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手紙でしか予約できない岩手・山奥の宿「苫屋」の夫婦が愛する“不便な暮らし” 「今の人はスマホに楽しみを奪われている気がして気の毒だなと」

集英社オンライン / 2023年5月20日 10時1分

岩手県の小さな村の山奥に、手紙でしか予約ができない宿がある。電話もパソコンもなく、インターネット予約ももちろんできない。そんな“不便”なシステムながら、連日、国内外から宿泊客が訪れる。この民宿「苫屋(とまや)」を営む夫婦は、どのような人物なのだろうか。宿を訪ねてみた。

電話もテレビもない宿「嵐って誰?」

岩手県盛岡市から車で約2時間半。北三陸に位置する岩手県野田村の、最も山深い集落に「苫屋」はある。

築165年ほど経つ茅葺き屋根の古民家の民宿とカフェ。31年前から坂本充さん(63)、久美子さん(65)夫婦が営んでいる。

31年前から苫屋を営む坂本充さん、久美子さん夫婦

スマートフォン全盛の現代において予約方法は手紙・はがきでのやり取りのみで、インターネットや電話での予約はできない。宿を始めた当時に電話線がなかったため、そのまま今日までやってきたという。



そんな“不便な宿”ながら、国内のみならず海外からも宿泊客が訪れており常連客も多い。知る人ぞ知る名宿なのだ。

宿から届いた予約完了の返事のはがき

宿にはテレビもない。携帯電話の電波は入るものの、坂本さん夫婦はパソコンやスマホを持たず、情報収集はラジオが中心だ。

4月中旬の取材の数日前には、嵐の櫻井翔がMCを務める『1億3000万人のSHOWチャンネル』(日本テレビ系)で苫屋が取り上げられたばかりだったが、坂本さん夫婦は「まだ放送は見られていない」と笑う。

久美子さんは番組から取材依頼があったときのことをこう振り返った。

「うち電話ないから、地元の観光協会の方に連絡があったみたい。それで『こういう電話があったよ』ってわざわざ宿まで携帯電話を貸しに来てくれたの。直接電話でやり取りして、(番組担当者から)『嵐の人たちの番組なんです』って言われたけど、『嵐って誰? 全然わかんない』って言ったら、『え~』って(笑)」(久美子さん)

「だってうちテレビないもんね」と充さん。

岩手県野田村の山奥にたたずむ苫屋

世界を旅した夫婦が行き着いた山奥の村

夫婦がこの地で民宿を始めたのは、30代前半のこと。それまでふたりは世界中を巡る旅人だった。ユーラシア大陸を横断して帰国したのち、トラックで日本中を旅した。

南から北へ日本を縦断する道中で、久美子さんは看護師のアルバイトをしてお金を稼ぐため地元の栃木で一時離脱。充さんはひとりでトラックを走らせ、約2カ月後にたどり着いたのが岩手県野田村だった。そこで知り合った地元の人から、民宿の経営を持ちかけられたのだ。

「それで彼女に手紙書いたの。『田野畑、普代、野田って村が3つも続いててかっこいい』って。人が少ないというのはわりと重要やったね。(世界の旅で)人が少ない地域に行ったら、僕らのような見ず知らずの変な外国人が来てもどこの国でも親切にしてくれた。

それでおかみさんは4カ月後に合流。最初は定住するのは2年くらいのつもりやったけど、いつの間にか30年以上経ってたね」(充さん)

囲炉裏の火にあたりながら若かりし日々を振り返る充さん

旅人として世界各地を転々としてきたふたりが、苫屋という拠点を持つ新たな生活を始めた。

「自分が旅人のときは、移動した先での出会いだけど、ここはいるだけでいろんなところからすごくいっぱいの人が来てくださるんだよね。

例えば、常連さんが結婚して妊娠して、生まれた生後3カ月の子どもを連れてきてくれたこともある。同じ人に何回も会ってその人の成長を見せてもらうのと一緒に、自分も育っているなって改めて気づかされるの」(久美子さん)

