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〈刑務所出所者を雇用する社長〉栃木のレディース暴走族「魔罹啞」の初代総長は、いかに刑務所出所者たちの“聖母(マリア)”となったのか?

集英社オンライン / 2023年4月21日 16時1分

『裁判長!ここは4年でどうすか』の北尾トロと、『つけびの村』の高橋ユキは裁判傍聴界の先輩・後輩。その二人が、3月に東京・渋谷の大盛堂書店で行なわれた北尾トロの『人生上等!未来なら変えられる』の刊行記念イベントで対談した。二人が裁判傍聴で何度も聞く言葉「あなた何度目の裁判ですか」の裏側にあるものとは。(前後編の前編)

レディース暴走族「魔罹啞」の初代総長

裁判傍聴や町中華、狩猟など、さまざまな世界を軽妙な文章で垣間見せてくれるノンフィクション作家、北尾トロ。2月に刊行された『人生上等!未来なら変えられる』では、かつてレディース暴走族『魔罹啞(マリア)』の総長をつとめ、二度の服役経験がある建設請負会社社長、廣瀬伸恵に密着している。


栃木最強を誇ったレディース暴走族「魔罹唖」。前列右が初代総長の廣瀬(写真は廣瀬氏提供)

北尾は相棒として旧知のカメラマン、中川カンゴローを誘い入れ、ふたりで廣瀬の元に通い、取材を重ねた。廣瀬の半生はハードだが、北尾の軽妙かつ味わい深い文章により、まるで自分も廣瀬の会社でお茶を飲みながら一緒に話を聞いているかのように読み進めることができる。

今も裁判所で北尾とばったり会うこともあるという高橋の構成で、新刊刊行のイベントレポートをお届けする。


北尾 僕が裁判傍聴を始めたのが2000年の前半ぐらい。当時の自分の連載テーマに「裁判の傍聴」があったんですね。実は裁判の傍聴は誰でもできるという、今となってはみんなが知っているようなことを、当時は全然知らなかったし、世間に知られてもいなかった。そこで一度見に行ったら、普段ニュースや新聞に載っているデカい事件と全然違う世界があった。ニュースにならないような裁判でも、当事者である被告人は、必死なわけです。なんとかして実刑を免れたい、少しでも量刑を軽くしたいと、土俵際で踏ん張ってるみたいな雰囲気があった。それに魅せられて、裁判所に通い始めたんです。

それから1〜2年した頃かな。その頃の裁判所って、いわゆる傍聴マニアはまだ少なかった。法曹関係者、事件関係者以外で傍聴している人は、課外授業で学校から来ている中学生、高校生以外はあまりいなかったんです。そんな中にユキさんがポツンと(笑)。

高橋 急に現れて、すみません(笑)。

北尾トロ氏(左)と高橋ユキ氏(右)

北尾 急にいたんですよ。でも、僕は小さい事件、ユキさんは最初からわりと大きい事件を追っかけていたから、年中会うわけじゃないんですけど、例えばロビーで見かけたり、たまたま僕が大きい事件を見に行ったときに、僕が座りたいような良いポジションの席にユキさんが座っていたりして「何者なんだ」と思っていたわけです。

高橋 そうだったんだ。すみません(笑)。

北尾 その頃、傍聴マニアのおじさんたちが少数ですけど存在していて、東京地裁が霞ヶ関にあることから「霞ヶ関倶楽部」という傍聴集団を作ってて情報交換していた。彼らもユキさんになんとか指南したいと盛り上がっていたんですよ。「あの子は一体誰なんだろうね」「裁判の見方知ってんのかな」みたいな感じで、うずうずしてるのが分かって。

高橋 ちょっと怖いけどありがたいです(笑)。私はその頃、傍聴仲間が欲しいと思いながら、裁判所に一緒に行きたいという知人を案内したりしていたんですが、たまたまトロさんの当時の連載で「霞ヶ関倶楽部」のダンディさんという男性にインタビューしている記事を読んだんです。これだ、と思って、傍聴集団の「霞っ子クラブ」を作りブログを開設しました。それが今の自分の始まりになったので、トロさんには本当に感謝しているし、頭が上がらないです。

自ら建設会社を作って、刑務所出所者を雇用

北尾 ユキさんは傍聴メモも、最初からもう小っちゃい小っちゃい字でものすごいスピードで書いていて。僕は自分がマニア気質じゃないので、マニアの人を取材したりするのが好きだし、全員尊敬するんです。同じことを飽きずにですよ、何十年もやって、生涯もうほかのことに目もくれないような方を。

高橋 傍聴マニアの中には私に限らず詳細なメモを取る方がいらっしゃいますよね。私は最初の頃は本当に毎日裁判所に通ってましたが、トロさんは毎日来る派じゃないイメージがあった。それにお互いが毎日通っていた時期がずれていたんですよね。そのせいか、トロさんが来た日って裁判所がザワついてて「今日はトロさんいるよ!」とか、伝聞で回ってくるんです(笑)。

