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動画配信サービスが映画監督の救い手である理由

集英社オンライン / 2022年5月17日 12時1分

「ロードショー」が休刊した2008年、映画は新作を劇場で見るのが主流だった。それから14年、配信サービス全盛の時代となり、作り方も見方も大きく変わった。配信で見られる多種多様な作品作りの基盤となったのは、長きにわたり愛されてきた“海外ドラマ”だが、それゆえに配信コンテンツを「映画」と呼んでいいのかという疑問の声もいまだ高い。「ロードショー」でドラマについても多く寄稿してきた今祥枝さんが解説する。

動画配信サービスが変えた映像業界

映像業界は、今が過渡期。それは言うまでもなく、動画配信サービスの台頭によるものだ。コロナ禍で同市場が飛躍的な成長を遂げたことは周知の事実だが、パンデミックがあるかないかにかかわらず、今の状況は近い将来に予測されていた。そもそも予定されていた未来が、数年早まっただけ。長年アメリカの映像業界を追ってきた人なら、誰もがそう考えるのではないだろうか。



私は雑誌の編集業を経て1998年にフリーランスの映画ライターとして活動を始めた後、2000年からアメリカのTV業界も並行して追い始めた。学生時代は名画座通い(一番通ったのは今はなき三鷹オスカー)に明け暮れたが、昔から海外のTVシリーズも大好きだった。

しかし業界全体を俯瞰して追うようになったきっかけは、2000年に放送が始まった『CSI科学捜査班』でプロデューサーのジェリー・ブラッカイマーが、映画業界に続きTV業界でも名実共に覇者になったこと。以後、映画業界の人材は加速度的にTV業界に流入し、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー傘下の米大手有料ケーブル局HBOが牽引した質の向上をもたらしつつ、テレビ業界全体として過去最高の作品数を更新し続ける黄金時代(ピークTV時代)へと突入した。

2001年TVガイド賞を受賞した『CSI』ファーストシーズンの出演陣。懐かしい顔ぶれ。最新の『CSI:ベガス』がWOWOWで配信中
ZUMA Press/amanaimages

『ザ・ソプラノズ』や『OZ/オズ』『SEX AND THE CITY』など、米ドラマ史に燦然と輝くHBOの秀作・ヒット作を挙げていけばキリがない。資金が潤沢な有料ケーブル局を旗振りとして、基本料金で視聴できるAMCの『マッドメン』や『ブレイキング・バッド』など、ベーシックケーブル局からも時代を象徴するヒット作が生まれた。そしてなんと言っても影響力が大きい地上波の『24-TWENTY FOUR-』や『LOST』といった国際的な人気作は数知れず。

一世を風靡した『SEX AND THE CITY』。最新の『SATC新章AND JUST LIKE THAT』(U-NEXT配信中)からはサマンサ(キム・キャトラル/右)が抜けたが、キャリー(サラ・ジェシカ・パーカー/左からふたりめ)たちは変わらず元気
Capital Pictures/amanaimages

ちなみに“ハリウッド”とは映画のことだけを指すわけではもちろんない。これらの作品はすべてハリウッドの大手スタジオの系列会社が手がけるもので双方がぱっきり分離されているわけではないし、今では相当数の人材がかぶっているのはクリエイターも俳優も含めて説明の必要もないだろう。

動画配信サービスが地殻変動を引き起こした

ゲームチェンジャーとなったのは、2013年に配信が始まった『ハウス・オブ・カード 野望の階段』で、動画配信サービスのNetflixがオリジナルシリーズでメガヒットを飛ばしたこと。当時、2017年には従来のレガシーメディアと動画配信サービスの台頭による作品数の激増、製作費の高騰といったバブルははじけるだろうとの予測があったが、やや鈍化したとはいえいまだに成長の一途にある。

同時に、Netflixを筆頭とする動画配信サービスは映画業界を巻き込む形で業界の土台から構造を変える地殻変動を起こした。それはその昔、TVが登場した時、あるいはビデオとレンタル店が登場した時のインパクトか、あるいはそれをしのぐものかもしれない。

『ハウス・オブ・カード』のロビン・ライト・ペン(左)とケヴィン・スペイシー
Everett Collection/amanaimages

ひとつの例としてウォルト・ディズニー・カンパニーを見てみよう。2020年10月に抜本的な組織改変を行った同社は、全体として自社の動画配信サービス、ディズニープラスを筆頭に配信を強化する体制にシフトした。良いか悪いかは別にして、作った作品を「どこでアウトプットするか」といった発想に変わったというのが事実だ。これにより映画公開から作品配信までのシアトリカルウィンドウが45日間よりもさらに短いパターンもあるなど、映画ファンにとっては悩ましい問題も浮上している。

しかし、現実として大手スタジオはこれに準じる形で組織改変が進んでいる。ディズニープラス(旧FOX含む)、HBO max(ワーナー)、Paramount+、Peacock(ユニバーサル)など、ハリウッド大手スタジオは動画配信サービスを中心に映画・TV作品の製作や配給、放送、配信といった全体のエコシステムを考えるようになっている。

