“就活 つらい”の原因は1990年代に定着した自由応募方式のせい!? 自己責任の就活がもたらす選択の自由と内定格差
集英社オンライン / 2023年5月17日 12時1分
Webで「就活」と検索すると「就活 つらい」という予測ワードが表示される。いつから就活はこんなに「つらく」なったのか。『就活メディアは何を伝えてきたのか』(青弓社)で、明治時代から現在までの就活メディアを分析した山口浩教授に聞いた。
就活がつらい原因は、
1990年代に加速した「就活の自己責任化」
――今まさに就活中の学生も多いと思いますが、就活生が「就活ってつらい」と感じるようになった原因は何なのでしょうか。
就活がつらいと感じる学生がいる背景には、「就活の自己責任化」があると考えています。就活の結果に対して学生自身が責任を負うようになったため、うまくいかない学生はつらいと感じるようになるわけです。
ではなぜ自己責任化したのか。それは、1990年代に定着した自由応募方式が要因です。就活の歴史を紐解くと、バブル期以前までは、大学からの職業紹介や縁故で就職先を決めるのが一般的でした。しかしその後、企業側で「学歴に捉われず優秀な人材を採用したい」という機運が高まり、誰でも好きな企業にエントリーできる自由応募方式が一般化しました。
この方式は就活生の選択の幅を広げた一方、大きな格差を作り出します。いろいろな企業への応募が可能になったため、優秀な就活生がいくつもの内定を独占し、それ以外の就活生がなかなか内定にありつけないといった状況を生み出したのです。
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また、自由応募方式の導入により、一部の人気企業にエントリーが殺到し、採用業務を圧迫するようになります。そのため人気企業は「学歴フィルター」などを設け、就活生を厳しく選別しはじめました。こうしたなかで、就活生間の競争はより激しくなり「内定は個人の努力で勝ち取るもの」という風潮が生まれ、就活の自己責任化に繋がったのです。
――「学歴に捉われない採用」を目指したのにもかかわらず、学歴フィルターを設けるのは矛盾していませんか?
企業側にも「本音と建前」があるわけです。表向きは多様な人材を採用したいと掲げていても、実情としてはできるだけ多くの高学歴者を採用したい。東大卒を何名採用したかが企業の箔に繋がることもあったりする。
もし本当に多様な人材を採用したいのであれば、企業側は採用人事にさらに多くの手間をかけなければいけません。しかし、日本の企業は海外に比べても人事を重視しない傾向が強いですし、そもそも多様な人材を求めているようにも思えません。
就活の自己責任化は、必ずしも「悪」ではない
――では、どうすれば、就活の自己責任化を和らげることができるのでしょうか。
就活の自己責任化は、必ずしも悪いとは言い切れないのが難しいところです。というのも、就活は一部の就活生にとって、自己実現のツールでもあるからです。
実際に、近年の就活本では「まずは受かりやすい企業の内定を獲得して、少しずつ難易度の高い企業にチャレンジしていこう」といった、複数内定を前提とした就活テクニックが紹介されています。複数の内定を獲得することは、自らの能力を証明することと同じなのです。
――就活は「自己責任」であり「自己実現」でもあると。
そうです。数多くの内定を獲得できれば、自己実現が達成される。その一方で、就活に失敗すれば、自己責任でつらい思いをしなければならない。この両者はコインの裏表の関係であり、簡単に切り離せるものではありません。これと同じ構図が、就活生の「画一化」にも見て取れます。
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――リクルートスーツなどによる就活生の見た目の画一化は、たびたび議論を呼びますよね。
個人的には、似たような色のスーツを着て、同じような見た目で就活することに疑問がありますし、企業側にも「個性のない画一的な人材を採用したいんですか?」と問い質したくなります。ただし、リクルートスーツに「就活生のレベルを一定水準に保つ」という機能があるのは事実です。
驚くかもしれませんが、50年ほど前の就活本には「面接の待合室でタバコを吸ってはいけない」「訪問先の受付の女性を口説いてはいけない」といった内容が書いてあります。そうした注意書きがあるということは、かつては非常識な行動をする就活生が少なからず存在したのでしょう。
それを思えば、就活生を画一化して一定水準まで引き上げることも、一概に悪いとは言えないわけです。
――『就活メディアは何を伝えてきたのか』では、就活の自己責任化にあわせて、就活に関するビジネスが拡大していく過程も書かれています。
自己責任化に伴う就活生の不安や焦りに寄り添う形で、就活メディアや就職予備校などの就活サービスが発展していきました。
例えば就活本では、1990年代以降から「内定」をタイトルに掲げる書籍が急増します。「就職」ではなく「内定」なのがポイントです。就活の競争が激しくなった末に、どのような仕事に就くかではなく、数多くの企業から内定を取るためのテクニックや戦略を説く就活本が重宝されるようになりました。
最終的に就職できるのは1社ですから、多数の内定獲得を目的にするのは就活の趣旨に反します。しかしこれも、就活生が求める情報を就活メディアが提供するようになった結果だと言えるかもしれません。
就活テクニックではなく、普遍的なキャリア教育を
――今後も就活は続くわけですが、就活という慣習や、学生を指導する大学の課題は何でしょうか。
まず就活自体の問題は「就活で学んだ知識が後の人生で活かしにくい」という点です。例えば、エントリーシートの上手な書き方を覚えたとしても、一度、就職すればエントリーシートを利用することは二度とありません。また、有名企業の内定を得た人の体験談をいくら聞いても、転職やキャリアアップに役立つ知識は身につかないでしょう。
就活が通過儀礼化していて、一回しか役に立たない知識を習得するのに膨大な時間が費やされている点は改善の余地があると思います。
また、昨今はキャリア教育を取り入れる大学が増えつつありますが、残念ながら「新聞を読んで社会の動きを知ろう」といった浅い内容に落ち着きがちです。大学の教員は各学問分野の専門家であり、キャリア教育は専門外なので仕方のない面もあります。だからこそ、キャリア教育の専門家などを招いて、大学で普遍的かつ学術的なキャリア教育を行う必要があると思います。
「どのようにキャリアを築けばよいのか」や「人生のなかにキャリアをどう位置づけるのか」といった知識を習得すれば、就活時だけでなく、その後の転職やキャリアアップの機会にも活用することができますから。内定を取るためのテクニックや戦略ではなく、人生のなかで長期的に役に立つ知識を提供していくべきでしょうね。
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――確かに、就活での経験がその後の転職にも生かせたらよいですね。
一回限りしか役に立たない知識が流通する背景には、新卒者と転職者が完全に区別されてしまう、日本のメンバーシップ型雇用が影響しています。ただしメンバーシップ型雇用にも、新卒者が就業経験のある転職者たちと競わなくてよいというメリットがあるんです。また、企業は一度の機会に多数の人材を採用できるので、採用コストを抑制できます。そのため、メンバーシップ型雇用を全廃すべきとは思いません。
しかし、新卒者の3割以上は3年以内に離職しているわけで、新卒者と転職者を完全に区別する必要もないと感じます。留学やボランティア、インターンシップなど、さまざまな経験をしてから職に就くような、新しい採用の形があってもよいでしょう。
――企業はもっと柔軟に人材を採用してほしいと。
そうですね。昨今は多くの企業が「柔軟な発想を持った多様な人材を求めている」と掲げています。それならば、多様な経歴の人材を受け入れられる柔軟な採用のあり方を模索してはどうでしょうか。
取材・文/島袋龍太
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