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「就活 つらい」という学生の期待水準を上げてしまう就活メディア。100年以上前から就活本は「最近の若者はダメだ」と書き続けているのに

集英社オンライン / 2023年5月17日 12時1分

「こうすれば内定が取れる!」「君に向いている会社はここだ!」初めての就活に戸惑う学生に必勝法や就活のコツを手ほどきする就活本。その内容はどこまで信じていいのか?「就活メディアは意外といいかげん」と、就活メディアを研究する駒澤大学の山口浩教授は語る。

就活本は100年以上前から
「最近の若者はダメだ」と書き続けている!

――山口先生が2023年2月に出版した『就活メディアは何を伝えてきたのか』(青弓社)(以下、本書)では、明治時代から現代までの就活に関する書籍やWebメディアについて分析しています。 就活の歴史を調べたなかで、印象に残った点を教えてください。

もっとも印象深かったのは「就活メディアの論調はその当時の景気に左右される」ということです。好況期には「今後伸びる業界はこれだ」「今、こんなビジネスが流行っている」といった、企業や業界に関する内容が多くなり、不況期には「どうすれば就職できるのか」といった就活生自身に関する内容が増える傾向があります。



この傾向はなんと、第一次世界大戦や昭和恐慌のころから変わりません。つまり就活メディアは、その時点での景気に左右されるため、必ずしも普遍的な内容ではないのです。

――本書では、就活本などで語られる内容の矛盾やあいまいさを数多く指摘しています。執筆以前から 「就活本の内容はいいかげんでは?」という疑いの目はありましたか 。

就活本に対する疑念はありましたね。就活のテクニックを手ほどきしたり、社会人の心構えを説いたりする書籍は、かなり以前から就活生に読まれていましたが、場当たり的な面接テクニックや、「これをやれば絶対に合格する!」などのノウハウなど、根拠の薄いいいかげんなことを書いている印象もありました。本書を執筆して、その予想はそれなりに当たっていたと感じています。

―― 「根拠の薄いいいかげんなこと」とは、具体的にどのようなものでしょうか。

時代ごとの景気に左右される就活本ですが、なぜか「若者批判」だけは100年以上変わらない伝統です。1916年に出版された『実業青年成業の要義』(博文館)には、当時の若者を「気力に欠ける」「実務を知らない」などと批判する内容が記されています。

とはいえ、当然ながら時代ごとに優秀な経営者やビジネスパーソンは輩出され続けているので「ある世代の若者がダメだった」とは言えません。私自身も「新人類」と呼ばれた世代なので上の世代から揶揄されてきましたし、就活本における若者批判は通過儀礼のようなものなのかなと。

――「大学の勉強は役に立たない」という批判も、100年以上前からあるようですね。

先ほど述べた『実業青年成業の要義』には「実業家になるならば大学の勉強はいらない」といった内容が記されています。最近も「大学は実業の役に立つことを教えろ」といった批判が根強いわけですが、それは日本経済が好調だった高度成長期にもバブル期にも言われ続けているわけです。

私自身、大学の教員として大学教育に問題意識を持ってはいるのですが、「大学の勉強は役に立たない」という主張はお決まりの論調だと言わざるを得ません。

なぜ、就活生は「怪しげな就活本」にハマるのか

――その一方で、本書を執筆して予想外だったことはありますか。

こう言っては何ですが、最近の就活本には「まともなもの」が多いことが意外でした。バブル期までの就活本は、大学教員やジャーナリストなどの就活を専門としない人たちが執筆していることが多く、内容も疑わしいものが少なくありません。

しかし、90年代には就活予備校が登場し、就活そのものをビジネスにする専門家が数多く生まれました。彼らが書いた就活本には学術的な研究を踏まえたものも多く、特に2010年代以降の就活本にはかなり合理的な内容が書かれています。

その一方で「人気企業に就職した」という経歴を掲げ、その経験をもとに就活のコツを伝授する作家やYouTuberも少なくありません。そうした人々の就活本は普遍的な知識に乏しく、あまりお勧めできないのが正直なところです。

――しかし、そうした人々に惹かれる就活生も多い印象です。

そうなんですよね。就活生にとっては、学術的な理論よりも「私はこうやって受かった」という体験談のほうが親しみやすいのでしょう。

例えば、2012年に『凡人内定戦略―自己PRするネタがない就活を複数内定で終わらせるために』(中経出版)という書籍が出版されています。この就活本のポイントは「凡人」をタイトルに掲げていること。著者が「凡人」だと自称し、自身の就活経験をもとに「凡人学生に特化した、内定を取るための戦略と戦術」を解説しています。

主張の根拠はほとんどが個人的経験で、決して汎用性が高いとは言えません。しかし、大半の就活生は自分のことを「凡人」と思っているため、親しみやすさを感じるのは確かだと思います。

「日本の若者は諸外国に比べて自己肯定感が低く、自信がない」という、内閣府の調査結果があります。就活においても「自分に自信がないので肯定してほしい」というニーズが根強いのでしょう。そうした人々には「こんな私でも就職できた」という就活本のメッセージがとても響きやすいのだと思います。

就活メディアとInstagramは似ている?

――そのほか、昨今の就活メディアに対する懸念点はありますか。

昨今の就活メディアは、就活生の期待水準をむやみに吊り上げているのではないかと懸念しています。

例えば、内定をいくつも獲得する優秀な就活生のエピソードを紹介することで、今まさに就活している学生が「自分でも内定をたくさん取れるかも!」と過信したり、成果を期待しすぎたりするデメリットもあると思います。

期待水準を上げ過ぎてしまうと、現実とのギャップに苦しみ、ますます就活が苦しくなってしまうのです。

――まるでInstagramの「キラキラ女子」に劣等感を感じて、現実とのギャップに苦しむ人のようですね。

両者とも構図は同じです。メディアを通じて特別に優れた人物やその生活を知ってしまうと、現状に満足できなくなり、普段の生活に苦しみを感じてしまう。就活に限らず、この現象は社会のさまざまな場面で発生しています。だからこそ、期待水準を上げすぎずに「足るを知る」ことが重要かもしれません。

――そうしたなかで、期待水準を上げ過ぎずに就活するにはどうしたらよいのでしょう。

例えば、就活における期待値を調整する役割を果たしているのが、エージェントサービスです。近年、就活生向けのエージェントサービスが一部の就活生の間で利用されるようになっています。

彼らは就活生と企業の間に立って両者をマッチングしますが、その過程で就活生の期待水準を調整する役割も担っています。つまり「あなたの実力なら、このあたりの企業が妥当ではないですか?」とアドバイスすることで、就活生の期待水準を修正し、無用な失望を遠ざけているわけです。

このように、客観的な第三者からのアドバイスを通じて、正しい自己認識をすることは決して悪いことではありません。これは婚活やその他のマッチングサービスでも同様でしょう。パーソナルなつながりのなかで自らの期待水準を調整していけば、今日のメディア環境のなかでも平穏に暮らしていけるのではないでしょうか。

取材・文/島袋龍太

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