっている。

鎌倉には古民家を改装したレストランやカフェが多く、それぞれの改装の方向性を味わうのも、鎌倉らしい楽しみだ。元の家をどれぐらい生かしているのか、どんな風に生かしているのか、もしくはまったく別のものに作り変えているか、手掛ける人によってさまざまである。私は前の住人の息づかいがどこかに残されているような改装が好き。




古めかしい大きな石の門を潜ると、全く別の軽やかな世界が広がっている。北海道から運んだ木材でシンプルに構成された室内は解放感に満ちていて、モダンな印象だ。
広々とした庭を望むテラスは3卓。頭上の白い日除布がアクセントになっている。元は庭だったところにテラス席を作ったため、そこにあった植物を塀側に移動させており、壁に沿って並べられたさまざまな草木は小さな植物園のようだ。庭側は大きなガラス窓なので店内と庭の一体感があって、店の中にいてもテラスにいるような気分になる。

こちらの改装を手掛けたのは葉山に事務所を構える「セイムピクチャーカンパニー」。ビューティーサロン「uka」のミッドタウン店のリニューアルや札幌店、大阪店や神戸店を手掛けている、といったら作風が伝わるだろうか。
木材を扱うのが上手く、ナチュラルな空間づくりを得意としている。ブリーズバードカフェのシェフ片岡聖斗さんによると、「材料を無駄しにしない。素材をそのまま生かしてくれる」ので、セイムピクチャーカンパニーに決めたという。使用されているワックスは米油や蜜蝋でできていて、口に入れても大丈夫なものだそうだ。

片岡さんは北海道の厚岸町出身。実習船のコックをした後、新富町のフュージョン「クーリ」に入った。そこに客として来ていたオーナーに「鎌倉で飲食店をやってみないか」と声をかけられ、この地にやってきた。

生まれて初めて食べたのは……

先日、初めての味覚を体験した。
モーニングの朝食で「三浦野菜&鎌倉野菜のサラダ」を頼んだ。さまざまな野菜の中にフグのフリットやワラサの刺身が混ざったカラフルな一皿だ。その中に茶色く光るジャーキーのようなものがあった。いわゆる「映え」そうな食材がひしめき合う中、異彩を放っている。恐る恐る噛んでみると、しっかりした塩味と奥深いコクが口の中に広がる。たまたま日本料理屋でバチコを食べたばかりだったので、それかと思った。
バチコとは、なまこの卵巣を干したもの。まさかこんなファッショナブルなサラダにバチコ? しかし、その正体を聞き、またもや驚いた。なんと鹿肉の生ハムだった。丹沢の鹿肉を干してから、葡萄の枝でスモークをかけたという。

鹿肉のハムを食べたのは生まれて初めて。味が何層にもなった、忘れられない生ハムだ。この日はサラダの中の一アイテムだったけれど、いい赤ワインでこの生ハムだけを食べてみたい。


この日、デザートで選んだのは「春菊のティラミス」。カスタードソースの代わりに春菊のペーストやこし餡が使われており、乾燥した蕪の葉っぱが飾られ、小松菜のパウダーがかかった緑色のティラミスである。おもしろいアイデアだった。気を衒って見えないのには、この店に流れる風通しの良さも一役買っていると思う。

ベーカリーとしても地元の人たちの生活に根付いて

開業は2021年7月だが、まだまだこれからの進化が楽しみな店。今はモーニングとランチの営業だけれど、ディナー営業も期待している。夕暮れ時にテラスで飲んだら気持ちがいいだろうなあ。そして、店の奥、江ノ電の線路沿いには畑を開墾中で、たくさんのハーブや野菜が育てられている。採りたての葉っぱのサラダやむしったばかりのハーブを添えたみやじ豚のソテー、なんてことが近い将来可能になりそうだ。もしかしたら、これを書いているうちに実現しているかもしれない。

そして、書いておかなくてはならないのはベーカリーとしても地元の人たちの生活に根付いているということ。子供のいる家庭には「ふわふわパン」や「ねじりパン」が人気。ねじりパンは誰しもが給食で食べたことがあるはずのあれだ。

私がイチオシなのは、「リンゴと胡桃のフォカッチャ」と「生姜のフォカッチャ」。こちらはワインやウィスキーのあてにも良さそうな大人っぽい味わい。イチオシといいながら二つ、推してしまったが。パンだけを買いに、和田塚駅を降りることもよくある。片岡さんに、パンはどこのブーランジェリーで修行したのか尋ねてみたら、「YouTubeです」とのこと。時代がどんどん変わっているのですね。


写真・文/甘糟りり子

「甘糟りり子が選ぶ鎌倉商店2023」開催中

鎌倉育ちで素敵な鎌倉ライフを発信している作家・甘糟りり子さんが選んだ鎌倉の逸品を紹介・販売するフェアを、代官山 蔦屋書店1号館 1階 ブックフロア開催中。

今回のフェアにあわせて自身で選書もしており、お母さまである作家、エッセイストの甘糟幸子さんによる1986年刊行の食エッセイ『料理発見』(アノニマスタジオ)が復刊してお目見え。
「鎌倉商店」に集うお店の紹介コメントともども必見です。
美味しいもの、素敵なもの、面白い本を探しにぜひ。

詳細はこちらから

鎌倉だから、おいしい。

甘糟 りり子
江ノ電・和田塚駅から徒歩2歩。地元に根付きつつある古民家カフェで出会った生まれて初めての味_8
2020年4月3日発売
1,650円(税込)
四六判/192ページ
ISBN:978-4-08-788037-3
この本を手にとってくださって、ありがとう。
でも、もし、あなたが鎌倉の飲食店のガイドブックを探しているのなら、
ごめんなさい。これは、そういう本ではありません。(著者まえがきより抜粋)

幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける著者が、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集。
お屋敷街に佇む未来の老舗(イチリンハナレ)、自営の畑を持つ野菜のビーン・トゥー・バー(オステリア・ジョイア)、カレーもいいけれど私はビーフサラダ(珊瑚礁 本店)、今はなき丸山亭の流れをくむ一軒(ブラッスリー・シェ・アキ)、かつての鎌倉文士に想いを馳せながら(天ぷら ひろみ)……ガイドブックやグルメサイトでは絶対にわからない、鎌倉育ちだから知っているおいしさと魅力に出会える1冊。
素材が豪華ならいいというものでもない、店の内装もまた味わいの一端を担うもの、いいバーとバーテンダーに出会う喜び……著者自身の思い出や実体験とともに語られる鎌倉のおいしいものたちは、自然と「いい店」「いい味」ってこういうことなんだな、という読後感をくれる。
版画のように精緻なタッチで描かれた阿部伸二によるイラストも美しく、まさに読んでおいしい、これまでなかった大人のための鎌倉グルメエッセイ。

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