かつて世界中を旅していたふたり

「不便なほうが楽しいから」

充さんが久美子さんと出会ったのは約40年前のロンドン。当時20代前半の充さんは、英語学校に通いながら生活費を稼ぐために日本料理屋でアルバイトをしていた。そこで同じくアルバイトをしていたのが久美子さんだった。

その後、充さんはイギリスからパリへと旅を進めるのだが、パリでまた久美子さんと再会を果たす。

「『お金が残り1万円になるまでは旅して大丈夫』と思っててね。残り1万円になって、パリに入ったすぐその日に日本料理屋で仕事を見つけたんやけど、イギリスは週給やったけどフランスは月給やった(笑)。

1万円じゃ1カ月ももたんから、安ホテルに泊まって、毎朝荷造りしてチェックアウトして、今日よりもいくらかでも安いホテルを見つけて荷物置いてから出勤する、という生活をしてた。そのうち、エアメールでやり取りしていた彼女が遊びに来てくれて。それで助かったんよね」(充さん)

当時、主要都市の郵便局留めを利用しながら手紙のやり取りをしていたふたり。お互いが行く都市に目星をつけて、その都市の中央郵便局に局留めで手紙を出すのだ。

「書いた手紙がその郵便局に着くまでにざっと1週間でしょ。当時は2カ月くらい郵便局で預かっていてくれていたから、それまでに(充さんが)果たしてその場所に着けるんだろうか、ちゃんと受け取ってくれるかな、っていうわくわく感がいっぱいあったの。

それで返事が返ってきたときは無事受け取ってくれたんだと思うし。ものすごい楽しかったよね。今の人はすぐ携帯でピッって送っちゃって、確かに確実で早いけど、その何カ月っていう楽しみを奪われている気がして気の毒だなと思うことがある」(久美子さん)

宿泊予約の手紙に返事を書く久美子さん

「便利ではないほうが楽しいから」と、口をそろえるふたり。不便だからこそ、お互いに助け合うことで人と人との心の距離が近くなるのだという。

現在も、電話をしたいときは泊まりに来た客のスマホを借してもらったり、地元の人に伝言役になってもらったりしている。

「偶然、電話線がなかったからそのまま31年やってるだけなんだけど、その暮らしが私は楽しい。できないことがいっぱいあるから誰かにお願いして、それで信頼関係ができて距離も縮まるよね。

私はこの状態がすごく心地いいし、この暮らしの一番の魅力かな。スマホもパソコンも便利で自分ひとりで全部完結するけど、人はそれだけではやっぱり寂しいよね」(久美子さん)

毎朝10時に、郵便配達員が郵便物を玄関まで届けに来てくれる。ポストは7キロ先にあるため、久美子さんが書いた宿の予約の返信の手紙も玄関先で手渡しする。

右手で郵便物を受け取って、左手で新しい手紙を渡す

そして今日も新しい予約の手紙が届いた。冒頭の『1億3000万人のSHOWチャンネル』を見たという東京在住の女性で、アメリカ人の夫と子どもふたりも一緒に宿泊するという。「かわいいだろうね」と手紙を読み上げながら頬をほころばせる充さん。

新たに届いた予約の手紙を読む充さん

「コロナ禍で、欧米の若い子の間で手紙が流行ったっていう雑誌の記事を読んだの。メールは早く届くけど心までは通じきれなくて結局、手紙を選んだんだって。30年前からそれを考えた私たちはスーパー最先端なのかも(笑)」(久美子さん)

後編では、食事や部屋などをはじめ、苫屋のおもてなしをリポートする。

取材・文・撮影/堤 美佳子

苫屋 とまや
住所/岩手県九戸郡野田村大字野田第5地割22
営業時間/カフェ・ランチは午前10:00~午後5:00頃(予約不要)
宿泊料金/1泊2食付き・4〜10月:8800円、11〜12月、3月:9400円(消費税・サービス料込み、浴衣利用は600円、バスタオル利用は300円)
冬季休業/12月28日~2月末
問い合わせ・予約/手紙またははがきのやり取り(往復はがきか、返信用切手同封だとありがたいとのこと)
参考/野田村観光協会HP https://www.noda-kanko.com/kankou/stay/tomaya.html

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