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【全長415kmの極限山岳ラン】日本一過酷な山岳レースで大会記録を持つ“絶対王者”と実力ナンバーワンの新鋭のデッドヒート。NHKドキュメンタリー番組制作の舞台裏

集英社オンライン / 2023年4月27日 11時1分

2022年8月に開催された日本一過酷な山岳レース「トランスジャパンアルプスレース(TJAR)」。極限の人間ドラマが満載の熱走ノンフィクション『激走! 日本アルプス大縦断TJAR2022 挑戦は連鎖する』(集英社)より一部抜粋、再構成してお届けする。(全4回の1回目)

富山湾から駿河湾までを走る

“(来場いただいたTJAR2022選手のみなさまへ)ちょっとハードな8日間思う存分楽しんで下さい!”

ミラージュランド園内の貼り紙に、そう記されていた。TJARの公式ホームページでかつて用いた謳い文句に引っかけた、ウィットの利いた激励メッセージである。

ここ、富山県魚津市の早月川河口から静岡県静岡市・大浜海岸のゴールまで約 415キロメートル、北・中央・南の3つのアルプスを縦走、累積標高差2万 7000メートルの道のりを8日間(192時間)の制限時間内に走破することを目指すレースは、この 2022年大会で 11回目を迎える。



距離はフルマラソン10回分。登りの高さは富士山登山7回分。ルート上で通過を求められるチェックポイント(以下CP)は30カ所。

早月川河口(スタート)―馬場島―剱岳―立山(大汝山) ―五色ケ原―薬師岳―太郎平小屋―黒部五郎小舎―双六小屋―槍ヶ岳山荘―上高地―奈川渡ダム―境峠―藪原駅―旧木曽駒高原スキー場―木曽駒ケ岳―空木岳―駒ヶ根高原―市野瀬―仙丈ヶ岳―塩見岳―三伏峠―荒川岳(前岳)―赤石岳―聖岳―茶臼小屋―井川オートキャンプ場―井川ダム―富士見峠―静岡駅―大浜海岸(ゴール)。

TJARのルートMAP

そのうちの以下のCPには通過の制限時刻が設けられていて、今大会では以下のように設定されている。

(早月川河口/スタート)(富山県魚津市)8月7日0時
・上高地CP(長野県松本市)8月9日8時
・市野瀬CP(長野県伊那市)8月11日12時
・三伏峠CP(長野県下伊那郡大鹿村)8月12日17時
・井川オートキャンプ場C P (静岡県静岡市葵区)8月14日4時
・大浜海岸(ゴール)(静岡県静岡市駿河区)8月14日24時


富士山の麓を巡るUTMF(ウルトラトレイルマウントフジ)など、他のトレイルランニングの大会では設けられることが多い、主催者によるエイド(飲食物を提供する施設)やサポートはなし。自らテントを担いで縦走し、事故やトラブルにも自分で対処する。すべてにおいて自己完結を求められる。前回大会(2021年・第10回)からは、山小屋で食事を取ることや、食料を買うことが(水は除く)禁止されるようになった(つまり、山中で食べる食料は、すべて町中から自力で背負っていくことが必須となった)。

賞品・賞金のない応募資格が超ハードなレース

参加資格として、まず厳正な書類選考がある。フルマラソン3時間20分以内、あるいは100キロのマラソンを 10時間30分以内で駆け抜ける走力が求められる。標高2000メートル以上の山でのテント泊の経験なども問われる。書類選考の通過者には実際の実力を測る選考会への参加が課され、危機管理能力がシビアに試される。それを経て、8月に行なわれる本大会に出場できるのは30人。この数字は、ここ数度の大会では不変だ。

選手たちはたったこれだけの装備で約415キロに挑む

ちなみに、このレースに賞品・賞金はない。最近はスポンサーもつくようになってきて、今大会では出場選手全員にスポンサーからのミニナイフやスタート地点である魚津市の酒造会社の銘酒(500ミリリットル)が配られるとのことだが、これは記念品。徹頭徹尾、ただ己のためだけの大会なのである。

ここでまずは、 2021年に行なわれた前回大会について簡単に振り返る。本来、大会は2年ごと、偶数年の開催であり、2020 年に実施される予定だった。だが、新型コロナウイルスによる感染症拡大の影響で、1年遅れて3年ぶりの 2021年8月に開催された。

しかし運が悪いことに、レース開始のタイミングに合わせるかのように台風 9号が日本アルプスへと迫ってきた。大会規約に「ヤマテン予報1日4回(6時間間隔)発表のうち、平均風速 25m/s 以上が2回以上(12時間継続)想定される場合」主催者の判断で大会を中止とする、とある(「ヤマテン」とは山岳専門の気象予報サービス)。その予報が発せられ、大会2日目・午前7時2分に中止が決まった。

その1年後に開催された今大会(2022年大会)では、スタートラインに2年続けて立つことを目指す者が多数いた。その一人、土井陵(たかし)(40歳。以下、文中の年齢は本大会スタート時)。

