あの“妖怪”の選挙区(衆院山口4区)に安倍元首相の亡霊が…ドキュメンタリー『妖怪の孫』監督による「衆院補選」「下関上映会」ルポ
集英社オンライン / 2023年4月26日 16時1分
3月に公開された安倍元総理をテーマにしたドキュメンタリー映画『妖怪の孫』。“安倍政治の本質”を徹底検証する内容から、いまだ上映を躊躇する劇場も少なくないが、そんな中、4月中旬に安倍元首相の選挙区のど真ん中、下関市(山口四区)で全国初の自主上映会が行われた。衆院補選まっただ中のこの時期に現地入りした内山雄人監督が「妖怪の選挙区」をレポートする。(前後編の前編)
「1週間で上映終了」は安倍元首相の妖術?
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3月17日に公開された安倍元総理をテーマにしたドキュメンタリー『妖怪の孫』。その主題のためか上映館も中々広がらない中、公開後、観客のSNSや口コミによって拡散され、ひと月後には観客動員3万人を超える大ヒットとなった。その勢いはまだまだ続いている。
とはいえ安倍元総理の映画となると「やらない、又は、やれない」と判断されることも少なくない。上映館でさえポスター掲載、予告編上映を控えられる異例の制約を受けている。”安倍さん”には何か特別なチカラがつき纏うようだ。
安倍家のお膝元、山口県でも切望された末、4月7日から1館だけ上映されることが決定したのだが、喜んでいた矢先、たった一週間でなぜか上映終了となった。これも安倍元首相の“妖術”なのか。
だが、中国地方で唯一の上映、何より山口県での上映がないのはあまりに寂しい。ところが、劇場での公開がなくなったことで急遽、浮上したのが、下関での自主上映だった。かねて映画センターや市民から熱いメッセージが届いていたが、映画館優先のルールから自主上映は夏まで待たねばならなかった。
だが状況が一転したことで、トントン拍子に話が進み、なんと安倍元首相の選挙区のど真ん中、下関市(山口四区)で全国初の自主上映が、平日二日特別限定で選挙直前の4月19・20日に開かれることになった。
山口4区といえば、安倍元首相の死去に伴う衆院補欠選挙が、統一地方選と同じ4月23日投開票で行われる。この選挙は安倍昭恵さんや安倍後援会一押しの自民党公認・吉田真次元下関市議(38歳)と立憲民主党公認で前参議院議員の有田芳生氏(71歳)の一騎打ちの様相だった
恐ろしく頑強な保守の地盤に有田氏は「有権者に選択肢がある事を示したい」と立ち上がった。その戦いの最中に映画「妖怪の孫」がドカンと投下されるわけである。当地は取材でお世話になった街であり、本作がどのように受け止められるのか、監督である私自身が目撃したいというワクワクで堪らなかった。何が起きるのか、それとも何も起きないのか。
「10年間も総理を務めた方を生んだ街とは思えない」
4月19日。朝一の便で下関入り。19時の上映会まで、選挙で沸く街の様子を取材した。好天に恵まれ、海風や関門橋を望む港の景色など、何もかも心地がいい。
本作でも描いたシャッター街に驚いたのは同行した助監督。下関の様子は編集素材だけでしか知らない。
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「駅近のメイン大通り面しているビルなのに無人? 商店街もヤバいっすね」
下関市が一押しするスポットの唐戸市場も平日は落ち着いている…というか閑散。週末だけ、周辺だけ賑わう週末観光地と揶揄されるように隣接した商店街はシャッターが並ぶ。人口減少は全国トップクラスという事実が、バランスを欠いた市政を示している。
「10年間も総理を務めた方を生んだ街とは思えないわよねぇ…何か下関にいいことがあったのか、教えてほしいくらい」
これは本編からは編集で落ちてしまった街のご婦人の声だ。
まず向かったのは、自民党陣営。吉田真次候補の事務所となっていたのはかつての安倍事務所で、秘書も含めそっくり入れ替わったとか。
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自民党・吉田候補の事務所。安倍事務所だった
彼の演説予定を確かめるべく訪問してみると、目に飛び込んできたのは、天井一面ビッシリ覆い尽くされた為書(「為吉田真次候補 祈必勝」と書かれた選挙必須のアイテム)。それを見て何故か「耳無し芳一の顔」を連想した。
現場ではスーツ姿の数十名ものスタッフが忙しなく事務に追われ、緊張感に満ちていた。
「カメラ撮影? 許可のことは現場で聞いてくれる?」
スタッフ達の私への視線が訝しげで冷たい。この直前、岸田首相を襲った爆弾騒動もあったのだから仕方がない。
すでに吉田候補一行は、長門市に向かっているという。この日の夜、決起会になんと自民党の麻生太郎氏、ジャーナリストの櫻井よしこ氏も登壇するらしい。だが残念ながら同時刻に、こちらは舞台挨拶と丸かぶり。
それにしても先日は菅元首相が、その前は萩生田氏、下村氏、江島氏といった大物議員たちが続々と「まさに教会ならぬ“統一”の選挙」とばかりに、無名の若手新人候補にわざわざ駆けつけるとは…どうやら「あの噂」は本当のようだ。
安倍家VS林家で自民に綻び?
