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宇野昌磨が対峙し続ける“王者の自分”…前人未到の世界連覇「逆転劇」の真相

集英社オンライン / 2023年4月23日 11時1分

フィギュアスケートの現場取材ルポや、小説も手掛けるスポーツライターの小宮良之氏が、スケーターたちのパーソナリティを丹念に描くシリーズ「氷上の表現者たち」。第13回は、今季、世界選手権連覇を達成した宇野昌磨。「自分」と向き合い続ける王者が次に目指す場所とは?

世界王者の「自分」と向き合う

2023年3月、埼玉。最後のジャンプを降りたところで、宇野昌磨(25歳、トヨタ自動車)は口元に笑みを浮かべていた。スケートの楽しさが満ちると、それが無邪気なほどに溢れ返る。

ステップシークエンスに入ったとき、身体中の細胞が弾けるように躍動した。瞬間の充実を一つひとつ確かめるようだった。

スピンを回り切って最後のポーズをした後、力を使い果たしたようにころんと転がって、ファンの万感を乗せた絶叫を浴びた。



「演技直後はホッとしたというか。久々に練習以上を(試合で)出さないといけない気持ちがあったので。地に足がつかない演技ではありましたけど」

宇野はそう振り返ったが、歴史に刻まれる演技だった。男子シングルの日本人初の世界連覇だ。

今年3月、世界選手権フリーの宇野昌磨

「ワンダフル、ワンダフル、ワンダフル!」

リンクサイドで待っていたステファン・ランビエルコーチが、宇野を抱き締めながら連呼した。

だが宇野は土俵際に追い込まれていた。突然の不調の中、追い打ちをかけられるように右足首もひねった。なぜ、彼は不死鳥の如く羽ばたけたのかーー。

2022年7月、横浜。アイスショー「ドリーム・オン・アイス」で、宇野は“世界王者凱旋”で颯爽と現れた。

黒のセットアップスーツ、白いワイシャツという衣装。ジャケットの袖は7分までまくり、ボタンはきつく留めていた。

ショートプログラム(SP)のブルースギター曲『Gravity』のゆったりとした曲調に躍動感が重なると、重力から解放される浮遊感があった。終盤、得意とするクリムキンイーグルを入れると、観客席の温度が上昇した。

「自分」

2022−2023シーズンのテーマを、宇野はそう定めていた。

「自分」はナルシズムではない。誰かを見下ろす、誰かと競争する、という欲とは相反する。ひたすら自分と向き合い、スケーターとしての存在意義を高める作業だ。

宇野は北京五輪で団体、個人と2つのメダルを獲得し、世界選手権では金メダルを獲った。一番高いところへ上った。だからこそ、彼は「自分」という軸をつくったのだ。

苛立ちともどかしさ

シーズン前哨戦、昨年10月のジャパンオープンでイリア・マリニン(アメリカ)のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)が話題になり、記者から質問を受けたときも宇野の答えは淡々としたものだった。

「初めて生で見て、すごく安定していて、試合で入れられる完成度だなと思いました。自分も現状維持では置いていかれるはず。

成長する余地があるからこそ、そこを見せられたらなと。僕も気持ちはまだ若い(笑)」

世界王者は困難に遭遇するたび、自らと対峙し、乗り越えていった。ジャパンオープン、グランプリ(GP)シリーズのスケートカナダ、NHK杯で優勝も、本調子だったわけではない。

11月、札幌で開催されたNHK杯の公式練習で宇野はトーループやフリップが決まらないことで勇み立ち、浮足立っていた。

曲かけ練習はフリー『「G線上のアリア」+「Mea tormenta, properate!」』を滑ったが、ジャンプで転倒。束の間、氷上に寝転んだ。

「自分は練習で、『今日はこうしよう!』とやりがいを感じ、ワクワクするんです。その感覚が、スケートカナダが終わってからなくなっていて」

大勢の記者たちに囲まれ、マイクを右手に持って話す顔は浮かなかった。

「ジャンプはやっても毎日、違う跳び方になってしまい、反映したい技術がトライしてもできないことに苛立ちを感じています。練習していても、これは意味ないなって。

思い通りにいかない苛立ちやもどかしさが、公式練習でも出ていました。一昨年(2020年)、昨年(2021年)と積み上げてきた基準を下げたくなかったんで、ずっとイライラとしていましたね」