「台風?事故? ……事故じゃなくてよかった」

2021年のレースでは、トップを独走。その姿を密着撮影していた番組のメイン・ディレクター北條雅樹から大会中止を知らされて、そう返した。土井は大会2日目の朝の時点で北アルプスを踏破。上高地を越え、釜トンネルを抜けて奈川渡ダムを目指していた。2位を進む選手にコースタイムで半日以上という圧倒的な差をつけていた。

4連覇を達成した“絶対王者”の出場

「どんだけできるかやってみたかった。それは前からそうやった。目標とかタイム設定とか決めずにとことん突っ込んでやれって……。まあ、こればっかりは仕方がないです」

それからしばし、無言となった。やり場のない気持ち、悔しさが表情ににじみ出ていた。

土井の走力は折り紙付き。2022年4月のUTMFでは2位でゴール(約165キロを18時間45分45秒)。2022 年のTJAR本大会に出場を果たすとなれば、圧倒的なナンバーワン候補との呼び声が高かった。

大会の優勝候補・土井さん

大阪市在住、本職は消防士という土井がこのレースを目指すようになったきっかけは、2012 年にレースを取材した『NHKスペシャル』を見たことだった。

そのレースには、横綱級の主役がいた。

その名は、望月将悟。

NHKが最初に撮影を行なった 2012年大会では、2010年大会に続けて連覇を達成。その後も 2014年、2016年と優勝して4連覇を達成。2016年大会では、4日23時間52分の大会新記録をたたき出した。さらに 2018年には、山小屋ばかりか町中でも一切補給をせずに重さ約14キロの荷物をスタートから背負ってゴールを目指す「完全無補給」のミッションを自らに課して、達成した。いわば、TJARの“レジェンド”だ。

その望月は44歳。静岡市消防局に所属し、山岳救助隊の副隊長を務める。望月は2018 年大会での完走を果たして以降、TJARには出場しないものと目されていた。規格外の挑戦の結果、3年経っても体の調子が完全には戻りきっていなかった。

装備チェックする絶対王者の望月選手

だが、 2022年初旬、筆者が静岡の山中を案内してもらっている最中のことだった。

「体がずっと重かったんですが、ようやく調子が戻ってきたんです。心臓にも不整脈が出て、『どうかなー』と半年以上様子を見てたんですが、それも復調してきたんですよ」

望月が愉快そうに語った。潮目が、動いた。これを契機にニューカマー・土井とレジェンド・望月の対決、そして初出場となる中高年ランナーたちの己との戦い、その二つのストーリーラインを主軸とする番組化が決まった。制作は2018年、 2021年の時と同様、映像制作会社・日経映像に委託することとした。

実力ナンバーワンと“絶対王者”の争い

制作チームではまず、本大会の展開を想定するところから準備を開始した。一波乱あるとすれば次のような流れではないか、との結論に達した。

すなわち400キロ以上のレースに出場した経験のない土井が、睡眠不足や疲労蓄積などの理由でレース後半・南アルプス山中で調子を崩す。一方で、望月は普段から南アルプスを拠点に山岳救助隊の活動を行なっており、土地勘がある。

加えて、最後の関門が置かれる静岡市井川地区出身であることから「故郷に戻る」という強いモチベーションを持って、南アルプスでペースを上げ、終盤で土井に追いつく。そこに、初出場の選手や 2021年大会の途中中止で涙を吞んだ者たちが割って入るのでは、と。

一点、ここで留意すべきことがあった。「土井と望月の対決を主軸に据える」と書いた。一方で望月本人は、ここまで「トップを狙いたい」とは一切述べてはいなかった。44歳という年齢になり、体力的には全盛期を過ぎていることは、本人が最も強く自覚していた。

北條が本大会前に行なったインタビューでは、こう語っていた。

「自分の中では速かった頃、うまく進めていた頃の自分の姿が脳裏に浮かびます。一方で、今、それができるかというと自信がない。『望月さん負けたのね』と言われることも考えた。じゃあ、出ない方がいいか? そうじゃない。『完走すれば新しいことが見えるのでは。参加すれば感じるものがあるのでは』と思って、一歩踏み出した……というところが今回のチャレンジに対しての思いです」

土井の強さは一歩、抜けている。そこは揺るぎない事実だった。それは望月も認めている。その中で天候不順やアクシデント、睡眠不足から来る疲労、そういった要素が重なってデッドヒートが繰り広げられる可能性はあるし、そうなれば面白い。

#2はこちら
#3はこちら(4月28日11時公開予定)
#4はこちら(4月29日11時公開予定)

取材・文/齊藤 倫雄

『激走! 日本アルプス大縦断TJAR2022 挑戦は連鎖する』(集英社)

齊藤 倫雄&NHK取材班・著

2023年4月26日発売

2090円(税込)

四六判/300ページ

ISBN:

978-4-08-781735-5

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