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「皇軍無敵」に「一撃必殺」「魔敵圧倒」。日本軍を敗北に至らせた四文字熟語が持つ“魔力”

集英社オンライン / 2023年5月4日 9時1分

太平洋戦争史を振り返ると、日本人特有の“戦い方”が敗因となったと思われる事例は非常に多い。そのひとつに「思考を欠いたスローガンの標榜」があげられるが、これには日本人の“四文字熟語好き”も関連性がある。この国が今なお抱え込む「失敗の本質」を深堀りした『太平洋戦争史に学ぶ日本人の戦い方』より一部を抜粋、再編集してお届けする。

「勝者は学習せず、敗者は学習する」太平洋戦争の敗戦を決定づけた“日本人特有の戦い方”
日本軍“史上最悪の作戦”インパールの惨敗を招いた「恥の意識」と「各司令部の面目」(5月5日9時公開予定)

「一撃必殺」「無敵海軍」「魔敵圧倒」

写真はイメージです

緒戦の勝利は決定的なものではないことを認識していたのは日本のごく少数であり、多くはこれで完璧な勝利だと思い込んで沸き立っていた。それも無理からぬことだった。長らく日本人の心のなかにあった欧米に対する劣等感が一掃され、今度は圧倒的な優越感に浸れるのだからこたえられない。



そこにメディアが作用する。当時の報道媒体は新聞かラジオと限られていたが、限られているからこそ効果は抜群となる。緒戦時には、景気のよい戦況記事の見出しに勇壮な四文字熟語が踊った。あえてそのいくつかを選んで見ると次のようになる。

開戦の詔書発表では「大詔渙発」(渙発=広く国内外に発布すること)、それまでの「膺懲支那」が転じて「米英膺懲」(膺懲=こらしめること)となるが、トーンが陳腐だ。国民の協力を求める呼びかけも「決死奉公」とまだ平凡だ。

ところが真珠湾攻撃の戦果発表から一挙にヒートアップする。「一撃必殺」「無敵海軍」「魔敵圧倒」といった華々しい四文字熟語が紙面を飾るようになる。そして各地の順調な戦況を伝えるときには「神速入城」となり、さらなる国民の結束を訴えるスローガンは「一億一心」だ。そして緒戦での最大の目標となったシンガポールを占領すると「積悪決算」と打ちだすが、大英帝国の帝国主義を想起すれば、これも言い得て妙だ。そして「皇軍無敵」と結ぶ。

戦争も押し詰まった昭和二十(一九四五)年夏になると、地方都市のどこそこも爆撃された、野草でもこうすれば食べられますといった不景気な記事が並ぶようになるが、そのなかには悲痛な四文字熟語が見られる。国による公助が無理となったから「自活自戦」、行政機関が腐敗したから「瀆職絶滅」、とにかく我慢してくれと「耐乏生活」、本土決戦となるので「軍民一体」、そして終戦の詔勅が出されると「承詔必謹」で結ばれる。

振り返って見れば、近世以降の日本では歴史の節目ごとに四文字熟語が叫ばれてきた。「尊王攘夷」で明治維新、東亜の「禍根芟除」で日清戦争、三国干渉に「臥薪嘗胆」で日露戦争、「五族協和」と「王道楽土」の建設を求めて満州事変、「尊皇討奸」で昭和維新、「膺懲支那」で大陸戦線の泥沼化、「八紘一宇」で大東亜戦争、そして「国体護持」と「皇土保衛」も空しく無条件降伏となったわけだ。

四文字熟語が持つ“魔力”

実はこの四文字熟語の洪水は、戦後も長く続いた。「財閥解体」「公職追放」「農地解放」「戦争放棄」で民主国家・平和日本の確立だ。「所得倍増」「沖縄返還」「列島改造」なども耳朶に残っている。

最近になると漢籍に通じた物知りが少なくなったためか、それとも国全体の東洋的な教養程度が低下したのか、これといった四文字熟語にお目にかかれなくなった。それに代わってか、和製英語とも言えない横文字やカタカナばかりが横行しているようで、これに辟易している人も多いはずだ。

写真はイメージです

練りに練った四文字熟語となれば、もちろん本場は中国だ。昭和15年8月から12月にかけて華北にあった中国共産党系の八路軍は、日本軍に対して大遊撃戦を挑み、一〇〇個連隊(団)を動員したと豪語、これを「百団大戦」と称した。実際にはそれほど大きな打撃を日本軍に与えたわけではないが、このネーミングによって八路軍は強大というイメージが定着した。

