2017年から活動している「カタルシスの岸辺」。カットされた映像や使われなかった写真のデータ「死蔵データ」を素材として、その販売や加工サービスなどを行っている。
このグループが昨年から開催してきたのが「死蔵データGP」だ。一般応募254件の死蔵データを、審査員73名を招いて真剣に審査。1位には賞金10万円を授与するという“死蔵データの大会”である。
著名アーティストや批評家などの多様な審査員による予選を経て、一般観覧も招いた3月の決勝戦でついに決着がついた。
“いらない画像”に賞金10万円!? 現代美術作家が仕掛ける「死蔵データグランプリ」の狙いとは
集英社オンライン / 2023年4月19日 18時1分
若手美術作家のグループ「カタルシスの岸辺」が、およそ1年がかりで開催した「死蔵データGP(グランプリ)」。使われないが消されもしない画像や映像などを募って優勝を決めるコンペティションだ。一風変わった活動の背景をメンバーに聞く。
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3月25日に開催された「死蔵データGP」の決勝戦
乱暴にまとめれば、“ゴミの再利用”に10万円。しかし、「誰にも見せていないけど消すこともできない」という死蔵データには謎の魅力があるという。その見どころとはいかに?
◆ ◆ ◆
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「カタルシスの岸辺」メンバー。右から店長(代表)の荒渡巌、大山日歩、宍倉志信、鈴木雄大、みずしまゆめ、岡千穂、海野林太郎、高見澤峻介
死蔵データには「欲望が詰まっている」
――「死蔵データGP」の開催理由は?
荒渡巌(以下、荒渡) 死蔵データの「仕入れ」はこれまで知り合いからということが多く、自然とアーティスト寄りのものになっていました。
もっと多様な人の死蔵データを見てみたいし、そのためにより幅広い人を巻き込める仕組みとしてコンペティションを企画しました。
――そもそもなぜ死蔵データに注目したのでしょうか?
荒渡 特に映像作品の場合、作品に使われるのは撮影したうちのごく一部。カットされたデータを見せてもらうと、そのままでも見応えがあってもったいないんですよ。なので、再流通させたいと考えました。
海野林太郎(以下、海野) 作品にしない、SNSで公開もしないけど、消してもいないという微妙なデータ。だから、欲望がそのまま詰まっているというか。
宍倉志信(以下、宍倉) 公開するものは取捨選択されていますからね。
海野 今は隠したい欲望が死蔵されていて、隠された中にきらめきがある。死蔵データはこの時代だから発生しているものなんです。
荒渡 スマートフォンなど身近なデバイスで簡単に撮影できるから残ってしまうというのもあるね。
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カタルシスの岸辺が配信を行っている東京都内のスタジオにて
各界の「一番面白い人」が審査
――死蔵データGPの見どころは?
海野 YouTubeで公開している審査番組はぜひ見ていただきたいです。予選では254件の応募データを24ブロックにわけ、ブロックごとに3人の審査員に一つひとつの死蔵データにコメントを書いて点数をつけてもらいました。それを発表するYouTube番組を公開しています。
死蔵データGPでは、番組形式で死蔵データの審査を行った
宍倉 死蔵データって、目的から外れたデータだから何がいいのか言語化できないんですよね。それを審査してるから、変なんですよ。
海野 例えば、Aブロックでは、とがったエッセー漫画を描いているナクヤムパンリエッタさん、劇作家のカゲヤマ気象台さん、キュレーターの檜山真有さんと、本来なら同じものを審査するわけがない3人が「マジでいらない」死蔵データについて真剣に論じている。
大山日歩(以下、大山) ナクヤムさんの審査は視聴者からもよく言及されますね。印象的で面白かったみたいです。
海野 2022年のカタ岸メンバーが考える一番おもろい人たちに審査員として集まってもらって、本来点数のつけられない死蔵データに点数をつけてもらってます。
荒渡 「スーパーロボット大戦」状態。
一同 その例えはスマブラでいいだろ(笑)。
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審査員のコメントを確認するメンバーたち
――審査員はどのように決めたんですか?
荒渡 ブレスト会議をして候補者を挙げまくって、年齢や職業、専門性がバラけるように依頼しました。大事なのはこの面白さを理解してくれそうな人という……。
海野 ほとんどの人が快諾してくれてうれしかったですね。
荒渡 難しすぎて審査できるわけがない、と断られてしまったこともありますが(笑)。
――印象に残っている審査は?
