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三原舞依「この瞬間を待っていたんだ」…感謝を力に変えた大躍進のシーズン

集英社オンライン / 2023年4月21日 19時1分

フィギュアスケートの現場取材ルポや、小説も手掛けるスポーツライターの小宮良之氏が、スケーターたちのパーソナリティを丹念に描くシリーズ「氷上の表現者たち」。第11回は、三原舞依。グランプリシリーズ制覇など大躍進の2022−2023シーズンの舞台裏を伝える。

最多13試合に出場「攻めのシーズン」

2023年4月、東京体育館。今シーズンを締めくくる世界国別対抗戦の演技が終わった直後だった。

「魂をひとつ増やせたかなって」

三原舞依(23歳、シスメックス)は独特の言い回しで、激闘を振り返った。

今年3月、世界選手権フリーの三原舞依

自己最多のシーズン13試合に出場。連戦もあり日程的に厳しい条件の中で、強く輝く姿を示した。



グランプリ(GP)シリーズは2連勝を飾り、初出場のGPファイナルで女王になった。全日本選手権は自己最高の2位、世界選手権も自己最高タイの5位。キャリアハイのシーズンだったと言えるだろう。

「13試合も出られた喜びがあって。体の状態がどうであれ、どんな状況でも変わらない演技ができるようにやってきました。

うまくいったこともそうでないこともあるんですが、いろんな経験は来シーズンの試合で活きてくるはず。さらに成長して、さらに強い三原舞依を見せられるように」

彼女の演技は胸を打つ――。

2022年10月、兵庫・尼崎。年末の全日本選手権の予選となる近畿選手権に、三原は出場している。

雪の精のような白銀の衣装で、氷上に立った。ショートプログラム(SP)で坂本龍一の『戦場のメリークリスマス』の律動に身をゆだね、ピアノの音を丁寧に一つひとつ拾い、安定した滑りを見せた。

「物語は儚いイメージなので、優しく、力強く、と思って滑っています。今季はできるだけ多く試合に出場し、試合ごとに成長できるように」

三原は1年間のプランを打ち出していたが、8月に優勝した「げんさんサマーカップ」に続くシーズン2戦目だった。試合に出る、課題を見つける、練習で克服する、試合に出る……その連続で質を最大限に高め、成長する計画だった。

「今季は体力をつけたいと思っていて、夏から走り込んだり、ジャンプの回数だったりトレーニングも少しずつ増やしてきました。攻めていけるように心掛けて」

彼女は攻撃姿勢でシーズンに入っていた。

『戦場のメリークリスマス』で表現する自分の色

近畿選手権では、冒頭のダブルアクセルは流麗で、着氷後に足を高く上げた。柔らかい膝や体の反りを使って音を表現。

前回の試合で課題にした3回転フリップもGOE(出来ばえ点)を稼ぎ出した。最後は激しく鍵盤をたたくテンポに合わせ、指先まで艶めかしかった。

「ピアノが流れた瞬間、スッて切り替わる感じで。(曲の)世界観に入れました」

三原はノーミスの演技後に振り返った。

「私の好きな曲のリストがあるんですが、『戦場のメリークリスマス』はそのひとつで、(振付師のデヴィッド・ウィルソン氏に)『これを滑ってほしい』と言われて、すごくうれしかったです。

最初から最後まで好きな曲で、いろいろな情感がこもっていて。その曲にのり、人生の苦しさだったり、つらさや喜びだったり、全部を包んで、見ている方々の心に響く演技ができたらと。曲に込められた世界観を大事に、三原舞依の色を出せるようにしたいです」

彼女は人間の儚さと強さを同時に感じさせる曲を選んだ。

首位で迎えたフリーは、スペインのバレエ曲『恋は魔術師』だった。三原は真紅のドレスに黒の飾りが輝く衣装をまとい、スタートポジションから情熱の世界に入る。

ダブルアクセル+3回転トーループ、3回転ルッツは安定。3回転サルコウは着氷が乱れたが、3回転フリップは成功した。後半はやや消耗が見え、最後のループが2回転になるなど改善点は明らかだった。