やがて日本が無条件降伏をすると、蔣介石総統は「以徳報怨」=[徳をもって怨に報いる]と国民に呼びかけた。これを耳にした多くの日本人は、「これで完璧に負けた」と思わされたことだろう。そして、今日なお北東アジアの情勢を規定している中国の朝鮮戦争介入は、「抗美援朝、保家衛国」(美は米国を指す)が目的であるとした。これもまた名文句としてよいだろう。

では、この見出しなどによく使われる四文字熟語とは、一体なんであるのか。その多くは古典や名著などにある一節を引用したものだ。そうすることによって、論調などに知性や教養の香りを含ませる。さらにそれは単なる思い付きなどではなく、裏付けがあることをほのめかすことができ、安心して読めるもの、信じてよいことだと広く感じさせる効果が期待される。

これはもちろん西欧でもよく行なわれることで、軍事の分野でもギリシャの古典や聖書、フリードリッヒ大王やナポレオンの言行録、そしてクラウゼヴィッツからゲーテの著作にまでおよぶ引用句がよく見られるという。西欧の場合は表音文字だから、このようなものに接するとまずは読んで反芻して意味を知り、さらには原典に当たって真の理解にいたる。

それに対して漢字は表意文字、象形文字だから、目で見ただけでおおよその意味がわかり、出典などを知らなくとも理解したとの満足感が味わえてしまう。しかし、それがまさに「一知半解」につながるわけで、おおいなる誤解に陥りやすい。

「標語」が招く致命的な結果

写真はイメージです

そしてこういった引用句は、標語(モットー、スローガン)に変質することがある。漢字圏ではその傾向が顕著だ。第一次世界大戦後のドイツで再軍備を主導したハンス・フォン・ゼークトはこの「標語」を自著『一軍人の思想』で取り上げ、「自己の頭脳をもって思考し得ない人々にとっては必要欠くべからざるもの」と喝破した。

とくに軍人の世界では、標語は致命的な結果を招くこともあると彼は警告する。それが悪意から出たものでなくとも、思考を欠いたものであるために、数千の人命が犠牲になるからだという(『一軍人の思想』篠田英雄訳、岩波新書、一九四〇年)。

この『一軍人の思想』の和訳本は昭和15年に出版されており、多くの軍人も手にしたことだろう。それなのに日本ではモットーやスローガンが野放しになり、冷静であるべき軍人までが巻き込まれて言葉に酔ってしまい、本来あるべき思考というものが奪われる結果になってしまった。

たとえばここに「皇軍無敵」という標語がある。これも当初は「そうあって欲しいものだ」という願望だったはずだ。ところが始終目にしたり、口にしたりしていると、そして実際に連戦連勝が続くとなると、本当に「皇軍無敵」だとの思い込みに発展する。そこまでならばまだ救いがあるが、さらに「無敵なのだからなにをしても勝利する」と飛躍してしまうと大変だ。よく考えもせずに戦略方針までをねじ曲げてしまうから、収拾が付かなくなってしまう。

文/藤井非三四 写真/shutterstock

「勝者は学習せず、敗者は学習する」太平洋戦争の敗戦を決定づけた“日本人特有の戦い方”
日本軍“史上最悪の作戦”インパールの惨敗を招いた「恥の意識」と「各司令部の面目」(5月5日9時公開予定)

太平洋戦争史に学ぶ 日本人の戦い方

藤井 非三四

2023年4月17日発売

1,056円(税込)

新書判/272ページ

ISBN:

978-4-08-721262-4

負けるには理由がある
この国が今なお抱え込む「失敗の本質」を深掘りした日本人組織論の決定版!

【推薦コメント】
あの戦争において、大日本帝国がいかにして失敗のスパイラルに陥って行ったかを克明に描き出している。
あの戦争をやってしまった日本社会の実質は、何も変わっていない。
────白井聡氏(政治学者・『国体論 菊と星条旗』『武器としての「資本論」』)

【おもな内容】
太平洋戦争史を振り返れば、日本人特有の「戦い方」が敗因となったと思われる事例は極めて多い。
人間関係で全てが決まる。
成功体験から抜け出せず、同じ戦い方を仕掛け続ける。
恥と面子のために方針転換ができず泥沼にはまり込む。
想定外に弱く、奇襲されると動揺して浮き足立つ。
このような特徴は今日の会社や学校などの組織でも、よく見られる光景ではないだろうか。
本書は改めて太平洋戦争を詳細に見直し、日本軍の「戦い方」を子細に分析する。
日本人の組織ならではの特徴、そしてそこから学ぶ教訓とは。

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