海野 劇作家で演出家の山本卓卓さんのコメントはすごかった。完成度がヤバいです。
みずしまゆめ(以下、みずしま) あれは劇作家じゃないと書けない文章ですね。あのコメントを書く人の劇が面白くないわけないと思って劇も見に行ってしまいました。
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山本卓卓さんの審査コメント
海野 そう言って見に行った人を他にもふたり知ってるよ(笑)。
大山 個性的な審査で思い出すのは、批評家の黒嵜想(くろさきそう)さん。審査しながら別のストーリーをつくり上げていて……。
海野 10本分の審査コメントを通してまるでひとつの小説になっていた。アクロバティックないい審査でした。
古いエクセルデータから垣間見える人の営み
――では、印象的な死蔵データは?
海野 「おばあちゃんの視点と指」という、過疎地域でデコチャリを走らせる応募者を自分の祖母に撮ってもらったという映像データ。おばあちゃんが(カメラでの)撮り方をわかってないからブレ方が新しかった。
荒渡 あらゆる構図が決まってなくて最高。
高見澤峻介(以下、高見澤) 静かな情景にお互いの信頼関係が感じられて、おばあちゃんが孫を見ている視点なんですよね。でも、ムダに長い。
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「おばあちゃんの視点と指」の一場面
荒渡 家庭のストーリーを感じる死蔵データというのもありますね。子どもにご褒美としてあげたのであろう「ゲームプレイ時間延長券」のエクセルデータも面白くて、相当古いみたいで貼ってあるイラストの「Web1.0感」がすごい。
海野 いいご家庭なんだろうね。審査ではギリギリで競り負けてしまったけど……。
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「ゲームプレイ時間延長券」のエクセルデータ
大山 「おっちゃん」という写真はすごかったです。圧倒的な絵で普通に写真作品として完成されているから、「死蔵データ」としてはどうなんだ?と。
でも、おそらくそこには撮影者の作品としては発表しない何かがあるんですね。
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写真作品の「おっちゃん」
海野 とにかく写真としていいから結局みんなほとんど満点をつけていて。死蔵データの概念を突破してきましたね。
荒渡 この名作は、死蔵データとして1100円で買っていただけますので。ぜひプリントして飾ってください。
無職時代のメモ、ボツの修士論文…まさに死蔵
――「死蔵」の中にも見応えのあるデータが存在するんですね。逆に「死蔵っぽい」ものもありますか?
岡千穂 (マイコンの)Arduinoで、LEDを3つ光らせるだけのプログラミングデータとか。
高見澤 あれはコードが長すぎて初学者だとわかるのもよかったですね。
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プログラミングデータ
荒渡 昔のMacintoshのペイントソフト「KidPix」のデータを送ってくれた人は、もうソフトが最新のOSに対応してなくて開けないのでわざわざ出力見本の画像をつけてくれました。
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「KidPix」データ
宍倉 逆に今っぽくiPhoneのメモ帳のスクリーンショット画像というのもありましたね。「無職時代のメモ」という。
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「無職時代のメモ」
海野 まさに欲望の残滓って感じ。これが審査では勝ち上がるのが面白い。
大山 ボツの修士論文もあったよね。
荒渡 留年しちゃったやつね。
高見澤 でも留年した理由はわかる(笑)。
――これだけデータが集まり、審査をしてみていかがですか?
みずしま 応募者側も「死蔵データが何か」を考えていて、巻き込まれてくれているなと感じます。
宍倉 応募や審査を通して「死蔵データ観」が形づくられている気がしますね。「死蔵データ」を言い出した主催者側には価値がわからないと思うデータが勝ち上がったりもするし、拡大していっているのでは。
荒渡 審査することで相対化されてわかりやすくなっては来たよね。
海野 死蔵データという一般的にはマジでいらないものを、審査を通してすばらしいアーティストであったり、他のジャンルのすばらしい方々と共有していること自体がすごく幸せな体験ですね。
◆ ◆ ◆
「一番おもろいやつらの頭脳が集まって、いらないデータの一番を決める」という死蔵データGP。4月末まで決勝戦の見逃し配信が見られる。
取材・文・撮影/宿無の翁
画像提供/カタルシスの岸辺
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