「ペース配分がまだ決め切れていなくて。全部を上げて、上げて、だと最後は体力がなくなってしまうので、緩急をつけて強いところ、優しくするところって音に合わせながら」

三原は冷静に振り返っていた。総合201.48点と、2位に50点近い大差をつけ、優勝を飾った。

ステップは力強くなり、コレオの疾走感も出て、ロングスパイラルは壁ギリギリまで広くカバーし、ダイナミックさを演出。堂々と西日本選手権へ勝ち進んだ。

表彰式後、三原は自らを叱咤するようにこう語っていた。

「西日本、GPシリーズのイギリス大会、フィンランド大会と続けて試合があるんですが、予定が詰まっているほうが元気でいられるって考えて。コンスタントに試合に出られる中、そこで出た反省点を活かしていければと思っています。

それでファイナル、全日本まで一歩ずつ前へ進めたら。シーズンはどんどん進むので、しっかりやりたいです」

日本女子4人目の金字塔

11月、イギリス・シェフィールド。GPシリーズ第4戦のイギリス大会、三原は自身初のGPシリーズ優勝を勝ち獲っている。

鍛錬の賜物か。SPで72.23点を記録して首位に立つと、フリーでも145.20点とトップスコアを叩き出した。

「今までは(GPシリーズで)4位が多く、『このまま4位でいいの?』と自分に言い聞かせて。気持ちを奮い立たせました」

三原はそう話す。直前に2位のアメリカ選手が高得点を出していた。極度の緊張に襲われたが、のちに振り返って「体の状態は一番いい大会」だったこともあり、練習の成果を見せた。

「試合ごとに一つひとつ改善して進む」

その精神で、続くフィンランド大会、三原はSPで自己ベストの得点で2位につける。フリーでも勢いは止まらない。情熱的滑りで130.56点を出し、トップに立った。これで合計204.14点。怒涛の逆転優勝だ。

試合ごとに強さを増し、2連勝でGPファイナル進出を決めた。「集中力の天才」と言われる彼女にとって、試合に出られるだけで突破口になった。リンクに立てる幸せをかみしめた。

2015年末、三原は「若年性特発性関節炎」という難病の診断を受けている。退院後も歩行が困難な状況が続いたが、2016−2017シーズンに復帰し、全日本選手権で3位、四大陸選手権で優勝、世界選手権5位に輝いた。

スケートに向き合う力は峻烈だった。2017−2018シーズン、平昌五輪の出場は惜しくも逃したが、体調を考えたら戦い切ったことが勲章に値した。

しかし無理はきかず、力を使い尽くしたか。2019年に入って体調を崩し、思うようにリンクに立てず、1シーズンの休養を余儀なくされた。そして2020−2021シーズン、リンクに戻ってきた彼女は命を削るように滑った。

「スケートができる喜び」

それを噛み締めながら滑る彼女は、コロナ禍の大会での希望の灯火のようだった。体力の回復とともに、躍進を遂げた。2022年の初出場でのGPファイナル優勝は、彼女のフィギュアスケート人生に対する祝福だろう。

「スケートができることが幸せで。この結果は、今も信じられません」

GP女王になった三原は、そう心境を明かしている。

「正直、メダルを獲れるとは思っていなくて。中野(園子)先生から『(GPシリーズを)1位・1位でファイナルに来たのはあなただけだから、ファイナルも(優勝を)狙っていこう』と言っていただいていたんですが。

自分が今までなかなか表彰台に乗れず、苦しかったことが頭の中に巡り、本当に実現できると思っていませんでした。練習してきたことを、ショートもフリーも出すことだけを考えて、スケートができる喜びを表現し、感謝の思いを込めて、と滑りました」

リンクに神様がいた。同門である世界女王、坂本花織を逆転してのGPシリーズ初制覇だった。日本人の女子シングル優勝は、2018年の紀平梨花以来4年ぶり。村主章枝、浅田真央、紀平に続く4人目となる金字塔だ。

