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「ぱっと世界王者になって金稼いで帰ってくるわ」。ボクシング界のスター・井上尚弥の影に隠れたもう一人の天才。練習は月3回、投げ飛ばし、2日酔いで計量失格…それでも国体王者になった中嶋一輝の現在

集英社オンライン / 2023年4月29日 18時1分

ボクシング界を代表するスター・井上尚弥に中学時代にKOされて以来、彼の背中を追い続けるボクサーがいる。国体王者になるほどの天賦の才を持ちながら、大の練習嫌いだった中嶋一輝。その破天荒なアマチュア時代からプロ入りまでの生活を聞いた。(前後編の前編)

13歳の初試合で井上尚弥にKO負け

ドイツの詩人ゲーテに「光強ければ影もまた濃い」という格言がある。今のボクシング業界の光は国民的スター選手ともいえる井上尚弥だろう。では、影に隠れているボクサーは誰か。

「尚弥はライバルというか目標ですね。背中を追い続けている存在です」(中嶋一輝選手、以下同)

中学入学の直前、漫画『はじめの一歩』をきっかけに地元・奈良県のボクシングジムに入門して2か月後、中嶋一輝は初めてアマチュアの試合に出る。自信があった。



「ジムに入ってすぐ、同じ年くらいの子達をスパーリングで全員ボコボコにできたんですよ。少林寺拳法も小1からやってたし、試合当日に聞くと相手は同じ学年。楽勝やと思って喧嘩のつもりで出場したら、1ラウンドで一瞬でボコボコにKO負けしました。そのときの相手が(井上)尚弥です」

緊張感のある練習。背景には同じジムに所属する井上尚弥のポスターがみえる

右利きだったが、井上からの敗戦を機に同じジムで練習をしていたアマチュア王者の真似をしてサウスポーにした。そこからは猛烈に練習に励み、中学卒業までにU-15大会で優勝するほどの実力となった。

「あの頃が一番ボクシングに夢中でしたね。ただほんと勉強もやってないどころか、ボクシング以外は家にも帰らず遊んでばっかりで。卒業後どうしよかなと思ってたら、週末に練習に行ってたボクシング部のある奈良工業高校(現奈良朱雀高校)から『ぜひスポーツ推薦の特待生として来て下さい』と言われたんです。

『そこまで言うならしゃあないなあ』って、調子乗ってなんも勉強せずに受験したら普通に落とされたんですよ。0点とらん限り大丈夫と言われてたんですけど、数学かなんかが0点で(笑)。で、仕方なく同じ学校のスポーツ推薦やけど、定時制の方に4年間行くことになったんです」

こうして中嶋は期待を受けて高校のボクシング部に入部したものの、入部後まもなく競技への情熱は急速にしぼんでしまう。

月3回の練習でも顧問は見捨てず

「定時制なので授業終わって朝まで遊んでましたね。朝練はほぼ行ったことないです。で、午後の練習も気まずくてサボる。そんなことしてばっかりなので顧問の高見(公明)先生に卒業まで怒られてばっかりでした。でも、僕もそのときは先生のこと大嫌いだったんで、『僕はあなたの言うことは聞きません』って反発して」

プロ入り後の練習では一切手を抜かない

練習は週1回。少ない時は月に2〜3回。部室に顔を出しても筋トレを適当にやって帰ることもしばしばだった。ただ、ボクシングの素質はあった。試合に出場するとあれよあれよと勝ってしまう。

もったいない。そこまで聞いて、筆者は思ってしまった。真面目に練習をしていればと。

「ああ、『お前は才能があるんやから真面目に練習したらもっと強くなる』と、いろんな人から言われましたね。でもその言葉ばっかり毎日毎日聞いて、めちゃくちゃプレッシャーで。ほんで、ボクシングが一層嫌いになって」

ただ、そんな中嶋を顧問の先生は見捨てなかった。

「地元の友達と集団でちょっと危険な夜遊びしてたら、すぐそこに高見先生がいたんですよ。絶対気づいてたと思うんですけどね。両親は中3のとき離婚して家庭環境もよくなかったですし、今思えば、こいつからボクシング取ったら更正の機会をなくして今以上にグレると思ってくれてたのかもしれないですね」

コーラがぶ飲み、夜通し半身浴でインターハイ準優勝

大会があると、必ず中嶋はエントリーすることになっていた。

「ある日、久しぶりに部室に行ったら『明日出発やぞ』って。『え、何がですか?』って先生に聞いたら沖縄で開催されるインターハイに出場すると。普段53kgあったんですけど、試合はピン級の45kg。なので、それ聞いた瞬間から絶食ですよ。

沖縄に着いたら徹夜で半身浴やって体重落として、ヘロヘロの状態で試合出て。練習してないしどうせ負けるやろと思ってたら、勝ってしもうて。

計量終わったら、ジュースとかラーメンとか飲み食いしまくるんですよ。でもアマチュアの大会は勝つと連日試合があるんで体重をキープしないといけない。試合終わったら51kgとかに増えてて、それ知って高見先生にまた激怒されて『ホテルまで走って帰ってこい!』って」