高橋ユキ氏

北尾 しょっちゅう通っていた時期もあったんだけど、見てる法廷も、見てる事件も違うから、行ってても会わなかったのかもしれない。で、何年かするうちに、ユキさんが原稿を書き始めて、同業者というか、そんな感じにだんだんなってきた。一貫して大きな事件、主に殺人事件を追いまくってたけれど、裁判所でメモを詳細に取って書くイメージだったから、現場に行くようなイメージってあまりなかったんです。だから現場で詳細に取材した『つけびの村』(小学館文庫)が出た時は「もう、こんなになられて」っていう感じがあった。

高橋 ありがとうございます。長い付き合いになりましたよね。今回の新刊『人生上等!未来なら変えられる』で取材されている廣瀬伸恵さんについてですが、2019年あたりにトロさんとお会いした際すでに「栃木の元レディースの総長で、自分で建設会社を作って、協力雇用主になっているすごい人がいる」と、興奮して話していたのが忘れられなくて、トロさんはきっとその方について書かれるんだろうなと心待ちにしていました。

裁判傍聴で聞く“定番のセリフ”

北尾 僕の場合はね、ちょこちょこ興奮するんです。ちょっとしたことで。その中のいくつかが形になるんですけど、途中で冷めちゃうこともあるし。

北尾トロ氏

高橋 でも、この取材に関してはなぜ冷めなかったんですか。

北尾 「法学セミナー」という、司法試験を目指す学生さんが読むような本当に硬い雑誌があって、そこにコラムを連載させてもらっていたんです。僕はずっと裁判を傍聴してきたけど、いつも判決のときに裁判長が言う定番の台詞あるじゃない? 「二度とここには来ないように」って。

高橋 執行猶予判決を言い渡したあとに執行猶予について詳しく説明するときとか、特にそんな台詞が出ますね。

北尾 そうそう。ちゃんとしっかり更生して第二の人生を歩んでください、みたいなことを言うわけです。だけど傍聴していると「あなた何度目の裁判ですか」みたいな被告人をいっぱい見かけるわけです。実際は裁判長の励ましにもかかわらず、またやっちゃう人がいる。統計だと再犯者率は5割近いんですよね。それはなぜかというと、刑務所から出たときに、仕事も家もお金もない、友達もいない、そんな状態で放り出される場合がある。そうなると、本当はやり直したい気持ちはあったとしても、ついついまた悪いほうに行っちゃったりすることがある。

高橋 刑務所に入りたいからという理由で無銭飲食して逮捕されたりという事案もありますね。

北尾 捕まるためにやってるような人もいる。でも再犯率を下げなきゃ、ということは、前から言われているんですよね。そのために協力雇用主という制度がある。ざっくり言うと、出所者を積極的に雇い入れる会社に登録してもらって、国の方で補助を出しますよという制度です。登録している会社は数千社あるんですが、実績のある会社は、1000社ぐらいかな。実際は、出所者を雇って大問題を起こされたりとか、いろんなことがあって、ちょっと尻込みしてしまうという場合もあって、なかなか「どんどん来いよ」みたいな会社がない。ところが、廣瀬さんの会社は、もう今は社員40数名いるんですけど、8割以上は出所者です。本人もそうです。

構成/高橋ユキ 撮影/中川カンゴロー

人生上等! 未来なら変えられる

著者:北尾 トロ

2023年2月3日発売

1,980円(税込)

四六判/244ページ

ISBN:

978-4-7976-7423-1

過去は変えられないけど、未来なら変えられる!
レディース暴走族『魔罹啞』の総長は、刑務所出所者たちのマリアになった。
二度の服役経験がある建設請負会社社長、廣瀬伸恵の激動の痛快半生を描く。

映画やドラマを上回るようなスピードで悪の道を突っ走った彼女は、中学2年生で家出、温泉街のコンパニオン、ヤクザによる監禁を経験する。その後レディース暴走族『魔罹啞』を結成。暴力もいとわず組織を大きくした。
やがて覚せい剤の売人になり二度服役。だが二度目の服役中に獄中出産すると、子どものためにと、がらりと生き方を変えた。
ところが、まっとうな仕事をしたくても、職場で素性がばれると居場所がなくなる。ようやく受け入れてくれたのは、建設業界。やがて建設請負会社を起業し、さまざまな出会いにも恵まれ、刑務所の出所者を雇用するようになる。
裏切られることも多いが「私は決して見捨てない」と、従業員のために寮を確保し、毎日ご飯をつくる。いまでは従業員のほとんどが出所者だ。
長年裁判傍聴を続け、犯罪者に慣れている著者の北尾トロにとってさえも、廣瀬の生き方は驚きだった。廣瀬が悪に走り、劇的な更生を遂げたのはなぜか。相棒のカメラマン、中川カンゴローとともに、その核心に迫り、軽妙な筆致で綴る。また犯罪を生み、更生を阻む社会の現状も問う。

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