「あの噂」とは「安倍昭恵さんが“圧倒的勝利で国政へ”と涙ながらに訴えているものの、林派はヒケヒケだ-…」というもの。
安倍家と長年のライバル関係にある林芳正外相の林家。下関市は昔から両派が対峙してきたが、林派は「安倍1強」で長く我慢を強いられてきた。それがここにきて、下関市議会も一気に林派が攻勢に転じ始めているという。つまり自民党内が一枚岩でなく、「林派」の票が浮動票になる…というのだ。
下関移住の噂がある昭恵さんにとっても安倍家の威光は失いたくない。彼女の言う「圧倒的勝利」とは、安倍元首相が獲得していた「8万票」を意味するというのだが…
この自民党内の綻びが、いかに有田陣営に利するのか、そうでもないのか。
次に有田陣営の立憲民主党事務所へ。
道中で偶然、有田氏の選挙カーを見つけたので、追いかけていった。。ウグイス嬢の名前の連呼の合間に有田さん自身が助手席から「ありがとうございます、有田でございます。」と手を振ってくれた市民に挨拶を返す。通行人だけでなくアパートのベランダや対向車内からも有田さんに手を振る市民は少なくない。
ウグイス嬢は野党専門のベテランなのだろう。「こんなに反応のいいは選挙初めてです、最初から全く違っています、今までとは!」とかつてない手ごたえを感じているという。
有田さんも「こんな楽しい選挙初めてですよ。市民が本当にたくさん手を振ってくれるし、声をかけてくれる。全く疲れてないですね。こんなに楽しいから疲れないんです。早く明日が来てくれと思うほどですよ」と屈託のない笑顔で話す有田さん、肌ツヤもいい。
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さらに「『妖怪の孫』見ましたよ。素晴らしいメッセージが込められた映画でした。上映会に多くの人が来てくれるといいですね!」と有田さんは、どこまでもポジティブだ。
また、色とりどりのジャンパーやジャージ姿の若い立憲のスタッフ達も「『妖怪の孫』私も見たいんですけど、今日明日じゃあ無理ですね。残念」と声をかけてくれた。
難病の原口議員も応援演説に
また、この日は東京から原口一博衆議院議員が駆けつけていた。よく知っている風貌とは全く違う。スキンヘッドに眉毛も薄く、薬の副作用なのだろうか…。だが、その応援演説は鬼気迫るものがあった。
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後日、悪性リンパ腫であることを公表した原口議員の鬼気迫る応援演説
「難病を患いまして…昨日退院し、医者には安静にしてろと言われましたが、いてもたってもいられず、有田さんの応援に駆けつけました。今、日本は…本当に危機的状況にあるんです!」
原口議員の言葉は胸を突き刺すものがあった。振り絞るように吐き出す原口さんの「覚悟」があまりにすごすぎて、政策話があまり頭に入ってこなかったほどだ。ただ、残念なことに立憲の準備不足は否めず、有田・原口両氏の演説はほとんど観客がいないスーパーの駐車場に響くだけだった。
朝7時過ぎから辻立ちを始め、20時まで選挙カーで市中を回り続けた有田さん、御年71歳。
「負けることは恥じゃないんです。戦わないことが恥なんです」
今回の選挙では「第三奇兵隊」を掲げる有田陣営。長州征伐を受け、逆境の中、わずか少数で挙兵した高杉晋作に倣っていた。敵が巨大なのは承知の上だ。立憲民主党のある地元市議がこんなことを語ってくれた。
「我々も諦めていた部分があるんです、この山口四区は。あまりに安倍さん一派が市政から県政、産業界も握っていたのでね。しかし、安倍さんはもういない。そこに有田さんです。知名度は高いし、統一教会問題のプロという信頼度もある。これはいけるんじゃないか、という空気が一気に広がっているのは確かです」
有田さんは、終始「楽しくて愉快な選挙だ」と話していたが、その言葉の裏には、こんな思いと覚悟があった。
「開票日の20時ちょうどに相手に当確を打たせないたくない。意地でも“ゼロ打ち”させたくないんです。21時でも打たせない。ずーっと当確を出させない。その戦いなんですよ」
――どんなことをしても勝ち切るって有田さんは信じているんですよね?