その日、宇野はレストランでランビエルコーチと話し合ったという。「時間ある?」と誘われたのは初めてで、それだけ切迫した様子だったのだろう。

「完璧を求めすぎるな。一つひとつやった先に、それは待っている。目指すものではない」

宇野はランビエルに面と向かって言われて、冷静にスケートと向き合えるようになったという。靴の調整もうまくいかず、万全ではない焦りもあった。

「(成功した)4回転フリップはこっち(札幌)に来て練習で一度も跳べず、試合だけ跳べたもので。ただスケート人生で長くフリップを練習してきた賜物だとも思います。

トーループは失敗しましたが、なんで失敗?とは思っていません。6分間練習で靴のひもが硬かったのをゆるめた結果、フリップはうまくいって、トーループはうまくいきませんでした」

宇野は順序立てて語ったが、論理的思考が彼のスケートを整理する。死にもの狂いだが、投げやりにはならない。王者の矜持だ。

勢いを駆って、GPファイナルでも宇野は優勝を飾っている。世界最強の「自分」と戦い続けてきた彼に敵はいなくなっていた。

大舞台直前に絶不調とケガ

「自信をつける、つけないというところに僕はいなくて」

全日本選手権を前に、宇野は興味深い話を洩らしていた。

「そんなに自信があるわけでも、ないわけでもない。練習で100%成功していても試合で失敗することはあるし、試合だけうまくいく場合もあって。ただ、僕はフワッとしたものはあまり好きではない。

例えば、勝負強さって運がいいだけにも思える。メンタルはすごいけど、自分にとっていいことではない。基本は練習してきたことが試合に出るべき。

今シーズンは試合ごとに課題を見つけ、次の試合で活かせているので、最後に完成を見せられるように」

全日本選手権のSP、宇野は練習で失敗が多かったが、感覚を研ぎ澄ませ、演技を完成させた。

練習に全力で取り組むことで、練習と試合の境がなく、試合で練習以上の動きも出るようになった。鍛錬の典型だ。

「6分間練習を滑って練習してきたのと違う感じでした。でも焦るのではなく、今どうすべきかを考えて、自分をコントロールできました。

スピードを出しすぎず、ゆっくり丁寧に滑ろうって。スピードが出ないリンクで、無理にスピード出そうとすると失敗するなって」

宇野はそう説明しているが、適応力の高さが尋常ではない。短時間で機転を利かし、誤差を修正した。

「自分は試合にかける思いが強く、そこまで深く思い詰めなくてもっていうくらいで。でも何ひとつ投げ出さずにやってきたからこそ、この状況はこうなるなっていうのがわかってきました。

それを活かせたショートだったと思います。最近は失敗が経験になるのもわかってきて、スケートを苦しくなくやれていますね」

そして、さいたまスーパーアリーナで行われた世界選手権に、宇野の真価があった。

大会公式練習に入る10日ほど前から、宇野は突如としてジャンプの感覚を失っていた。大会開幕前日の練習、驚くほどジャンプの成功確率は低く、特にループ、サルコウ、フリップの3本は完全に調子が狂っていた。

「全部のジャンプが調子悪いので、靴の(問題の)気もするんですけど、だからと言ってどうすることもできない。跳べるイメージが湧かないので、どうしたものか。

20%の確率のジャンプで、いろいろ模索はしていますが、変わる気配はない。やるって覚悟を決めるしかない」

宇野は調子をアジャストさせようと、練習では限界まで攻めていた。それが翌日の公式練習でのケガにもつながった。

サルコウの着氷で右足首をひねり、氷の上に崩れ落ちた。緊急事態だった。不調に加え、ケガまで背負うことになったのである。ケガ予防が万全だったことで、歩行困難になる事態は避けられたが……。

「久しぶりに、感情を試合にぶつけるような演技になりました。いつもより、さあ頑張るぞ、と」

宇野はそう語って、自身の力を総動員した。底力がない選手は空回りしていただろう。

「逆境に強いかは別にして、こういう経験は過去にもしてきました。痛い中での練習もやっていて。当時は身のためにならないって思ったのですが、おかげでどこをかばって、どういうジャンプになるかって、予想できました。