さて、業界話を超ざっくりと振り返ってみたのは、こうした状況下でなされている「配信映画は映画なのか否か」といった議論が、どうせやるなら現状を踏まえた上でもっと建設的になされるといいのになあと思うからだ。劇場至上主義 or 全部配信で十分といった極論は、真っ当なファンなら口にしないはずだが、よく見かけるのは残念なことだと思う。そもそも何物にもかえがたいシアター体験は、はからずしてコロナ禍で改めて特別なものであると再認識されるようになった。

一方で、どうしても東京中心に語られがちな、特に公開規模の小さい作品の話題には乗れない地方在住の熱心な映画ファンの声は、私はSNSでよりダイレクトに感じられるようになった。多くの観客は双方のいいところ取りをしながら使い分けることで、以前より多くの作品を楽しんでいるというのが現状ではないだろうか。

映画を映画たらしめるものとは

ここでTV &配信作品の最新事情に戻ってもよいのだが、せっかくなので新生「ロードショー」の船出に際して、映画誕生から100年以上が経った今、改めて議論を呼んでいる問いについて最後に考えてみたいと思う。それは、”映画を映画たらしめるものはなんなのか”ということだ。

言うまでもなく劇場にかけるつもりで作った映画が配信オンリー(ひと昔前ならDVDスルー)になってしまうというケースや、TV映画が本国以外で劇場公開されるというパターンは大昔からある。今年の賞レースをわかせた『コーダ あいのうた』(2021)はサンダンス映画祭で評判を呼んだ映画で、日本では劇場公開作品だが、AppleTV+の配給作品なので基本的には配信が中心だ。また、興収もスクリーンも寡占するアメコミヒーロー作品への批判は全米のメディアや批評家の大御所からもあがっているが、私が言いたいことは今年のアカデミー賞候補作をみてみると伝わるのではないかと思う。

今年のアカデミー賞にもこうした視点は強くあったと思う。Netflix映画として『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021)が作品賞の頂点を極めるのか否かが、争点の一つだったからだ。ここで視点を作り手に変えてみよう。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は最初からNetflixでの配信が中心となることが決まっていた作品だ。しかし、撮影監督でオスカー候補のアリ・ワグナーと監督のジェーン・カンピオンは、自分たちの描きたいイメージやロケハンを行う中で、それらはクラシカルなワイドスクリーンで撮られるべきだと確信した。だからこそ、タブレットなどで見る際には上下に少し黒みが入る横長のシネスコで撮ることに決め、Netflixを説得したのだという。*1

『パワー・オブ・ドッグ』はジェーン・カンピオン監督にアカデミー監督賞をもたらした
写真:AP/アフロ

同じくアカデミー賞候補になったApple TV+の映画『マクベス』(2021)の撮影監督ブリュノ・デルボネルは、正方形に近いIMAXのサイズを意識して撮ったと語っている。例えばクローズアップなどにおける俳優の存在感を確立する際に、左右に空間があることを最適とは思わないといった考え方からだ。この作品がIMAXにかかることはまずないだろうが、すべてにおいてIMAXに対応できるクオリティで作られているということなのだ。*2

2021年12月、『マクベス』のプレミアに現れたデンゼル・ワシントン、フランスシ・マクドーマンド、ジョエル・コーエン監督(左から)
写真:REX/アフロ

ほかにも多くの例を挙げることができると思うが、最終的に世に出る形が配信であったとしても、作り手のビジョンや映像作品としての挑戦に妥協しないクリエイターたちが目立ってきている。そうした動きに対して、即座に動画配信サービスを悪者にはできないだろう。なぜなら、カンピオンのような優れた監督がなぜ長年、長編映画を撮ることができなかったのか、また、ジョエル・コーエン監督の『マクベス』のような極めて実験的かつ芸術性の高い作品が、今の時代に劇場公開作として企画が通るのか、と問うてみればいい。いずれも動画配信サービスがなければ成立しなかった企画だろう。そう考えると、映画のある種の多様性を担保しているのは以前なら有料ケーブルチャンネルだったかもしれないが、今では動画配信サービスがその役割を大きく担っていると言える。

多くの観客は配信で見るであろうことが想定されてはいても、クリエイターの中にはあくまでも自分たちの表現したいものにふさわしいフォーマットを選び、その作品にふさわしい形として劇場で上映されることを念頭に置いて作っている人々がいる。そんな彼らの作品に賭ける思いを、誰よりも汲み取らなければならないのは映画ファンではないのだろうか。産業的な変化のダイナミズムの中で、葛藤しながら挑戦を続けるクリエイターたちの最前線が動画配信サービスにもあることは間違いないのである。


参考資料
*トークイベント「松崎健夫&春日太一~アカデミー賞特別篇2022」

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