「ここは岸さんから始まり晋太郎さん晋三さんと70年間変わらず自民党だった土地です。磐石です。でも、せめて他の選択肢があるんだ…と市民に伝えたいんです」
にこやかな瞳の奥に冷徹な意志が見えた。負けを承知の自己犠牲。岩盤を少しでも溶かす、残り3日間の戦い。その覚悟が“楽しい”という言葉に凝縮されているように感じた。
「安倍さんの孫で妖怪の映画? なんですか、それ?」
一部の全国紙やラジオ、ネット媒体、キネマ旬報でも取り上げられた『妖怪の孫』。下関での特別上映にあたり、せめてもの宣伝にと同行したプロデューサーが地元大手の山口新聞に電話で相談をしてくれた。
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山口新聞社
「安倍元総理をテーマにしたドキュメンタリー映画でして、下関だけの特別上映が本日…」
「えーっと… 妖怪? 妖怪の孫? 安倍さんの話で妖怪の映画? なんですか、それ?」
公開からひと月を経て地元市民の熱い要望で自主上映。きっと多くの市民がこの映画を楽しみにしてくれているのでは…と思っていたが、全くの過信だった。なんたる認知度の低さか。
「本日は監督も下関にいまして、もちろん取材もOKですので…」と食い下がるも「いや、こちらは全くわからないので…」と冷たくあしらわれた。
「でも山口新聞は、宇部のシン仮面ライダーの写真パネル展はしっかり告知してますね」と助監督がいらん記事を見つけツッコむ。あたかも「人物よりもパネルのほうが価値ありなんですね」と言わんばかり。
山口新聞のH記者には現実の厳しさを教えていただいたが、ちなみにこの山口新聞社の目の前に鎮座するのが旧安倍事務所である。本作では「マスコミトップと安倍元首相が会食で接近」をネタにしたが、ここでは本社ごとお近づきだった。
余りの認知度の低さに落胆し、駅前広場で映画のチラシ片手に宣伝と街の反応を問うてみた。
「『妖怪の孫』?あー。知ってますよ、チラシが入ってたから。でも予定が合わないからね…。見たいといえば、見たいですけど」
若い主婦の反応は悪くない。
「友達が行くって言ってました。私? わからないから、こういうの」
認知度はそれなりに高いようだ。一瞥して去っていく男性もいるが、どうやら映画は知っているが関わりたくない…という雰囲気のようだ。
「選挙? ああ。結果がわかっているよね、下関では。だから諦めがあるよね、みんなに」
後で聞いて驚いたのだが、映画の主催者チームは、下関・長門の11万戸へ上映会のチラシをポスティングしたというのだ。折込チラシなら安いが、新聞購読が減った今、相当なコストをかけてポスティングにこだわった。
上映会場は生涯学習施設ドリームシップ。本作でも「安倍晋三の兄(当時三菱商事の広島支社長)が関与した談合疑惑が…」と紹介したいわく付きの公共施設だ。下関市民が公然と知る「安倍さんを語る上で大事な場所」での上映というのも象徴的で面白い。
受付には主催者チームの田辺よしこさんがいた。本作で下関市内の談合・韓国人街の説明をしてくれた元市議で、熱血おかぁちゃんだ。
「ホントにこの映画を沢山の人に見てもらいたいの! 問い合わせはスゴイ来ているのよ」
嬉しそうに話してくれるが、具体的な数字は教えてくれない。予約チケットはあまり売れていない様子。一回200席なので二日間×5回上映でマックス1000人の計算になるが、せめて毎回50人、合計300人行けば…というが私の見立て。それでも田辺さんたちは「合計500人にはなるわよ、きっと」と強気だ。捕らぬ狸のなんとか…でなきゃいいが。
ただし、ここは安倍元首相の本拠地だ。利権渦巻くこの街で、しかも選挙直前の今、何かが起きないとも限らない。そして、その予感は的中することとなる。
後編へ続く
取材・文/内山雄人
「妖怪の孫」絶賛上映中!
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「パンケーキを毒見する」の内山雄人監督が“日本の真の影”に切り込むドキュメンタリー。昭和の妖怪と呼ばれた政治家・岸信介の孫であり、連続在任日数2822日を誇るも凶弾に倒れた元総理大臣・安倍晋三。彼の政治を総括し、日本の姿、その根本にあるものを紐解く。企画は「かぞくのくに」「新聞記者」「i 新聞記者ドキュメント」など数々の問題作を生み出してきたスターサンズの河村光庸
https://youkai-mago.com/
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