悪いからといって、救済もない。今の自分は何ができるか。フリップが痛くて跳べないなら他のジャンプ。跳べそうなら絶対フリップって。自分は直前に変えたジャンプで成功した例がほとんどないし、6分間練習では跳べていたので……」

王者だけが見られる景色

リンクに立った宇野は、『Gravity』の旋律に自然と体を動かした。

冒頭、4回転フリップを成功。2.99点ものGOE(出来ばえ点)がついた。4回転トーループ+2回転トーループのセカンドは3回転が予定構成だったが、とっさの判断だった。

「まずは単発のトーループを降りて、と思って(セカンドは)トリプルやろうか迷ったんですが、構えは踏み切りはダブルだったし、中途半端にやってこけてしまうのは最悪なので」

その判断も、世界王者がなせる業だろう。わずかな迷いが、すべてを狂わせる。そこに常勝選手と惜しい選手の差がある。

「今までの練習は無駄ではないので、気持ちひとつで投げやりにならず。たとえできなくても最善を尽くそうと思っていました」

彼は「自分」と対峙していた。シーズン開幕前に掲げた道標だった。

ハンデを背負う中で挑んだフリーは、各選手がしのぎ合うハイレベルの競争になった。

ジェイソン・ブラウン(アメリカ)が高い演技力を見せる。ケビン・エイモズ(フランス)も精密な演技で自己最高得点を叩き出す。さらにチャ・ジュンファン(韓国)が想像以上の滑りで、合計296.03点でトップに躍り出た。マリニンはジャンプが決まらず、チャを超えられなかったが……。

<大きなミスは許されない>

人と自分を比較していたら、巨大な重圧に押しつぶされたはずだ。

宇野は決然とした顔つきでリンクに入り、集中の密度は周りに伝わるほどだった。ひとつ大きく息を吐いて、スタートポジションでしゃがみ込む。

会場に『G線上のアリア』のバイオリンのたおやかな音が鳴ると、静かな予感が漂う。彼は音に拾って、おおらかに両手を羽ばたかせるように立ち上がり、演技に入った。

冒頭、4回転ループを完璧に着氷した。右足首のケガをものともしない。

「試合中は痛み以上に集中している」と宇野は言う。

4回転サルコウは着氷がやや乱れたが、4回転フリップは浮き上がるような高いジャンプで成功させた。トリプルアクセルも降りて、コレオ、フライングキャメルスピンも隙がなかった。

「あと一個は失敗しても大丈夫だけど、大きなミスだとあやしい」

彼は頭をフル稼働しながら、演技後半に向かったという。

曲が『Mea tormenta, properate!』に変わってテンポが激しくなると、宇野は嵐の中を突き進むような滑りを見せる。

懸案だった4回転トーループを成功。次は4回転トーループのセカンドで着氷が詰まるが、「GO」と言うランビエルの声を背に、セカンドで1回転トーループをつけた。

「ダブルトー(2回転トーループ)をつけても1点ちょっとしか違いはない」との判断だったが、セカンドなしだったら、リピートになって大幅に点数を減らしていた。

そしてトリプルアクセル+ダブルアクセル+シークエンスを華麗に決め、高得点を叩き出した。冒頭に記したように、着氷直後には笑みを抑えきれなかった。

「不安はありました。たとえ足が治ってもコンディションはよくなかったので。ただ、朝の練習、6分間練習でやれるイメージは湧いていました。

もう一回やったら、(優勝は)絶対無理だなと思います(苦笑)。もっとやれたかもしれませんけど、今何ができるかと言われたら、『これ以上できない』と言い切れます」

前人未到の世界選手権連覇後、王者はそう振り返った。宇野だけが見られる景色が広がっていた。

「自分が求めるのは、結果以上に自分が演技を見返したときにいいなと思えるかどうか。この2年間それができているか?と言われたら、『うん』とは答えられなくて。

2年前まで成績が出ず、まず成績出したいというのがあって、成績が出たのはうれしいですけど、成績を目指したスケートになっているという気もします」

その飽くことのない自己探求が、彼を不死鳥にしたのだろう。

「憧れの高橋大輔さんのように、楽しいスケートを体現できているか。その先に、自分が今後スケーターとしてどうしたい、が見つかるといいなと思っています」

表現者として、宇野は異次元に入る。

文/小宮良之
写真/AFLO

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