「真面目すぎるくらい」と担当トレーナーは話す

しかし、走るのはイヤだった。付き添いの部員に『頼むでほんま』と突っ込まれながら、右手にコーラ、左手に煙草の箱を持ってとぼとぼ歩いてホテルに帰った。それから、「しゃあないから」と、1人夜通しで半身浴して体重落として、次の日また試合に臨んだ。

そんな状態で試合をしていた中嶋は、そのインターハイでは準優勝している。

「でも、ちゃんとほんまに毎日練習してるヤツには勝てなかったですよ。センスだけでやってましたから。高1のインターハイでは拳四朗選手(現ライトフライ級世界王者の寺地拳四朗)に負けてますし、高2の国体では尚弥にまたKOで負けています。尚弥との差は、縮まってなかったです」

どうしようもないアホやけど、大学入学

高校卒業まで結局練習には身が入らなかった。試合のパフォーマンスもムラがあった。高3で出場したインターハイ本戦では準決勝でクリンチしてきた相手にいらいらが募り、理性を手放した。何度も投げ飛ばして、最終的には投げたあとにパンチで殴りかかり、失格負けとなった。

「『こんなことは前代未聞や』ってめちゃくちゃ高見先生や連盟の方々に怒られました。ほんまにどうしようもない奴でした」

とっくに緊張の糸が切れていた。高校卒業後のことは何も考えてなかった。ところが中嶋の素質を知っていた芦屋大学の先生から、ボクシング部の創設にあたって勧誘を受けた。

「当初は行く気なかったですよ。僕がどうしようもないアホということは、高校の高見先生から聞いていたはずなんですよ。でも、なぜか芦屋大学の樋山(茂)先生は強く勧誘してきたんです。『勉強も全然せんでええ、学年も上げたる、学費もスポーツ推薦の特待生やからいらん』って。でも入ってみたら学費以外は全部ウソで(笑)。樋山先生は最高の恩師ですけど、当時は本気で勉強せんとあかんくて苦労しました」

入学した芦屋大学のボクシング部では、1年生ながら初代主将となった。部員は男2人、女3人。試合は上級生の経験者にお願いして出てもらうなどして、いきなり関西学生リーグ3部優勝。次年度も3部優勝し、さらにその次年度は飛び級で1部優勝した。創設3年目のことだった。

筋トレも含めて2時間以上みっちり練習する

「ただ、自分は相変わらず練習せず、試合ではナジーム・ハメド(90年代人気のあった英国人ボクサー)の真似をしてガード下げて、思いっきり腕を振ってました。体重落とすのがしんどくて、相手に対して怒りをぶつけてましたね。そのときはほんまに大怪我させたろと思ってました。それに喧嘩と比べたらグローブつけて戦うボクシングなんて怖くなかったですよ。

そんな喧嘩みたいな態度で試合に出てるから、試合後は連盟の会長(当時)だった山根(明)会長に毎回怒られてました」

日本一だらしないボクシング部主将

大学入学後も中嶋の競技熱は低いままだった。

主将として部室には顔を出すが、「合同練習では『リーグ戦頑張るぞ!』とかけ声だけして、練習が終わるまでリング横で寝てました」と相変わらずだった。寝坊で計量失格となったときは、さすがに樋山監督も呆れて2か月以上口を聞いてくれなかった(寝坊の理由は2日酔いだったがそれは言えなかった)。2学年下で部員だった弟からも、たびたび「一輝、ほんまにちゃんとして」と怒られた。そう言われると「ごめん、帰るわ」としゅんとして帰った。

大学ではボクシングを辞めることばかり考える日が続いた。

それでも中嶋の素質はまだ錆びてなかった。「運がよかっただけ」と話すが、3年生のときに出場した2015年の国体では優勝している。

大学卒業後はとくにこだわりもなく、関西のジムでプロボクシングを続ける予定だった。しかし卒業前にSNSを通じて一通のメッセージが届いて、運命が変わった。

「大橋会長と共通の知人からジムにこないかというお誘いのメッセージでした。でも、自分はパートを掛け持ちして、女手ひとつで育ててくれたおかんのことが心配だったんですよ。それで卒業後は働きながら家にお金を入れようと思ってたんです。

大橋会長にはそういう経済的な事情も全部話したら、じゃあ初めての寮生として住むところを用意するからそこに入ればいいと。また、キッズのトレーナーとして雇ってくださるので収入面もサポートしてくださると。それで大橋ジムにお世話になることに決めました」

これなら毎月仕送りをしながらボクシングを続けられる。しかも大手ジムで。少し気になったのは、いつかリベンジをしたいと思っていた井上尚弥が同じジムにいたことだった。

「でも、まず自分は自分で頑張ればいいと。『ぱっと世界王者になって金稼いで帰ってくるわ』と、おかんに話して横浜に出てきました」

しかし、ここからも平坦な道のりではなかった。

(#2へつづく)


取材・文/田中雅大 撮影/青木章(fort)

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