「この瞬間を待っていたんだ」

全日本選手権でも快進撃は続いた。SPで74.70点、1位の坂本に僅差の2位と絶好のスタートを切った後、フリーでも145.23点で総合も2位。全日本自己最高位の準優勝となった。

シーズンを通した成長で、安定感が増していた。

「足が重たくて。歩いていても、何もないところでつまずきそうになるほどで。これは、やばいなって」

全日本を前に三原はそう明かしていたが、力を振りしぼれる動機が彼女特有だった。

「一番上の座席までお客さまが入ってくれていて。自分の名前がコールされたとき、見たことがない数のバナー(横断幕)が振られていました。

そのとき、この瞬間を自分は待っていたんだって思って。絶対にいい演技をしたいって思いました」

力を出し切るのは、簡単なことではない。持ち味を出せない選手がほとんどである。彼女は苦しくなったときこそ、より輝くのだ。

例えば全日本のフリーでも、セカンドに3回転トーループをつける予定だった1本目のルッツが単発になったが、動揺するよりも「後半勝負」と火がついた。

2本目のルッツのセカンドに3回転トーループを入れ、最後のループに2回転トーループ、2回転ループをつけた。機転を利かせたリカバリーだった。

「ファイナルでは、最後のループをミスしたのが悔しくて。同じクラブで練習している友達に『今回は絶対に跳ぶから!』って言っていました。だから跳べてよかったです。

(北京五輪出場を逃した)昨季ほどのどん底はもうないと思うから……自分の中でいいほうに考えて、細かいところまで意識して滑れました」

小柄な三原が、氷上では大きく映った。

そして集大成が、世界選手権のSPかもしれない。人間讃歌のような『戦場のメリークリスマス』に人生を込めた。

「年明け以降の試合は、自分の中でいっぱい、いっぱいやって。足が震えるほど緊張して、最後まで滑れるかなって不安もあったんですが」

三原はそう語ったが、神がかっていた。鍛え上げた刀がきらめきを放つように、人生を懸けた渾身が伝わってきた。

「声援に背中をグッて押してもらって。最後のポーズのところ、グラッとならないように『止まって!』って思いながら。何回も滑ってきて、今回が一番、心マックスで込められたと思います。

自分が前に進むことができたのは、たくさんの人のおかげなので、その感謝を少しでも伝えられたらって。感謝しながら滑れたのがうれしくて、最後はウルウルしながら」

彼女がまとう空気は温かく、優しい。求道的精神で自らを追い込み、その苦しさを外側に見せないのである。

中野コーチが「(三原は)足が痛かった。最後まで滑れてよかったね、という感じです。不調だったので、最後まで彼女なりに頑張りました」と明かした。

三原は極力、言い訳のような言葉を口に出したがらない。

そしてシーズン最後の世界国別対抗戦も、体調が万全ではなかっただろう。しかし、SPは苦しみながらも大きなミスなく、気力でまとめた。フリーは、3回転・3回転のコンビネーションや3連続ジャンプを降り、最後のループで転倒したが、果敢に挑んだ。

「ループは得意なジャンプなので(転倒は)悔しくて。空中でゆがんでいるのがわかって、いつもなら抜けていたところ、何が何でも(体の軸を)締めてチャレンジしようって。チャレンジ自体はよかったし、次につながると信じて……」

彼女は挑み続ける。来季も、その姿勢を貫くだろう。一瞬一瞬が、彼女のスケート人生の象徴だ。

「氷に乗って、バナーを見ると疲れも吹き飛ぶというか。幸せな気持ちにしてもらえます。『応援しています』『元気をもらえます』と言われるのが、どれだけうれしいか。その方々に少しでも届くような演技をしたいな、と」

彼女はリンクに立つたび、強くなる。その渾身こそ、精霊の正体だ。

文/小宮良之
写真/AFLO

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